第30話 少年シャルルの家出日記

 時は遡りシャルルが13の頃〜〜〜

 1人故郷を離れたまだ小さな男の子がイカダを作成し海を渡っていた。

 当初の予定では今頃目的の島に辿り着きのんびりと優雅に過ごしている想定だったが、生憎この日は波が少し強めだったため思うように進んでいなかった。

 それに追い打ちをかけるかのごとく元気な日光がこちらに笑顔を向けていた。


「あっちぃ……。仕方ねぇや」


 それでも少年シャルルは焦らなかった。

 一度目的の島は諦め、目先にある小さな島を目指す事に。

 少し波に逆らう形となり簡単な話ではなかったが危なげなく上陸に成功した。


「無人島かな。……どちらにせよ長居は出来ないしイカダの補強をしたらすぐ出てくか」


 少年シャルルの故郷から遠く離れてはいないがこの場所にこの様な島が存在している事は認知していなかった。

 イカダの補強に使えるほどの木々が存在しているのか少々不安になりつつも木が生い茂る森へ足を踏み入れた。


「この森、よく育ってんな。──見た感じ人の手は全くと言っていいほど行き届いてないし無人島で決まりっぽいな」


 まだ島の半分しか探索は済ませていないが、少なくとも少年シャルルが上陸した周辺に人の気配は無かった。

 原住民がいた場合無許可で木々を採取してトラブルになる事だけは避けたかった為、これなら安心して作業に移れる。

 早速だがすぐそこに生えていた木材を伐採し、皮を剥ぎ木の材質を直接確かめる。


「……なんか良さそうな気がする。これは使えそう」


 こうして木材を適当な長さに切り分けて一本ずつイカダの場所まで運び続けた少年シャルルは間髪入れずに補強作業に移行した。


「簡単な作りだけどとりあえず大丈夫かな。──ん? あれは……」


 少年シャルルの目に入ったのは木から垂れ下がるツタ。

 イカダを作成した時はまともなツタを入手する事が出来なかった為、仕方なく伸縮性のある木の皮を使ってなんとか縛る事は出来たが不安要素ではあった。

 そんな少年シャルルにとってそのツタは突如として舞い降りた神の授け物に等しい逸品だった。


「うん。伸縮性も耐久性も十分すぎる。──こりゃあ今世紀最強のイカダが作れちまうな」


 新たに手に入れた上質な材料を手に補強を進める。

 順調に進むのはいいが上手くいけば行くほど欲が出てくるのが人間、もっと良い物が作れるのでは、一度そう考えてしまうと後には引けなかった。


「浮く物が欲しい……」


 浮き輪でも袋でもなんでもいい、少年シャルルはとにかく浮く物を欲した。

 ふと空を見上げるともう時期陽が落ちる。

 難しい顔をしながら30秒ほど考えたが出した結論は探しに行く事に。

 そう決めた少年シャルルは対岸を目指し足早に森の中へと消えて行った。


「ハァ……ハァ……やっと見えてきたぞ」


 予想していた通り森を一直線に抜けるとそこは対岸だった。


「とは言えそんな都合よく使えそうな物が……あった!」


 またしても幸運な事に少年シャルルの目線の先には散乱した木材と白くて丸い物体が落ちている。

 遠目ではその物体が何かハッキリと認識する事は出来ないが、その白い物体は間違いなく軽い材質で水に浮く物だと第六感がそう囁いた。

 あとは拾って戻るだけ。──無意識に足取りが軽くなる、森を抜けて海岸に出ようとした時、『危なーい!』誰かが叫んだ。

 突然の出来事で声の出所は分からなかったが足を止めてその場で待機、そして上から降って来た果物が目の前に落下した。


「これは……トキの実?」


 トキの実。──殻はほんのり赤みががった茶色で中は白い果肉が詰まっている。

 果肉は甘すぎない絶妙な味わいで一度口に入れれば虜になる事で有名な果実。

 それともう一つ最大の特徴は、なんと言っても殻の耐久力である。成熟したトキの実は大男がハンマーを用いて一日中叩き続けても割れず高さ50メートルの崖から落としても軽く凹むだけ。

 なので普段口にするトキの実は完熟を過ぎた物で、殻が割れ易くなる代わりに味が落ちてしまう、それでも絶品な事には変わりはない。

 だがもしも完熟したトキの実の果肉を取り出す事が出来れば世界の均衡は崩れる、と言う謎の言い伝えも存在している。つまりそれほど容易な事ではない訳だ。


「見た感じ成熟はしてるよな、あっぶね、こんなもんが頭に当たったらそのまま入れ替わってたぞ」


「ごめん! まさか人がいるなんて思ってなかったから」


 上から少女の声が。

 どうやらトキの実を落としたのはこの少女らしい、その少女は少年シャルルを認識するとトキの木から降りて来た。

 その高さは10数メートル、目を擦ってもう一度確認したが少女は確かにその聳え立つ木から降りて来た、人間業ではない。


「ボク、怪我はない?」


「ぼ、ぼく!? なんだ急に、それに子供扱いすんなよな」


「あれ、意外と歳は行ってるの?」


「……13……」


「ぷっ……やっぱり年下じゃない、見栄張って可愛い。──私はマール。マールお姉さんって呼んでね、君の名前は?」


「……シャルル」


「シャルル……いい名前ね。それよりなんで君みたいな子がこんな所に? 親も一緒?」


「ちげぇよ……親から離れてんだよ」


「家出ってこと?」


「──んな事どうだっていいんだよ、そっちこそこんな島で何やってんだよ、原住民って訳でもなさそうだし」


「あはは……なんて言うか。──君と同じ立場というか」


 少年シャルルは状況を理解した。

 理由は違えど家出をしたと言う共通点、そして目の前に散乱していた木材はおそらく少女が乗って来たイカダ、それが大破してしまいこの島から動けなくなったのだろう。


「まぁ、だから早く修理しないといけないんだけど、その前にお腹が空いちゃって、そしたら果物があったから食べようと思って」


「──一応聞くけどその果物の事知ってるの」


「なに? なにか特殊な果物なの?」


「それはトキの実って言って果肉の味はいいけどとにかく殻が硬くて割れないの、見た感じ成熟してるから諦めた方がいい」


 少年シャルルの話を聞いているのかいないのか分からないが、少女は徐にトキの実を近くの岩の上に置いた。

 何をするかと思えば袋から小さめのハンマーを取り出し右手に持ち替えて振りかざした。


「無理無理、そんなんじゃ一生たっても終わんないよ」


「えいっ!」


 少女は忠告を無視してハンマーを叩きつけた。


「な? だから言ったでしょ、それじゃあ何年かかっても」


「う〜ん! 甘くて美味しー。君も飲む? 中に汁が溜まってて凄く甘くて美味しいよ」


 一体何を言っているのか全く理解出来なかった、トキの実から果汁? 初めて聞いた単語だった、トキの実はなんと言っても上質な果肉、現にこの目でしっかりと見た事もある。

 だが少女は果汁と言った、少年シャルルは差し出されたトキの実を受け取ると目を疑った。

 確かに中には溢れんばかりの果汁が大量に詰まっている、その発見は新たな知識を開拓したとして問題は意図も容易くトキの実に穴を開けたと言う事実、身のこなしといいこの少女は只者ではないと細胞が認識した。


「さぁさぁ、飲みな」


 ゆっくりと果汁を口にした。


「ん!?」


 全身に行きたわる上質な栄養、一度も休憩する事なく動かして来た体が糖分を欲している、逃げる事に集中し過ぎて自信の体が悲鳴を上げている事すら気付けていなかった。

 しかしトキの果汁を口にした事でこれまでの疲れが押し寄せて来たのか体から力が抜けその場で膝をついた。


「──ねぇ、魚の取り方って分かる?」


「分かるけど……それがどうかしたのか」


「ふふ。──ここで会ったのも何かの縁よ、食事にしましょう、2人っきりでね」


 そして夜を迎えた。

 ここに留まる事に抵抗はあった、しかし少女と話している内にその不安は無くなり一夜を共に過ごした。

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