第11話 我とした事が……

「ハァ……ハァ……ここまで来れば大丈夫だろ、あのデカ蜘蛛は……火の勢いが強すぎて上からじゃよく分からないな」


「当然だ、我の炎だからな」


「竜って凄いんだな、なんかもう……感動したよ」


「今更思い知ったか、感動するのもいいが先にあいつらをなんとかしよう」


 2人の帰り道を塞ぐ大量の蜘蛛、お互いに身を寄せ合い通路を丸々塞いでいる。

 手っ取り早く焼き払おうとリアムは右手を前に魔法を放とうとしたが、オースティンは持っていたムッシュハーブを渡して前に出た。


「──なんの真似だ?」


「ふっふ〜ん。──俺に任せろリアム、あのブレスを見て閃いたんだ、魔力の使い方」


「閃いただと」


「そう! つまりはこうだよ、こうやって両手を合わせて……」


 オースティンは右手に灯していた火を消して両手を擦り合わせ始めた。

 先程リアムが生み出した擬似太陽があるため明かりはしばらく問題ない。

 何をするか検討も付かないが、リアムは黙ってオースティンを見守る。


「そろそろだな……魔力を両手に込めて……先ずは火を生み出すあの感覚を思い出せ……そしてリアムのブレス……体の隅々から抽出された魔力を一点に……想像しろ、体現しろ……」


 ぶつぶつと独り言を呟くオースティン。

 予期できない行動に身構える蜘蛛の集団。

 待ち時間が暇なリアムはその場にしゃがみムッシュハーブを1枚摘み食いした。


「今だ!」


 溜めに溜めた魔力を解放する。


「火を燃やし尽くす炎よ、大地を穿つ炎槍となり立ちはだかる愚者を排除せよ……えっと……フラムベンツェル!」


 リアムが飛ばされない様に身を屈めるほどの勢い。擬似太陽も魔力の歪みにより形を保てず静かに消え去る。

 その勢いを目前にして目の前の侵入者をそっちのけで逃げようとする蜘蛛達だがもう間に合わない。

 オースティンの両手に集約された魔力は勢いを増す、増して増して……やがて魔力は鎮まり静かな暗闇が戻って来た。


「ふん、口ほどにもない、俺が本気出せばこのくらい……なんか熱いな」


 魔法を放つ間際、目を閉じ想像したのは最大威力の魔法を放ち蜘蛛を撃退する自分。

──だったのだが、違和感を感じたオースティンはそっと目を開けると、自身の両手には炎がメラメラと燃え上がっていた。


「──あ、あちぃー! 熱い熱い! ヤバいってこれ!」


 明かりのための小さな火ではなく正真正銘焼き尽くす炎を生成したオースティン。

 何も判断出来なくなったオースティンは、その炎を両手に纏いながら密集する蜘蛛に向かい突撃して行った。

 正に狂気、暗闇の中で揺らめく2つの炎が蜘蛛達を襲う。

 葉蜘蛛ハキリバナレはその恐怖に抗う事は出来ず、まるで鬼ごっこの鬼から逃げる様にその場から退散して行った。


「あのバカが、魔力を出力しても形が形成出来なければ形は保てずに暴発するだけだ、そんな事から教えないといけないのか……骨が折れる」


 なんとかオースティンに追いついたリアムは、砂を掻き集めてオースティンの両手に大量の砂を被せた。

 近くに水脈があるおかげか砂は少し湿っていたため鎮火に加えて冷却の効果も得る事が出来た。


「た……助かった……本当に死ぬかと思った、死相が見えるってああ言う事だな、きっと」


「1人で暴走しよって、冷静になれぬのか」


「──ごめんなさい」


「だがでかしたぞ、貴様の狂気に怯えて蜘蛛は戦意を喪失した様だからな」


 ムッシュハーブの束を持ちリアムは歩き出した。


「待ってよ、その草なら俺が持つよ、リアムは手が空いてた方がいいだろ」


「やめておけ、こいつの胞子は火傷に効く、治りが遅くなるぞ」


「──え、そうなんだ」


「それに後少し歩けば良いだけだ、気を遣ってくれるのはありがたいが先に自分の心配をしろ、自分の気遣いが出来ない奴は他人を気遣う事など出来ぬ、判断を間違えるな」


「確かにそうだね、これから気をつけッ!? う!?」


「クッ!? ──頭が、割れる」


 謎の超音波が2人を襲う、犯人、発生源は何も分からず2人は悶え続ける。


ガガガ──ガガガ──


 出入り口とは反対側、巣の奥の方から何かが。──得体の知れない何かがやってくる。

 地盤を削る激しい音はどんどん大きくなり2人の元に近づく。

 そして目の前の壁を突き破り2人の前に現れたその生物は白く透き通った見た目をした神々しい蜘蛛だった。


「蜘蛛? ──まだ、あんなのがいたのか」


 リアムもオースティンも初めて見る蜘蛛。──しかしどこか見覚えもある、槍の様に鋭く尖った足、発達した顎の牙、赤く光る目玉……その蜘蛛は女王蜘蛛マザーによく似ている。

 明らかに違うのは体の大きさ。30メートル超あったが、今はそれの半分程度の大きさ、それでも大分デカい事には変わりないが。


「──なるほど……我の、炎から逃れるために脱皮をしたのか」


「──どう言う意味だ?」


「硬い骨格を、全て脱ぎ捨てて殺傷、能力に特化した殺戮ブチギレ形態だ」


「それは分かった……先に超音波をなんとか」


「耳に魔力の膜を張れ、さすれば。──動く事はできる」


 言われた通り両耳に魔力の膜を張る……それはいいがやり方が分からない、とりあえず耳を塞いでいる両手に魔力を込めて後は雰囲気でなんとかした。

 すると不思議と上手く行った、多少の偏頭痛は残るが動く分には問題ない。

 リアムと共に白蜘蛛に立ち向かう。


「で、どうすれば」


「そんなの決まっておろう、我をサポートしろ、動きを止めれば焼き殺す、ゆくぞ!」


「え、おい! ちょっと待てって!」


 リアムは1人、白蜘蛛に突撃した。

 竜の爪と白蜘蛛の足が撃ち合い、金属同士がぶつかる甲高い音と共に激しい火花が飛び散る。

 白蜘蛛は溶解液を吐き出すが、難なく躱したリアムは体を回転させた勢いのまま尻尾で白蜘蛛を薙ぎ払った。

 壁に打ち付けられて怯んだ白蜘蛛に追撃をしたが白蜘蛛も俊敏な動きで難を逃れる。

 リアムの爪はそのまま壁に突き刺さり砂が舞い上がる。

 間近で起こる戦闘にオースティンが入る余地は無かった、ふと目線を落とすとそこにはリアムが置いたムッシュハーブが──。これをシャルルの元に届けて助けを呼ぶのが賢明かも知れないとオースティンは考える。多少時間がかかるがリアムならその時間を難なく凌ぎ切れるだろう。

 決断したオースティンはムッシュハーブの束を拾い上げる。

 ──その時予感が、オースティンの脳内に無数の直感アイデアが流れ込んできた。

 

「そうだ……今リアムと蜘蛛はこの砂埃によって視界の確保がうまく行ってないはず……だとすれば俺が出来る事は……いや、やるべき事は1つ!」


 オースティンはムッシュハーブを再び地面に置き、砂埃の様子を外からじっくりと観察し始めた。

 姿が隠れていると言ってもあの巨体、砂埃の動きで姿は見えずともなんとなく動向は分かる。


「あそこだ!」


 オースティンは僅かな光を見逃さなかった、その光は白蜘蛛の目だと推測した、あかりを消せばより鮮明に場所が分かる。

 剣を右手に砂埃の中へ突入したオースティン、光目掛けて剣を振り下ろそうとしたが、頭に重く、強い衝撃がオースティンを襲う。


「イテテ──。なんだよ……」


「こっちのセリフだ、貴様……なにをやっている」


「リアム? どう言う事だ?」


「あの蜘蛛はこちらの姿が見えない時は無理せず距離を取る性質がある、この擬似太陽サンティーションを使えば砂埃の外に誘導できる、出て来た所を狙って貴様が動きを止めれば楽に倒せる、この光に意識があるうちは難しい話じゃない、なのに貴様はなにをやっているのだ」


「──いや、なにって分かんないよそんなの、事前に言ってくれないと、あの蜘蛛の事なんて知らないし」


「はぁ……貴様は合わせると言う事を知らぬのか」


 リアムは頭を抱える。


「それはこっちのセリフだ」


 拳に力を込めて「うににぃ」と歯を食いしばるオースティン。珍しくリアムに対して怒りが湧く。

 そんな仲間割れをしている隙を白蜘蛛は見逃さなかった、どこからともなく飛んできた糸は2人を拘束した。リアムは飛んで来た方向へ炎を吹くがそこには誰もいない。


「ううぅ! にぃぃ! ──ダメだ、この糸切れない」


「落ち着け、焼き切ればなんて事ない」


「なるほど、その手があったか」


「「────」」


 お互いに背中合わせで拘束された状態でなにもしない。向こうがやってくれるだろうと指示待ちの状態になっていた。


「──あの、リアムさん? 早く焼いてもらえない」


「──正気か? 我は火力の調整など出来ぬ、糸と一緒に貴様も燃えて無くなるぞ」


「あ、そうだった……」


 火を焼き切る仕事はオースティンが担当する事に、慣れない作業で手間取るが少しずつ確実に糸を燃やして行く。

 順調に進んでいる様に見えたがじゃあ今日は一変する。

 砂埃の向こうから鋭い棘が飛んでくる、リアムはいち早くそれに気付き、右肩を代償にオースティンの命を守った。


「棘!? 大丈夫かリアム」


「……気にするな……貴様は……その糸を焼き切る事に集中しろ……」


 傷口は少し変色し、血が流れ腫れている、オースティン焦る気持ちを抑えて糸を焼き切る事に成功した。

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