第16話 不幸続きの仮勇者

 夜が明け窓から光が差し込む。

 中央からそれなりに離れているシャルルの家だが、昨日の余韻がまだ残っているのか外から楽しげな声が聞こえていた。

 そんな外から流れ込む声を聞きオースティンは目覚めた。


「──なるほどな……そうなるとあいつは?」


「正直……難しいかな」


 そんなオースティンの横でリアムとシャルルが話している声が聞こえた。

 話の流れが分からないため何を言っているのか理解出来ない。


「おはよう……朝から何を話し合ってるの?」


「起きたか、随分気持ちよさそうに寝ておったな」


「いやーおかげさまで、リアムがいなかったらどうなってた事か」


「礼などいらぬ、それより先に服を着ろ、シャルルの部屋にある物を適当に着ればいい」


「え?」


 確かに何故か開放的な感覚を持っていたが、リアムの言葉で全て理解した、下を向き自身の身体を見下ろすと、顔を赤くし背を丸めて申し訳なさそうにシャルルの部屋へと逃げ込んだ。

 5分ほどして戻って来たオースティンの顔はまだほんのり赤みを帯びていた。


「おい」


「はい!」


「──何をぼぅっとしておる、適当に座れ」


 そう言われてオースティンはシャルルの隣に座ろうとしたが、シャルルはそっちに座れと言わんばかりに指を指す。

 空いている席はリアムの隣しか無い。

 よくよく考えてみればシャルルの隣に座ると言うことはリアムと面と向かうという意味になる、むしろそちらの方が緊張するかもしれないと考えたオースティンはシャルルの指示通りリアムの隣り着席した。


「オースティンは俺たちの話は聞いてた?」


「いや、難しいとかなんとか、そんだけだよ」


「そっか……単刀直入に言おう、俺たちはしばらくここを離れる、その間お前はここに残れ」


「え? ……ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなりなんだよ、急にそんな事言われてはい分かりましたなんて言えないって」


 テーブルを強く叩き立ち上がりシャルルを睨みつけた。


「まぁ落ち着けよ、話は終わってねぇ、こうなった経緯は詳しく説明するから」


 興奮するオースティンを睨み返すと、その圧に押されたオースティンはそっと座り直す。


「ごめん……」


「それじゃ続きね。この話の経緯だけど昨日の蜘蛛が原因だな」


「昨日の?」


「あの馬鹿でかい巣を見て来たろ? 確かにあの種の蜘蛛は地中にデカい巣を作る、でもあの大きさは異常だよ、それにあの白い蜘蛛、流石に見た事も聞いた事もない、今派遣部隊が詳しく調査しに行ってるから明確な答えは夕方ごろに出ると思うけど……ほぼほぼ黒魔術師が絡んでると思う」


「黒魔術? リアムから聞いた事あるような」


「ほんとに? そう言えばあの森に行ってたもんな、なら話は早いな、忘魔の森を見て分かる通り黒魔術ってのは環境を丸々変えちまう事だって出来る、それこそ生物の遺伝子を組み替えて都合のいい存在にする事だってな」


「じゃあその黒魔術師の目的は」


「それがさっぱり分からん」


「なんだよそれ……」


「それが奴らが厄介と言われる所以でな」


 2人の会話にリアムが割って入る。

 黒魔術師の一番厄介な所は決まった目的が無いからだと言う。

 例えば世界征服を、出会ったり最大の狩猟国家フリューゲルを墜とす事を目的としているなら必ず衝突する、目的がはっきりしている分ある意味楽である。

 そう言った類の目的がないからこそ対策が取れない、過去に世界を混乱に貶める可能性のある宝具を作り出した黒魔術師がいた、最終的に被害無く捕まえる事が出来たが、そんな危険な物を作り出した理由を聞き出すと暇だったからと答えた。

 現にそれを作成したのも必要な材料を集めたのも1人で行った物である事が判明し、興味本位で作り出した物だと言う言葉は真に近づいた。

 そう言った事例がある事からも、黒魔術師は目的を持たず愉悦を求め災いを引き起こす連中と位置付けられている。


「忘魔の森が誕生した経緯を軽く説明したな? あれだって仮説にすぎん、研究中に起きた事故、裏切り、黒魔術師同士の争いが起こったから、人によって様々な考察が飛び交っておる、我がこの地に戻って来た時には既にあの森が生まれていたから真実は分からぬ」


「──じゃあつまり、奴らは既存の生物達を使って遊んでるとでも言うのか?」


「その通り、そんなバカみたいな理由でも可能性は高いのよ」


「でも、なんで黒魔術師が絡んでるってなったのさ、そこまで言い切れるって事は理由が? 流石に前例がないから黒魔術師の仕業とは言わないよな?」


「それなんだけど面白い物借りて来たから」


 シャルルは2人をその場に待たせて1人物置部屋に向かっていった。

 しばらくして帰って来たシャルルの手には昨日採集したムッシュハーブが握られていた。


「それってもしかして」


「そう、昨日2人に取って来てもらった奴の一部ね、俺も最初は全然気付かなかったよ、でも一連の事件というか流れというか、もしやと思って調べてみたら見事的中したって訳」


 シャルルはテーブルにムッシュハーブを起き、それに手をかざして何かを始めた。


「何やってんだ?」


「──魔力の抽出だ」


「それはなんだ? 聞いた事ないな」


「文字通りその物体に残っている魔力を抽出しておる、魔力と言うのは物にも宿せる、その魔力を抽出して解析すればどんな魔力が込められているのか見る事が出来る」


「なるほど、便利な事が出来るんだな」


「──いや、お前が考えてるほど便利な事でもない、確かに残った魔力は抽出出来るがそれは時間が経つにつれて残り香は少なくなりやがて消滅、或いは抽出出来ない程に小さくなる」


「──それじゃあ特定なんて……黒魔術は消えない? リアムは言ってたよな、忘魔の森は黒魔術の余波が残った事で生まれた森だって……つまり黒魔術だけ例外、消えずに残り続ける」


 自分でもよく分かっていないが、突然閃いたオースティンはリアムに自身の仮説を話す。


「いい線だな、正確に言えば消えない訳ではない、普通の魔力なら即消滅するほど小さな物でも黒魔術なら数年かかる、限りなく消費が小さいのだな」


 オースティンの言葉を受けたリアムは軽く微笑み補足で説明をする。


「裏を返せば痕跡を消す事も不可能に近い、だから奴らの魔力は……はぁ! ──小さな物でもこうやって痕跡として残っちまうのよ」


 抽出に成功した様子。黒いモヤのような物がシャルルの右手に纏わり付いている。


「なんか……危なそうだな」


「はは、そう見えるよな、でも黒魔術ってかなり貴重なんだぜ? さっきも言ったようにこいつは他とは違って長く残り続ける、これを利用してエネルギーとして使われてる」


 シャルルは抽出した魔力を分解し振り払った。


「そんで本題に戻るけど、黒魔術がどんな物かある程度は分かったろ? ここをしばらく離れるのはそれを操る奴らを追いかけるため、簡単な話じゃない、これまでマスタークラスは何人も葬られた、時に裏切りも起こった、俺たちが足を突っ込もうとしてるのはそんな戦いなんだよ、だからお前は連れて行けない、悪いけど戦力にならない」


 オースティンは握り拳を見つめながら深く考える。


「……それが終わったら、またここに?」


「当然戻ってくるよ」


「──分かった、2人を見てたら俺がいかに使えないかよく分かるよ、そんな2人がこんな真剣に話をしてるんだ、わがままは言わない」


「理解してくれてよかった、もし俺たちが戻るまでフリューゲルに居続けるならこの家で寝泊まりをすればいい、それと俺たちに代わって特訓してくれる教官も見つけてある、実はこの後会いに行くことになってる、支度してくれ」


「なんだそれ、準備良すぎだろ、最初からこうなる事は分かってたって訳か」


「──どうだろうな」


 身支度を整えた3人は、目的の酒場ギルドを目指して歩き始めた。

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