第9話 程よく遠い距離感

 薄暗い巣穴を小さな灯火を頼りに進む2人、敵が出てくる事もなく会話もなくここまで何一つアクションを起こす事なく進んだ。

 巣の中は普通のダンジョンと見間違えるほど普通の洞窟で何より入り組んでいる。

 帰り道はどうするのか、心配はいらない。


「──待て……ぺッ」


 リアムは口から謎の液体を吐き出した。

 彼女曰くこれは唾ではなく特殊な粘液らしい。

 この粘液から発せられる匂いによって歩いて来たルートをマーキング、これで道に迷う事はないとの事。


「行くぞ」


「……ぁ、ぃゃ……」


「──貴様、さっきから、と言うより巣穴に入ってからだが、我に何か用か? 小声でぶつぶつと話しても伝わらぬぞ」


 いつもはリアムの圧に押されて何も喋る事は出来ないが。今回は逆に、圧に押されて話し始めた。


「いや、別に用って訳じゃ……1匹もいないなって思っただけで」


「それを言うだけで何故こんなに時間を浪費するのだ、貴様は我の事が嫌いか?」


「いやいやいやいやそんな事ないって! 嫌いじゃないしむしろ……単純に何喋ればいいか分かんなくて」


 手を必死に振りそれはないと誠心誠意伝えた。


「──何故人間はどいつもこいつも同じ思考なのだ、貴様の様な奴は山ほど見てきた、近寄り難い性格とよく言われる」


 少し悲しそう? な表情をしているリアム。


「ごめん……」


「──何故謝る?」


「……リアムの機嫌を損ねたかなって」


「その程度で我はなんとも思わぬ、むしろ貴様にはだいぶ優しく接していると思うがな」


「それはシャルルが一緒だから……だろ?」


「それもあるが……貴様は我が竜と知ってもその眼は穢れなかった」


「目?」


「知っての通り我の素材は高値で取引される、その欲にまみれた汚い人間は何人も見てきた。どう言う訳かシャルルと付き合いの長い人間は多少マシだがな、その点貴様は違う、シャルル以来だな」


 リアムの顔からほんの少しの微笑みが溢れた。初めて見るその表情は明らかにオースティンに向けられている。

 淡々と語る所は何一つ変わっていないがリアム自身に心境の変化が少しずつ起こっているに違いない。

 こうしちゃいられない、今がチャンス、少しでも距離を縮める、ここを逃したら当分チャンスは来ない。

 と直感したオースティンはさらに話しかける。


「リアム、前から聞きたかったけど……シャルルとはどのぐらいの期間一緒に──」


「──後ろ」


 咄嗟に腰の剣を抜き、かかってこいと気合を入れたが何も見当たらない。

 後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。

 完全にリアムに遊ばれている。


「ふふ、本当に貴様は弱いな、せいぜい死なない様に努力するのだな、まぁ安心しろ、我の邪魔をしなければここから生きて帰る事など造作もない」


「クッソ……いや落ち着け……自分のペースを保つんだ、やれるぞオースティン」


「早くこい」


「あ、はい」


 全然思う様にいかない。

 終始リアムのペースに乗せられている。

 如何にして自分のペースに持ち込めばいいか、そんな事を考えながら後ろを着いていくとリアムの足が突然止まった。


「──何かあったのか?」


「……静かすぎると思わないか?」


 先程から持っていた違和感の正体をオースティンにぶつける。


「それは入り口の時からずっと思ってたけど」


 何故このタイミングでそれを言うのか分からないがオースティンはそう返した。


「そうじゃない、この巣には3つの防衛ラインがある」


「防衛ライン?」


「別に大層な物ではない、奴らは外敵を無闇に襲うのではなくてある地点に侵入した時に一斉に襲う。──その地点が少なくとも3つはある、この大きさの巣ならすでに1つは通り過ぎてしばらくすれば2つ目の地点に到達する」


「静かすぎるってそう言う事か……戦力を分けなくて最深部で一斉に襲いかかるとか?」


 単純だがオースティンの考えはいい線を行っている。

 しかしリアムにとって不自然な点ばかり。


「確かに蜘蛛と言う種類において奴らは特殊な生態である事は変わらない、しかし所詮は虫だ、作戦を立てるなど到底出来るはずがない」


「だったら、単純に巣の大きさの割に数が少なくて……とか?」


「それもないな、気配はずっとしている、貴様も気配を感じろ、後ろを振り返らずに後ろを見ろ」


 オースティンの頬を汗が伝う。


「────」


 神経を研ぎ澄ませ後方の気配を察知する。


サササ──サササ──ササ、ササ──


 聞こえる、確かに何かいる、目視せずとも何かが後ろで元気よく動いている。


「聞こえるだろ?」


「聞こえる──」


「……貴様は戻って良いぞ」


 戻れ、小さく呟いたリアムの声はハッキリと聞こえなかったが戻れ、確かにそう聞こえた。

 当然オースティンはそれを拒否した。

 今なら1人でも帰れるとの事だったがこんな所で引き下がるつもりはないと伝える。


「────」


 リアムはじっとオースティンを見つめる。

 唾を飲む音が鮮明に聞こえるほどの静寂。


「──後悔するなよ? 貴様が決めたからには責任を取れ、貴様が死んでも我は弔わぬぞ」


「後悔する選択なんてした事ない、それに仲間を見捨てて帰るほど俺は弱虫じゃない」


「──口だけは達者だな、その強がりが続いたら少しは認めてやろう」


 リアムの表情の変化、そして先程の言葉から察してこれはあまりいい状況でない。

 ふぅ……と一呼吸入れて左胸の辺りを軽くポンポンと叩き心を落ち着かせた。

 そんなオースティンに思わぬ事態が、ちょうど真上から落ちた一滴の雫がオースティンの首をポツンと襲う。


「いやぁぁぁ!」


 巣の内部に響き渡るオースティンの大発狂はリアムの耳を襲うに留まらず近くにいた蜘蛛を退けるほどの声量だった。

 あまりにうるさくこれ以上は耐えられないと考えたリアムは落ち着かせるべくオースティンに近付いた。

 リアムが一歩を踏み出したと同時に、オースティンは走り出してそのままリアムと衝突し硬い地面に打ち付けられた。

 強い衝撃が走った事でオースティンは我に帰る。

 起きあがろうとするが、何やら口に当たる謎の柔らかい物体が……


「──ん!?」


 その柔らかい謎の正体はリアムの唇だった。

 交錯して転倒した拍子に2人の唇は予期せず重なってしまった。

 すぐにリアムから離れたオースティンはその勢いのまま尻餅を着き地面に後頭部をぶつける。


「イテッ……けどリアムと、不可抗力とは言えあんな事を……」


「──貴様」


 リアムの声を聞くと同時にオースティンは土下座をした、痛みなどどうでもいい、ひたすら頭を下げ続ける。


「──何をしている、早く火を灯せ、それともシャルルの助けがないと出来ぬのか?」


「あ、そうだ火だ火」


 シャルルとの特訓を思い出しながら魔力を右手に込める。

 少し時間はかかったが誰の助けもなく火を生み出す事に成功した。


「出来た、出来たよリアム……あっと、ごめん」


「──ぶつかった事に対してか? あれぐらいで怒るほど短気ではない、それより先に進むぞ、こんな所に長居したくないからな」


「よかった……怒ってないんだ」


 怒る? 我が? 何故? と言わんばかりの表情をのまま歩き始めた。

 そんなリアムの背中を見たオースティンは何やら違和感を感じる。

 後ろを着いていきながらよーく目を凝らしてリアムを観察するとその正体に気付く、リアムに尻尾が生えていた。


「お、おま、それ尻尾だよな?」


「尻尾? 竜なのだから尻尾ぐらいあって当然だろ」


「だって今まで尻尾なんてどこにもなかったのに」


「魔法で姿を変えられると話しただろう、尻尾も角も匙加減で隠す事は出来る。それに、そろそろ戦闘態勢に入らねばならぬここから先はいつ襲って来てもおかしくないぞ」


「だったら初めからそれで頼むよ、楽しみは最後まで取っておくタイプか?」


 リアムは立ち止まった。


「──誰が好き好んで見せるものか。……人間風情が、自惚れるなよ」


 何も言葉が出なかった、今まで散々リアムには冷たくあしらわれて来た。

 それでも今回は違った、怒りなんて生温い、その目は確実に殺しに来ている。

 知らぬ内にリアムの地雷を踏んだ。

 もしもシャルルと面識がなかったら……


「……すまぬ、また熱くなりすぎた、今のは忘れてくれ」


 リアムはそう言うと、フードを深く被り直し少し俯きながら再び歩き出した。

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