第17話 酒気帯び交流会

 時刻は朝方。

 まだ陽が昇り切っていないが酒場ギルドは沢山の人で溢れかえっている。

 受付で依頼を受ける者もいれば酒を呑んで床で寝ている者もいる。


「相変わらず騒がしくてたまらん。シャルルはまだか」


 酒場ここにたどり着くや否やシャルルはリアムとオースティンを適当な席に待たせて自分はどこかに行ってしまった、すぐに戻ると言っていたがすでに10分は経過している。

 全く帰ってくる気配のないシャルルに苛立ちが募ってゆく。


「はぁ……みんな楽しそうでいいよな」


「楽しい? 急にどうした……なるほどそういう事か、一緒に行かない事をまだ引きずっておるのか? ──心変わりの激しい奴よのぅ」


「さっきは話の流れでオッケーって感じだし……あとシャルルがおっかなくて……あとは……」


「なーにをブツブツ言っておる、不愉快な人間は今まで嫌と言うほど見たがお前はまた違うタイプの新種だな。──シャルルと出会った時を少し思い出す」


「そういやその話ちゃんと聞いた事無かったよな、そもそもどこでどうやって出会ったんだ?」


「──まだ言うべき時ではない」


「言うべき時っていつのことだよ、俺は分かってるぞ、そうやって話を引き延ばして最終的に俺が興味なくなるか忘れるまで引き延ばすつもり……」


「いい勘をしてあるではないか、ならば基準を決めてやろう。そうだな……我がお前の事を其方そなたと呼んだ時、その時が来たら我の口から話してやる」


 リアムがそう話している最中、オースティンは何かをじっと考え意識は完全にリアムから外れていた。


「聞いておるのか?」


「ん? あぁ! ごめんごめん、ちょっと別の事を考えてて……」


「ほぅ、自分から話を振っておいて他の事を考えていたと? シャルルを無視するならともかく我を無視するとはな、これがどう言う事か分かっておるのか?」


 リアムは右手に手のひらサイズの小さな魔法陣を形成し、小さな炎を灯す。


「あぁ! ごめん、ほんとにごめんなさい! だからその物騒な殺意は抑えてもらえますか?」


「おう! 誰かと思えば昨日の!」


 突然の大声にオースティンの体が少し震える。

 その声の持ち主は手を振りながら2人に近づく、よく見るとその人物はオースティンにとってのトラウマを植え付けたセルゲイだった。

 思わず「げっ!」と言葉が漏れたオースティンはその場から立ち去ろうとしたが、それよりも早くセルゲイは隣に座り肩を組む。


「おいおい、逃げ出すなんて酷いじゃないか、昨日は同じ席で酒を飲んだ仲だろ? 語り合おうじゃないか」


「いや誰のせいでこうなったと思ってるんだよ……酒は飲まされて頭は痛いし気持ち悪いし、それになんだよこの頭は」


「ガーバッハ! いいじゃないか! それにそっちの方が似合ってるぞ? リアムの赤とお前の青でちょうどいいバランスだ! そういや名前は……バースティンだったかな?」


「いやオースティンだよ、なんで昨日覚えてて今日忘れるんだよ」


「そうだった! 失敬失敬、まぁ酒でも飲んで忘れちまおうぜ」


 セルゲイは肩を組んだまま自前の酒を飲み続けた。


「ぷはぁ! そんでよオースティン、お前、昨日どうやってここから脱出したんだ? 俺の前から逃げ切った奴なんて今までリアムしか居なかったぞ。ほれほれ、どう言う手口だったんだ?」


「え、いやまぁ、別に大した事は」


「相変わらずうるさい奴だな、こんな所で時間を潰す暇があるなら純白なる鉤爪に顔を出したらどうだ? キャメルとオルモンドから聞いておるぞ? 最近はセルゲイがサボってばかりとな」


「おいおい、それを言うならシャルルだろ? この間久しぶりに来たかと思ったら何したと思う? 貯蓄してある食材を半分食い漁って酒に至っては一滴も残ってなかったんだぞ? 元から少なかったとは言え全部はなぁ」


「そんな事我に言われても困る、奴に直接言えば良かろう」


「それもそうだ、しかしな、話はまだ終わって無いぞ。シャルルなんて可愛いもんさ、居たよなぁ半分どころか全部、量で言ったらシャルルの数倍、一夜にして貯蔵庫から無くなった事件、一体その食材達はどこに消えたのかなぁ」


「……我は知らんぞ、見られてなければ大丈夫とシャルルに教えられたからな」


「え、それって……」


「な? これで分かったろ? 言っておくが俺なんかシャルルとリアムに比べたら赤子みたいなもんだ、あの2人を見てたら分かるだろ? 右脳と左脳が逆に付いてるレベルだぞ」


「比べたらってだけの話であんたもヤバいのは変わんないぞ」


「ガーハッハ! よく言うぜ若造のくせに! とまぁ話を戻そう」


「いや切り替えはや!」


「お前らシャルル待ちだろ? さっき向こうで見かけたけど何をするつもりだ」


 リアムはセルゲイに事の経緯を話した、端的に言えばリアムとシャルルがいない間に別の人物にオースティンを鍛える代役を頼む。話はつけてあるためその人物とここで待ち合わせしているはずだったが、その肝心な代わりが現在行方不明である。


「そんでここで大人しく待ってる訳か、にしてもシャルルも意地悪だよな。リアムをこんなところに長時間放置とはな」


「それなら心配ない、後でツケは払ってもらう」


「ハハハ、その意気だ。たまには伸びた鼻を折ってやらないとな。──お! 丁度いい、噂をすれば帰ってきたじゃないか」


 セルゲイは人混みの向こうからシャルルがこちらに向かって来る事を認識した。

 3人の前に現れたシャルルだったが、戻って来たのはシャルル1人、代わりの人物は見当たらなかった。


「おいおい、リアムがカンカンだぞ」


「セルゲイも居たんだ」


「おう! ご無沙汰だな」


「──そんな事より其方よ、まさかこれだけ待たせておいて手ぶらで帰ってくるとはな、後でじっくり話し合う必要があるか?」


「いや違うのよ、説明するから殺気は抑えろって。下暗しって言うだろ? 全然見つからないからまさかと思ったら案の定ここに居た」


 シャルルは突然隣のテーブルに移動する。

 向かったテーブルには朝まで飲んでいた酔っ払い達がいびきをかきながら豪快に眠りについていた。

 シャルルは立ち止まると、長椅子に横になって寝ている人物のさらに下、すぐ近くに空いている椅子があるにも関わらずテーブル下で寝ていた1人の男を引きずり出した。


「おい、起きろ、仕事だぞ」


 鼻ちょうちんが割れて夢と現実を彷徨う男を覚醒させるべく、セルゲイから酒を奪ったシャルルはその男の顔面に浴びせた。


「うわなんだ! ……おいおい、濡れちまったじゃないか、誰がこんな事……」


「おはよう」


「ん? シャルル? ……やべ! 約束忘れてた!」


「だと思ったよ、でも大丈夫、お前のお世話になるオースティンは連れてきた。──来なよ」


 不満げな表情を浮かべつつもシャルルの手招きに導かれたオースティンは席を立ち2人に近づいた。


「お、キミがオースティン君だね。よろしく、僕の事はノーツと読んでくれて構わないよ」


「よろしく……」


「お前の考えもよく分かる。けど安心しな、見た目はこれだけど実力は確かだよ、特に地質に詳しくて内容によってはマスタークラスの依頼でも優先的にお願いされるくらいは頼りになる」


「シャルルにそう言われたら嬉しいねぇ、そんな訳だ早速今から……と行きたいが3時間後にもう一度ここで集合だ、ちょっと飲み過ぎたから仮眠させてくれ」


 ノーツはそのまま酒場ギルドを後にした。彼の事をシャルルは評価している様だが、どこまで信じていいのか分からない。

 と言うのもこれまでのシャルルの言動を加味した場合、おそらく実力があるのは間違いないと考えるがどうしてもどこかに落とし穴があるのではないかと疑ってしまう。

 1人で難しい顔をしながら座っていると、シャルルとリアムの2人は用事がある為席を外した。セルゲイもいつの間にか居なくなっていたため、約束の時間が来るまで1人でじっとその場に留まっていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る