第33話
彼の本名は、軍に問い合わせればすぐに判った。数十年に一人の割合で出る「外れもの」、どうやって試験を掻い潜ったのか解らない「的外れ」、彼はそういった言葉で表される者だったから。
実際、彼は受験した時まで正気だった。否、正気を装えていたが正しいか。彼は学力、体力、人格揃って及第点だった。人事部の人間が合格の判を押す程度には。
素質だったのか、環境だったのか、今でも犯罪心理学者たちの間で格好の研究対象そして教材として扱われている。
相手の戦意を喪失させる方法として、最も手軽なのは欠損である。目を抉る、鼻を削ぐ、指を切り落とす。傷としては軽重様々だが、自分の一部が失われたという事実はその人間の精神に多大な影響を及ぼす。
そのようなことを、理論をすっ飛ばして本能で仕出かすのがツジと名乗る殺人鬼(故人)であった。故に、亡者たちの目が、鼻が、指が、ばらばらと散らばることとなっている。
地獄においてヒエラルキーの頂点に座するのが大罪人ではあるが、数だけでいうならば亡者が一番多い。彼等は己の弱さを熟知しているが故に、こうして数に頼るのだ。
亡者が罪人に襲いかかる理由は幾つかあり、その中には地獄での日々に絶望して自棄にな《狂》ってしまったからというものもあるのだが、最も多いのは生活苦。
罪人は、弱肉強食の強者側にいる。亡者は、言わずもがな弱者側だ。いつも搾取されているし、虐待されている。だから亡者たちは徒党を組み、罪人たちを襲って一時の安寧とあわよくば彼等が溜め込んでいるであろう物資を得ようとする。
「あーもー!! ウザったーい!!」
無論、数だけで勝てるなら苦労はない。ツジが雑に振るったナイフはすぱすぱと亡者たちを切り裂いていく。それでも諦めない亡者たちを鬱陶しそうに見据え、ツジは叫んだ。
「カラんでクるなー!!」
傷口から内臓が飛び出してしまった亡者が悲鳴を上げてのたうち回る陰から、その辺りの廃墟で拾った鋭利な鉄の棒を突き出す亡者。それを難なく掴み取ったツジはその怪力で亡者ごと棒を持ち上げ、滅茶苦茶に振り回す。
肉と肉、骨と肉、骨と骨、それらがぶつかり合い弾け飛ぶ音。また何人かの亡者たちが死に、その後ろからまだ生きている亡者たちが現れる。今日は特に切羽詰まっているらしい。
とはいえ、そんな都合なんて知ったこっちゃないツジは、片手で振り回していた棒を投げ捨てて銃を引き抜く。銃声、血飛沫、断末魔。地獄は今日もまた、地獄日和であった。
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