第15話

 書を焼く者はやがて人をも焼くようになる、とは誰が宣った言葉だろうか。思想統制は破滅的社会の端緒であるという理解で良いのだろうか。



 本を焼くなら人を焼け。



 そもそも地獄には思想的に偏っているか尖っている人間しか来ないので常識人を期待するだけ失望が増すのだが、それにしたってこれはなかろうよ、というのが小高い廃墟の屋上から燎原を見下ろしているシンジの感想であった。

 シンジは文士である。三文と頭に載せられて嘲られようとも書に関わる人間の端くれ、本を愛し本に愛されて生きていた人間である。

 そんな人間であるため、シンジは地獄の中でも本がある場所を己の根城としていた。例えば、崩壊したショッピングセンターの中にある本屋だとか、亡者たちに荒らされてしまった図書館跡だとか。シンジは日がな一日本を読んで暮らすことを己の幸せとしていた。

 だから、彼女と出逢った時は運命だと思ったのだ。彼女は本を愛し、本に愛されていた。書に対する知識は深く、教養も広く、打てば響くとはこのことかと感嘆する程に。

 しかして地獄には思想的に偏っているか尖っている人間しか来ないのだ。そのことを痛感したのは、図書館跡で語らっていた最中やって来た亡者が、本を燃やして暖を取ろうとしたから。


「アーハハハハハ!! 本を大切にしない愚かな畜生は火炙りだァ!! 豚の丸焼き、ローストチキン、よーく焼いた牛の肉!! アーハハハハハ!!」


 いやそれにしたって尖り過ぎでは? 思想の鋭角が過ぎて心臓が貫かれたように痛い。シンジも罪人であるからして、縁も所縁もない人間が殺されようと痛む心などないのだが、清楚な文系淑女が魔女狩りの異端審問官に激変したらびっくりする。

 高笑いしながら亡者たち(多分、半数以上は今回の焚書に関係のない通りすがりの可哀想な人間たちだ)を炙り殺していく女の顔は鬼めいていて、ある種の美しさはあるのだがそれはそれとして単純に怖い。後、体から火が出てるのもただただ怖い。

 シンジは、彼女に心中を持ちかけなくて良かったなぁと思った。今度こそシンジのことを理解してくれる、美しくたおやかな女が現れたと思ったのだが、地獄にそんな女神が堕ちてくるはずもなかったのだ。


「アハハハハハ!! ヒヒヒ、ギャッハハハハハハ!! 熱い? 痛い? お前たちがしようとしたことをしてるだけなのに!? ヒーヒヒヒヒヒ!! アーハハハハハ!!」


 本当に、地獄に女神が堕ちてくるはずなんてないのだ。シンジは最早どんな感情を抱けば良いのかわからなくなって、薄ら笑いを浮かべたままその惨劇を眺め続けていた。

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