第28話

 その殺人鬼は、伝説となった。否、伝説として今なお存在している。■■年代、■■■■州で起きた殺人事件。明らかに犯人は生きていないであろうに、現在に至っても年に五度、同一犯としか思えない凄惨な犯行が続いている。



 彼等は彼等で彼であった。



 種明かしをすれば単純なことなのだが、その殺人鬼の単位は一人ではなく一家である。先祖代々、宗教的な理由から、年に五度、神に感謝を捧げるための儀式を繰り返している。

 その中で、彼は異端であった。彼は祖母と父から儀式の内容を教わり、手伝い、やがては主催するようになったのだが、彼はその儀式に悦びを見出だしてしまったのだ。

 生温かい血や臓物を全身に浴びると、覚えのない母の胎内に返ったかのように安心出来た。反面、泣きながら命乞いをする生贄の姿を見ていると下半身が疼いた。儀式の跡が警察に見つかって報道されると、高揚感と達成感で天にも昇る気持ちになった。

 祖母はこの儀式を、自分たちを守っている神に感謝の気持ちを伝えるための大切で神聖なものだと語り、その儀式を正しく継承することこそが彼の使命なのだと語った。父もまた同じく、この儀式はとても重要なもので、自分たちの罪を浄めるために真摯に向き合わねばならないものだと語った。

 だから、彼は異端であった。いつまでも穢らわしい生贄の血を洗い流さずにいることも、必要以上に生贄を追い回し疲弊させて命乞いを繰り返させることも、敢えて証拠を残して儀式のことを外部の存在に認識させることも。故に、彼は■■回目の生贄として選ばれ、一家全員を道連れにしながらも殺された。

 まぁ、いわば満場一致で地獄行きの素質しかない男である。母親の代わりとばかりに祖母と致した(命乞いをされたので仕方がないことだったと彼は思っている)ことだし、どうしようもない畜生であった。よって、彼は現状に納得していたし、何ならここでは殺す人数や殺し方を細々と気にしなくても良いらしいので嬉しささえあった。


「……んふ、ふふ」


 そう、彼が何故、地獄について知ることができたのかといえば、哀れな亡者が数名程、犠牲になったからなのだが。殺したい、犯したい、そんな気持ちを抑えられない彼は、その気持ちのままに行動し、その結果として幾らかの情報を手に入れていた。


「ふふ……あー……」


 曰く、ここは地獄であり、無法地帯である。誰から何を奪おうが(それは命さえそうである)、裁かれない。否、裁く者がいない。亡者たちは身を寄せ合い、罪人たちの蹂躙に怯える日々を過ごしている。罪人とは、彼のような殺人鬼や、人間の姿をしていない化物のことを指すのだと。

 それなら自分は強者であると、彼は嗤った。祖母や父が語る神などいないとばかり思っていたが、神に対して誠実に生贄を捧げていた自分にご褒美をくれたらしい。地獄とはなるほど、素晴らしい世界である。

 ここでは、誰も自分の儀式を止める人間はいないし、儀式じゃなくても叱られない。神様ありがとうございます、と彼はこの時初めて神へ心からの感謝を捧げた。

 さぁ、殺そう、遊ぼう、犯そう、壊そう。ここでは何をしたって良い。何て素晴らしい、何て悦びに溢れた神の国。そうだ、こここそ自分たちが崇めていた神の国なのだと、彼は確信した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る