第29話
新たに地獄へと堕ちてきた殺人鬼は、それはそれは我が世の春を堪能していた。殺しても殺してもまだ殺せる、遊べる、犯せる、壊せる。自分の凶行が広く知られないのは残念だが、亡者たちには独自の情報網があるらしく、最近では自分を目にしただけで命乞いを始めてくれる人間さえいた。何て素晴らしい世界、何て素晴らしい神の国。
殺人は、目的か手段か。
そのような状況で殺人を楽しんでいた彼だったが、ある日殺そうとした亡者は買い換え前のラジオのように笑った。げたげた、けたけた、彼を指差して。それが非常に不愉快で、指を一本ずつ、先の方から刻んでやったというのに、笑い声は止まらない。
お前も殺されるんだ、とその亡者は彼に告げた。そんなはずはない、と彼は鼻で笑った。いいやお前は殺される、あの毒蛇みたいな人殺しに!! その亡者は彼に喉笛を掻き切られてなお笑い続け、ごぼごぼと血を吐いて死んでいった。
毒蛇みたいな人殺し、それがどうした。こちらは長年、狡猾さによって殺人鬼で在り続けた人間だ。生贄の中にはギャングだっていたし、クスリでおかしくなった人間もいた。そういう規格外の人間だって、彼にとってはただの生贄、獲物に過ぎなかったのに。
或いは、この呪詛めいた忠告をもっと真面目に聞いておけば、少しなりともこの後の暴虐を回避する目があったかもしれない。あくまで、かもしれないという可能性の話でしかないが。
「んふふ、ふふ……ん……?」
亡者を殺して暫くしてから、彼は遠くに人影を見た。金髪に、赤いメッシュ。上半身は裸だが、腰に大きなナイフを提げている。どうやらその男は、ここからその姿は見えないが、誰かに向かって話しかけているらしい。
丁度良い、と彼は思った。三人も殺せるなんて、今日はついている。そう思い、廃墟の陰に隠れつつ近づき、さぁ狩りの時間だと刃物を構えて走り出した、その脚が、喰われた。
「っ!?」
「あっカかった!!」
それは、獣の顎のような罠。彼も使ったことがある、熊や人間など、大きい獲物を捕らえる際に使う設置型のそれ。外し方は熟知している、ねじの隙間にナイフの刃を差し入れてねじれば、外れはするが、一度深々と喰い込んだ傷はどくどくと熱を持つ。
「やはり獣相手には罠が有効ですね」
「オレにツカったらコロすけど……」
「さぁ、使われるようなことをしなければ良いのでは?」
ひょこ、と金髪の男の背後から現れた少年もまた金髪。しかして兄弟にしては雰囲気も、顔形も似ていない。彼が小さく唸ると、この場に全くそぐわない、明るい笑顔が返ってくる。
「ヤ、ナンかモージャがさ、ウルセぇのナンのって……」
「詳しく聞けば劣化版この畜生みたいな人間が堕ちてきたとのことだったので」
「マって? このチクショウってオレ?」
否、それらは獣の威嚇と同義だ。笑顔というものは、獣が牙を剥き相手を威圧するための表情が基になっているのだという学説がある。それを踏まえれば、この金髪の男と少年の笑顔は。
「さぁ、狩りの時間ですよ。この人間失格が飽きるまで逃げ切れたら今日は生き延びられるかもですね?」
「なぁ、ニンゲンシッカクってのもオレ?」
それはそれは、恐ろしい、獣のそれであった。
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