第30話

 地獄の冬は痛い。夏もまぁ皮膚が焼けて痛いが、冬も肺が凍って痛い。そもそも地獄に快適な場所などなく、いつだってどこだって不愉快な環境である。



 折れ線グラフが猛獣の顎。



 地獄では心の底から求めているものは得られない仕組みになっているので、冬支度をどうするのかといえば夏の間に用意しておくに限る。

 じめじめした意地の悪い暑さの中、各々の思う防寒対策を準備するのだ。選択を間違えば夏の間に腐って終わるが、最悪火がつくものと火をつけるものがあれば何とかはなる。


「そもそも地獄における季節とは?」

「気温が高くなったり低くなったりすることでは?」

「その理屈だと季節がとんでもない速さで巡ってないか?」

「そもそも地獄における時間の定義とは?」

「まぁそもそもそこだが」


 そのような訳で、天高く炎を燃やしているのが中佐殿ことヤードと枢機卿ことカーディナルである。燃やしている、と表現したが正しくは燃やしてしまっているなのだが。


「人間の脂ってこんなに燃えるものでしたっけ」

「知らんが……」

「どうしても血液とかの水分があるから燃えにくいんですよね」

「知らんが……」

「本物の薪みたいじゃないですか」

「偽物の薪みたいな言い方をするな」


 そもそも人間は燃やすものではない、という常識は通らない。冬支度が出来なかった亡者たちが徒党を組んで二人に襲いかかったのが少し前。二人が大罪人として格の違いを指導してやったのがついさっき。そして今に至る。


「しかし人が焼ける臭いは相変わらず嫌な臭いだ」

「焼こうって提案してきたのはお前だからな」

「それに乗って火をつけたのはそちらじゃないですか」

「寒いと物事を考える力が弱まるんだ」

「その力は常に弱いのでは?」

「喧嘩して体を暖めようというのはあまり良い考えではないな」


 強いて救いを挙げるなら、きちんと殺してから燃やしたので長引く苦痛ではなかったであろう、という所か。しかしてそれもカーディナルが殺した方だけで、ヤードが殺した方はめちゃくちゃな挽肉などもあったので説得力に欠ける。


「でも僕の祖国ではそういうのもありましたよ? あんまり寒い時は半裸になって殴り合いをして意識を保つという生活の知恵」

「二度とライフハックという言葉を使うな。あって堪るかそんな知恵」

「まぁ最終的に生きて帰れたのは数名でしたけど」

「ほら見ろ結論が出ている!!」


 全くの正論であった。ヤードは快活に笑い、カーディナルはげんなりする。その横で燃え盛る炎は高々と空を焼き、まぁ、お互い寒くはなくなったので結果的に良しとすることになった。

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