第31話

 夏の間はほぼ死体のようになっていた。意識はあるが熱さや痛みで動けず、しかして亡者も暑い最中に燃え盛る炎の中まで突っ込んでは来なかったので、墓の中の死体のようにというのが正しいか。



 冬になればちやほやされるようになったので、何だかなぁと思う日々である。



 「炎舌家」とは、演説家からもじってつけられた名前である。この地獄という土地では誰もが生前の名を失い、適当につけられた渾名や屋号で呼ばれていた。

 炎舌家もまたその例に漏れず、口から炎を吐いている所を見た彼女によって名付けられた。彼自身はそれを不服に思うも、なら他の名前はと問われて詰まってしまったためこの名が通ってしまった。

 さて、彼の特性というか、能力というか、それは体内から炎を噴き出すことである。その炎は他の人間よりはましながら、彼自身をも焼き焦がす。故に、彼は夏の間、ずっと苦しくて辛くて横たわっていた。


「この場において熱源の確保が容易なのはとても良いことだわ」

「はぁ……」


 こふ、と一つ咳を漏らせば口から火の粉が漏れるのだが、対面に座る彼女の表情は微笑みの形を崩さない。彼女、地獄では聖女と呼ばれることが多いこの狂女は、彼の周りでぱちぱちと音を立てている炎で沸かした湯を使って紅茶を淹れていた。

 そう、見える範囲が焼け野原になっていることを除けば、優雅なティータイムの光景だ。白い大理石に精緻な細工を施した椅子と机、骨を混ぜた乳白の陶器、銀細工のスプーン。その周辺を彩る薔薇は、花弁や葉の一枚一枚が宝石で作られている。


「だって、寒いのは不幸せなことだわ。そうでしょう?」

「はぁ……」


 口数少なく応じる彼を眺めながら、薫り高い紅茶で唇を湿らせる聖女。彼は、そんな彼女を見詰め返しながら溜め息をついた。と、同時にふわりと橙の火が舞い上がる。

 この体質故に、何を飲み食いしても意味はないのだが、それでも彼は彼女がもたらした菓子を口に入れた。ほんの幽かに甘い香りが広がり、燃え尽きる。焼き菓子だった燃え滓を紅茶で流し込み飲み下した彼は、にこにこと笑っている聖女の顔を見詰めたまま、再び溜め息と炎を吐いた。

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