第32話

「寒いというのはつまり冷感となるのだけれど延いては感覚器官のあれこれがどうのこうのなって……」

「センセー、サムいのイヤならスナオにそうイって?」



 歯の根が合わないとは正しくこのこと。



 かちかちと、硬質な音が断続的に。地獄の狂科学者ことサイエは、夏の間に用意して廃墟の中に隠していた毛布が軒並みなくなっていたことに絶望した。とはいえ、黴や腐敗の形跡があったため、残っていたとてまともに使えていたかどうかはわからないが。

 ともあれ、いつの間にか防寒対策を奪われていたサイエは、連続殺人鬼であるツジが用意していたジャケットを白衣の上から羽織っている。薄手ながらも確かな耐寒性能があるこのジャケットは、ツジが生前支給されていたモデルらしい。


「馬鹿の寒さだ……地獄には快適な場所なんてないのは知っていたけど、それにしたって馬鹿の寒さだ……」

「レーネンにないイジョーキショー? だっけ?」

「まぁ我々の時間感覚なんて狂い果てて久しいから、例年も何もないけれど」


 預言者を自称する罪人が、罪人たちが罪を灌がれる日は近いだの何だの吠えていた根拠に挙げられていたこの気温の乱高下。まぁ預言者自身もあんまり寒くておかしくなってしまったようで、罪を灌ぐのだとか何とか、他の信者もうじゃたちを巻き込んで崖から飛び降りていたが。


「ま、サムいのもアツいのもシチジューゴニチ? だっけ?」

「何だろうこの存外ツッコミを入れ辛い微妙なこう……」

「トージだっけ?」

「その名を私の前で出すな」

「ユズユ……」


 存外鋭い叱責を受け、拳の形にした両手を顎の下に添えて怯えてみせるツジ。行儀悪く舌打ちをしたサイエは、ようやく動かせるようになってきた手元でメスと注射器を弄ぶ。


「センセーってオレイガイのニンゲンとナカヨくなるのニガテ?」

「あー何かもう訂正とか誤解を解くとかするのも面倒だな……」


 ツジの純粋な疑問は露と消え、後に残るのは何とも言えない沈黙のみ。それはそれは、何とも言えないものであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る