第18話

 かしゃん、と音がしたように思ったのは、頭にぶつけられたものが卵だと認識したからか。彼の額から顎先へ、どろりと流れ落ちた白身が、黄身が、地面に落ちて潰れて広がる。

 刹那、空気が凍った。英雄の凱旋と銘打たれたパレード、その主役は元帝国軍人。彼は悪しき帝国の暴虐を止めるため、共和国と手を組んで帝国を瓦解させたのだ。

 実際、彼自身の戦闘力も凄まじかったが、何より彼が持つ情報がなければ成し得なかった逆転劇である。それだけ帝国は巨大で、凶悪で、どうしようもなかった。

 故に、共和国の政治家たちは殊更に彼を持て囃した。救国の英雄、共和国の救世主だと賛美した。政府お抱えの新聞社に命じて彼を褒め称える記事を連日書かせもした。

 無論、それらは政治や打算的な面が大きい。共和国は最初から、帝国亡き後のことを考えていた。あの帝国を滅ぼすきっかけとなった軍人を抱え込むことで、他国への牽制とするために。


「お前が!! お前たちが父さんを殺したんだ!! 人殺し!!」

「止めなさい!! あぁ、申し訳ありません、申し訳ありません!!」


 見物客の最前列、暴れて喚き立てている幼い少女を抱える母親。どうやらその少女が彼に卵を投げたらしいと気づいた民衆たちが、そんな母娘に怒号を浴びせた。

 しかし、少女は怯まない。ただ一点、彼だけを見据えて、睨みつけている。少女の父親は兵士として戦場へ送られ、帰ってきたのは紙切れ一枚。共和国の敵であった帝国の軍人なんて、信じられる訳がなかった。

 対して、彼はすっと手を挙げた。それだけで、怒号は失せる。救国の英雄が何を言うのか、皆が注目していた。彼は充分な視線と意識を集めたことを確信してから口を開く。


「……この国で、他人に卵を投げたことに対する罪とは?」


 そう問われた民衆は戸惑った。口々に自分の思う罪を述べるも、それが正しいものかまでは自信が持てない。少女を罵っていた者たちでさえそんな有り様で、彼はゆるりと首を巡らせた。


「……この国で、他人に卵を投げたことに対する罪とは?」


 そうして視線が合った、彼をこの場に連れてきた政治家へと問いかける。政治家はその言葉の意味を考え、頭の中で諸々を計算し、そして忖度よけいなことをした。


「えぇ、えぇ!! 罪には罰を与えねばなりませんね!! おい衛兵、そいつらを連れていけ!! ささ、貴方様はこちらへ!!」

「……僕は、こう聞いています。この国で、他人に卵を投げたことに対する罪とは何なのかと」





 共和国が滅亡寸前まで追い詰められた原因はと問うならば、「天秤の悪魔」を自分たちならば上手く運用出来るなんて、夢物語を信じてしまったことだろうか。

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