第19話

「私は理性が本能に負けるだとか感情を理由として不利益の方が大きな選択をするだとかそういうものは愚者がすることだとばかり思っていたのだけれど非常に不本意ながらこの意見は撤回することにしたよ何故ならば今正に私が理論的には利のある選択を放棄して心情的に無理だという理由から馬鹿馬鹿しい選択をしてしまっているからなのだけれどそれはそれとして生理的に無理という言葉は非合理論理極まりない阿呆の言葉とばかり思っていたのも実際に自分がそうと感じれば成程この上なく便利で適切な表現だということが」

「センセーそれまだナガくなる?」



 長くなった。



 地獄には不定期に新しい住人が補充されるためいつか人口過多となって滅亡を迎えるのではないかとは生前死の予言を撒き散らして小銭を稼いでいた詐欺師うらないしの言であったが、既に常識も倫理も何もかもが終わってしまっている地獄における滅亡とは何なのだろうか。

 閑話休題、地獄においてヒエラルキー上位に座する狂科学者サイエが息継ぎも忘れて連々と述べたくっていた文句の対象は新たな地獄の住人たる薬理学者である。彼は全人類を幸せにするためにとある薬を開発して、それが幾つかの都市を汚染して破滅させたことで地獄行きとなった。

 彼が開発した薬を平たく解りやすく表すなら麻薬である。この薬を服用した者の脳内で諸々の反応を引き起こし、何というか、まぁ、幸福にはなる。物理的な依存性はないが、精神的なそれはとんでもなかった。


「いや理論的に理性的に理解はしているよ、あの男と組めば私の研究は更に高みへと進むことが出来るだろうと。けどね、あの男は駄目だよ。何というか、脳の奥が痒くなる。己の不出来を、不始末を、突きつけられている気になる。あの男がもう少しこう、謙虚であり無駄口を叩かなければね? 若い頃の自分を見ているようで共感性羞恥とでもいうか、もうね、ヤバい」

「センセーもヤバいとかイうんだ……」


 今日も今日とてコーヒー一杯を対価としてサイエの護衛擬きをやっている連続少女殺人鬼、ツジはそう呟いた。センセーはバカがキラいだから、ヤバいとかイわないとオモってた。それはそれとしてハナシがナガくてヤにはなってる。


「そもそも自分で自分を天才と称するのはね、とてもよろしくないよ。真に天才であるならばそれはわざわざ口にせずとも理解されるものだからね」

「センセーはダレにもリカイされなかったからココにいんの?」

「馬鹿のふりしてたら許されると思うなよ!?」

「ッ!?」


 まさかの素手のグーが出た。その言動があんまり予想外だったので、素直に脳天に食らってしまったツジは涙目になる。とはいえ、触れられたくない部分をぎゅっとされてしまったサイエもまた、珍しく涙目ではあった。

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