第4話

 ぐにゃぐにゃに圧し曲がったシャベルで地面を掘り始めた中佐に背を向けて歩き出す。あれは中佐なりの弔いだ、異教を信仰する自分が手を出していいものではない。



 いつだって人の死の周りは、祈りによって満たされていなければならないから。



 この地獄と呼ばれている場所は、果てのない迷路のようなものだ。罪人が永遠に在り続ける、そのことが償いとされる世界。自分のような■■には、贅沢が過ぎる気もするが。

 進む先には亡者の気配があるも、細波のように引いていく。恐らく殺人鬼と中佐の争いを見届けに来たのだろう。微罪を犯した亡者たちにとって、彼等のような大罪人たちの動向は何よりも気になるものだろうから。

 自分にとっては、自分に害さえなければどうでもいいことだ。中佐は自分に同業故の親近感を抱いているらしいが、厳密には違う、と思う。記憶の欠落があるため、断言はできないが。

 この地獄に堕ちた自分が初めて遭遇した、会話の通じる人間が中佐だった。中佐はここが地獄であるといい、罪人たちが自由気儘に闊歩している現状を教えてくれた。

 記憶が欠けていても、罪悪感といわれるそれはあったため、自分はそれを受け入れた。自分は地獄に堕ちて然るべき人間である、という思いは自然に受け入れられたからだ。

 そうして、中佐は自分を枢機卿カーディナルと名付けた。曰く、中佐の生国における枢機卿が、自分と似たような服装をしていたから。自分はそういうものかと思い、その名前を是とした。

 とはいえ、自分が聖職者であったということは中々納得ができないが。聖職者らしからぬ体格に、全身を覆う古傷の数々。中佐が自分のことを元軍人だと判断したのはその辺りが理由らしい。


「あら、ごきげんよう」

「……ごきげんよう?」


 ふらりと目の前に現れた少女は、軽やかに笑いながらその長ったらしい衣服の裾を摘まんだ。貴族のような挨拶に、僅かばかりの不快を感じる。これもまた、欠落が原因か。

 少女は、見た目だけは可憐に笑っていた。吹けば折れるようななりをしているが、蔦か薄荷か木苺か。一度根を張ればどのまでも貪欲に巣食う悪女だ。


「あらあら、貴方はご機嫌斜めかしら?」

「……どうだかな」


 この少女と長く話すことは推奨されていない。それは地獄に棲む大罪人たちの共通認識。この少女が犯した罪はとても細やかで、だのにその結果が悪辣過ぎた。

 聖女、と呼ばれている少女はただ囁いただけだ。神の言葉と偽り、人間の悪性を煽り立てた。異教徒狩りと称した戦争は、数多の国を火の海に変えたという。

 そんな少女の影響力は、それでも異能の類いではなかったらしい。というのも、この少女が脅威だとされている何よりの理由は、その囁き声ではないからだ。


「でもそうね、邪教に傾倒する邪悪は天に召されても救われないものね?」


 半身を傾け、振り下ろされた大鎚を避ける。少女の大鎚は、地面にめり込みひびを入れている。彼女は心底不思議そうな顔をして、自分の目を見詰めている。



「……すくわれたくないの?」



 そう、心底不思議そうに呟いて。

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