第5話



 すくわれたいなら、すくわれなきゃ。



 当たらない、苛々する、どうして、すくわれたくないの? これだから異教徒は邪悪で大嫌い。頭蓋が破裂して死ねばいいのに、骨という骨が砕けてしまえばいいのに。

 それでも我等が神はすくえと仰るから。神は寛容で慈悲深い、そういう設定にしていた……いいえ、寛容で慈悲深い神は実在している。そうしている。

 古傷だらけの醜い異教徒の頭を砕くはずだった「神杖」の先は空を切る。あぁ、どうして、苛々する、当たらない。神のすくいを受けぬ愚か者。

 反対に、異教徒の剣が私の首を薙いだ。黒雲が近く、遠く。頭からいのちが引いていく。雨のように降り注ぐ赤、鉄錆、頬に額に点々と。

 のろわれしものめ、と動かした唇は異教徒の目にしかと映り込んだようで何よりだ。呪われよ、呪われよ。天の国に召されぬ者は……あら、では私は、





 少女の生首は唇を動かし続けているし、首から下も倒れることなく揺れている。その様子を見詰めていた男は、少女の胴を蹴って倒し、完全に動かなくなったことを確かめてから剣先を下げた。

 何せここは地獄、死者は平然と蘇るし訳のわからない力を持つ者が多すぎる。男もまたその一人ではあるが、気を違えていないという一点において他の人間よりは救われていると思っている。

 呪われし者、確かにそうだろうと男は頷いた。地獄に堕ちている人間が呪われていなければ何なのか。とはいえ、宗教観によって呪いという言葉の定義も違うのだろうけれど。

 救われたいならば掬われて巣食われなければならない、とは少女の宗教観(とはいえ彼女がそれを心底信じているのかということに、男は疑念を抱いている)。彼女曰くの神に盲目的に従い尽くしてようやく救いが得られるのだという。

 馬鹿馬鹿しい、と男は思うも笑いはしない。あまり覚えてはいないものの、男もまた宗教家だったようなので、あまり他教のあれこれについてつつきたくないのだ。

 宗教が絡んだ争いなぞ、泥沼でしかないのだから。正義が悪を滅ぼすまで、滅ぼし尽くすまで終わらない、それこそ地獄のような潰し合い。

 だから、男は下げていた剣先を振り上げるようにしてーー小さな、しかして鋭い歯を剥き出しにしてかっ飛んで来た少女の生首を、空高く吹っ飛ばした。これだから油断ならない、死体は必ずしも死を表さないのが地獄である。

 剣の腹によってぐちゃりと顔面を潰されたその生首は、獣のような呻き声を上げながら墜落する。びちゃりと脳味噌だの何だのをぶちまけているそれに、ありったけの弾丸を叩き込んだ男。

 銃声が止み、沈黙が広がり、今度こそちゃんと死んだかどうか確かめるために男が突き出した剣先には、やはりというか何というか、がちん、と食らいつかれたため、男はもう一度その生首を吹っ飛ばした。

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