第13話

 オレンジのツツがタってる、というのが本日のツジの第一思考だった。第二思考は、ナニあれ、である。


「ナニ? ダレ?」

『……あぁ君か』


 そんな筒の上部にある、スピーカーのような場所から聞こえたのはサイエらしき声。とはいえ、顔があるであろう部分は濃色のプラスチックめいたプレートに阻まれていて見えないが。


「センセ?」

『そうだよ……会話を望むならもう少し大きな声を出してくれないか。どうにもアンプリファーの調子が悪い』


 ンン、と目を細めて見れば、筒の中でガスマスクのようなものを着けている姿が辛うじて。目の辺りは大きなゴーグルみたいなもので隠されている、ようだ。


「センセー!!」

『うわうるさい、そうだけどそうじゃない』


 大きな声でと言われたので大きな声を出したら難しいことを言われてしまった。ツジは目を閉じ、ンンンと唸りながら考える。


「ていうかそれナニ?」

『軍の所属経験があるなら見たことくらいはあるのではないかな?』


 そう言われて改めてその筒を眺めてみるも、よくわからない。グンタイだったトキ? ンンンン……オボえてない!!


「センセーがシンカした?」

『進化という言葉の意味をその愚か極まりない鼠よりも軽い脳味噌へ物理的に刻みつけるぞ』

「ヒェッ……」


 イイセンだったとオモったのにバチギレされた、ロボトミーはイヤだロボトミーはイヤだ……ツジは額を守るように手を掲げながら涙目で首を振った。

 宜なるかな、人類をより良く進化させたかったがために数々の非人道的実験を繰り返した狂科学者に対して先の答えは悪手過ぎる。進化という言葉への熱量が違うのだ。


『これは防護服だよ。理論上、全ての有毒物質を防げるものだ』

「ユードクブッシツ」

『それくらいはわかるね? からだのなかにはいるとしぬもののことだよ?』

「ワカるって!!」


 急に道理を知らぬ幼子へ話しかけるような口調で語りかけてきたサイエに、バチギレしたツジだった。毒は解る、飲んだら下痢したり熱が出たりするものだ。生前のツジは生来の耐毒性が突き抜けていたため、そのような理解であった。


『本当かなぁ……』

「ホントーだってば!!」

『本当にわかっているならこんな場所に何も装備せずに来る訳がないんだけどなぁ……』

「エ?」


 瞬間、鼻の奥から熱い何かが溢れてくる。ぽたぽたと鼻孔から滴り落ちたのは赤い液体、簡単に言えば鼻血。次いで、喉の奥が痛いような、痒いような、掻きむしっても解決しない不快感。頭がぐらぐらして、目の前がちかちかして、青紫に変色して膨らんだ舌を突き出して倒れ込む。

 サイエは、有毒ガスを吸い込んで死にそうになっているツジを、防護服のプレート越しに見下ろしていた。とはいえ、濃色のプレートに阻まれて大まかなことしか判らないため、ぱちんとカメラのスイッチを入れる。外部カメラで撮影したツジの死体は大変なことになっていて、やれやれと肩を竦めるしかなかった。

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