第21話

 殺人鬼とは、人間を殺す人間を指すという。だったら、自分が殺人鬼と呼ばれるのは全く正しいことだと彼は思う。しかして、人間であるのに鬼とはこれ如何に。或いは、同族を殺すような存在は人間ではないということか。



 殺人鬼に等級があるとしたら。



 一人殺せば犯罪者、十人殺せば殺人鬼、大勢殺せば英雄であるなんて誰が嘯いたか、この例に準えるなら確かに彼は殺人鬼であった。十人を越えた辺りで数えることを止めてしまったが、十人までは確かに数えていた。

 世界を、正しくしたかったのだ。世の中には悪意や不正が蔓延っていて、正しい手段で訴えようとも届くことはなかった。ならば、自分の身の回りから正していかねばならない。そう思ったから、正しくない人間を殺していった。

 だというのに、世界はちっとも正しくならなかった。これは正しくない人間が多過ぎるからだと彼は結論づけた。ならばどうするか。もっと殺すしかない。あぁ忙しい、手が足りない、それでもやるしかない。

 そうして彼は地獄へ落とされた。無理矢理縛りつけられた椅子からは、象でさえ一発で殺せる威力の電流が放たれたので、当然といえば当然の結果。彼はその最期の一瞬まで、正しくないのは世界であり正しいのは自分であると確信していた。


「動くな、動いたらこの女を殺す」

「ふぇえ」


 だから、正しくない人間を殺すために人質を取ることだって正しいのだ。ヒーローなんて馬鹿げた称号を掲げる少年は、共にいた少女を人質に取ることで大人しくなった。この少年は、自分こそが正義だと声高に宣い、破壊活動を繰り返していたのだ。あぁ、全く、正しくない。


「彼女を人質にするのを即刻止めろ……というか本当に止めた方がいい!! 泣きそうになってる!! 危ない!! どちらかといえばそっちが!!」


 にも拘らず、少年は己の過ちを認めようとせず、ただただ少女を解放しろと言うばかり。もしやこちらが少女を傷つけられないとでも思っているのかと、少女の首筋に添えていたナイフを少し引いた、刹那。


「っ!?」

「ほらぁ!! 危ないって言った!!」


 じゅ、と音がしてナイフが溶けた。そして、少女の涙が落ちた先、彼の腕もまた。ぎょっとして少女を突き飛ばすが、激痛、溶解、突然のショックによる血圧の乱高下、目の前がちかちかと明滅し、膝から力が抜ける。


「前よりもひどくなってる!?」

「えぇん……」

「これっ、ちょっ、ガスか!? 毒ガス的なのか!?」


 倒れ込んだ視界に、ゆらゆら、硫黄の臭いがする煙。鼻の奥がつんと痛み、彼の意識は途絶えてしまった。後に残るのは、ぽろぽろと泣き続ける「硫酸少女」と、ヒーロースーツの耐久力について思いを馳せる「ヒーロー」、それからぐずぐずに焼け溶け始めた死体が一つで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る