第8話

 サイボーグとは、肉体の一部を機械へ置き換えた人間のことを指す。戦争によって失われた脚を、腕を。戦争にとって邪魔な内臓を。脳を除いたありとあらゆる器官は機械へ置き換えられる。

 自分もまた脳以外を機械へ置き換えた全身型のサイボーグである。サイボーグ化には金がかかるが、戦争に参加している兵士なら軍属の機械医師による手術を受けることができたし、生身でいるよりも機械になった方が稼げたからだ。

 そう、金が必要だった。戦争で死んだ父親、それで病んだ母親。二人が産みっぱなしにした弟妹にはせめて、自分よりも多くの選択肢を遺してやりたかったから。兵士の遺族に与えられる慰霊金なんて、生活によってあっという間に溶けてしまったから。

 敵兵を殺し、殺し、殺し、殺し続けてようやく目処が立った。もう一回、戦地で勝利に貢献すれば、弟妹たちの人生を何とかできるだけの金が手に入る。だから、有り体にいえば油断してしまったのだろう。



 赤い空、黒い雲、砂地と廃墟だらけのこの場所を、現地の人間(?)たちは地獄と呼んでいる。



 対機械兵用の地雷に引っ掛かって、死んだと思ったらここにいた。生身なら吸い込んだだけで肺が焼けそうな空気と、目が潰れそうな光。先程までいた場所とは全く異なる環境に、地雷ではなく空間転移装置でもあったかと思考した。

 ともあれ、敵も味方も、何なら人影一つ見えない砂漠の中で立ち尽くしているのも無駄なので、感覚器官を拡張する。視覚と超覚を広げて探れば、生体反応が二つ。大きさからして人間だとは思うが、この距離では確定できない。

 せめて哺乳類の類いであれば、生体保水液の材料にできるのだが。そう思考しながら脚部を展開、疾駆。接近した生体反応は、果たして人間であった。


「うわっ、ナニコイツ、カッケー!! ■■■■!? ■■■!?」

「悪の組織の秘密兵器じゃないのか?」

「センセー、ロボットとかキラいだからこーゆーのはツクんない」


 一人は、金と赤が斑になった髪に、正気が失われている碧眼。旧時代の兵装を纏った大柄な男。訛りが酷く、一部聞き取れない箇所があった。

 もう一人は、白い強化外装らしきものを着用している少年。目元は赤い仮面に遮られていて見えないが、体格等から推測するに十五歳以下みせいねんだろう。

 二人は自分を見てごちゃごちゃと言い合いをしている。現状、敵対的な反応はない。とはいえ、彼等が何なのか判らないため、油断は禁物だ。


「オマエ、ナニ? ロボット?」

「自分ハ……」


 男から聞かれたため、所属を述べようとした。が、それは脳を通り抜け、声帯部への指示にはならず消え失せる。自分は、そう、■■■軍の超機兵隊所属で、名前は、名前は?

 思い出せない、自分の名前も、あれだけ大切だった弟や妹の名前も。突然硬直してしまった自分を不審に思ったのか、少年が首を傾げている。


「悪の組織の秘密兵器じゃないなら、正義のロボットだ!」

「アッオマエ、ジブンのミカタフやそうと!」


 少なくともロボットではない。混乱の最中でもそれだけは解る。それだけは解るのだが、それ以外が解らない。どうすべきか、と迷う自分に、やれ悪のロボットだ正義のロボットだと騒ぐ男と少年。そうして自分は、全てを投げ出して逃走することを選んだ。

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