第10話

「レ、レイのプール……!?」

「どの例なんだい」


 ツジはカンドーしていた。作り物の世界にしかないと思っていたプール(の廃墟)が、目の前に広がっているから。大きさはそんなにない。泳ぐというよりは遊ぶために作られたその真上には、半開きになっている天窓。これはもう完璧に例のプールである。

 対して、その手のネットスラングに疎いサイエは呆れるばかりだ。この小さなプールの何がツジの琴線に触れているのかわからない。ツジの反応からして、何かしら有名だった場所なのだろうとは思うが、それだけだ。


「スッゲー!! マジであったんだ!! ないとオモってた!!」

「作り物だとしても作られたものであるならばどこかにはあるだろうよ」

「あ……でもココにあるってことは、もうシんじゃってるってコト……!?」

「そもそも現時点で廃墟だからね。廃墟になることを建造物の死と定義するならそれはそうでは?」


 全体的に暑いし隣人は馬鹿だしで不快指数が上昇するしかない状況のサイエは、思考を放棄して適当な物言いを返す。いつもならちゃんと構ってほしいと駄々を捏ねるツジは、このプールを見れたことでテンションが上がりきっているらしく、にこにこ笑うだけだ。


「ミズデた!! ツメたい!!」

「それは朗報だね」

「プールにする!!」

「もうプールでは?」


 訂正、馬鹿ではなく大馬鹿である。満面の笑みで宣言して水栓を全開にするツジを、何をするでもなく眺めながらサイエは溜め息を漏らした。と、視線を落とした先、違和感がある。

 廃墟だった。タイルとガラス、鉄骨。それだけしかなかったはずだ(現在とんでもない勢いで噴き上がっている水は除外する)。少なくとも、こんな植物はなかったはずだ。なんて思考する間に、まるで早送り映像、しゅるしゅると伸びた蔦が足下へ迫る。

 嫌な予感がしてメスを一本突き立てた、瞬間、それに巻きついた蔦はぎりりと径を狭めて締め上げる。ぐにゃりと曲げられたメス、サイエは一応ツジにも注意をと思い振り向いたものの、全ては手遅れだった。

 向日葵らしき植物の茎に貫かれ、全身穴だらけにされて死んでいるツジ。道理で静かになってた訳だ。再度迫り来た蔦の前に複数のメスを突き立てて囮にし、さてどう動けば無傷で脱出可能かと思案する。真下から突き上がってきた向日葵の芽を切り落とし、サイエは再び溜め息を漏らした。

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