#29:実はの話
「実は伏線ってのが前々から張ってあったんだよねえ」
ラブリィが頷く。
各プレイヤーの残機と言える衣服の残り枚数は、厳密にカウントされていたわけではない。少なくともプレイヤーの見える場所に表示されたりはしていなかった。アナウンスもジャンケンの勝敗や誰が脱衣し脱落したかを知らせたが、プレイヤーの残機には言及していなかった。
だから、これまで一度も明言されてはいない。
鐘楼院緑青の残機が、4枚ではなく3枚だということは。
「伏線……伏線さ。もっとも、私は何でもかんでも伏線という単語で表現するのは好きじゃない。ちょっとでもほのめかされていた情報や隠されていた話が表に出ただけで『伏線回収!』だぜ? 馬鹿のひとつ覚えってのはまさにあのことさ。Twitterで漫画の感想呟いている連中に『主人公に共感』と『伏線回収』って言葉を禁止してみたまえ。途端に140字だって呟けなくなること請け合いだ」
ラブリィの個人的見解はさておき。ともかくこれまで、緑青の残機については明確な発言を避けていた。緑青がメガネやアリスと残機で並んだときも、それとなく誤魔化していた。
「勘違いしちゃいけない。三人称視点ってのは神の視点と必ずしも同じじゃない。三人称であっても、カメラを置く場所ってのがある。例えばアリスくんの背後にカメラを置けば、アリスくんが思ったことを断言できても、その立場で緑青くんの思ったことを断言することはできない」
同時に、アリスは序盤から緑青の隠し事に気づいていた。確証はなかったが、なんとなく察していた。だからアリスの視点でも、緑青の残機について明言はなかった。
「気づいて、いたんですの?」
「お前がトイレから出てきた時点でな」
無論、これはアリスのハッタリである。この終盤にハッタリなど意味はないが、それでも言いたくなるのが平凡な男子高校生というものだ。
緑青がトイレから出た時点では、アリスはこのゲーム空間が脱いだ衣服の再度着用を物理的に禁止していることを知らない。
「僕はスカートなど履いたことがないから、どうやって用を足すのか分からない。だがスカートは残っていたということは、パンツだけ脱いで用を足したんだろう? そのとき、パンツは破壊され着用できなくなった」
この場のプレイヤーはスカートを履いた場合の用足しの方法など知らない。だから緑青は、よく分からないままとりあえずパンツだけを下ろして用を足したのである。当然、このときまだ彼はこのゲーム空間の特性を知らなかった。結果、パンツは再度の着用を許されなかった。
「アリスくんがれむくんを追い込んだのは、緑青くんの残機回復を避ける意味もあったというわけさ」
ラブリィが解説する。
「れむくんの着衣6枚と、緑青くんの1枚。しかも後者は自分たちに隠しきれていると思っている。この情報の
渚が姦計を弄する際、スカート捌きで鈴ちゃんと緑青を女性だと勘違いした。緑青がスカートを気にしていたのは、ただ単にノーパンだったからだ。さすがに男と言えど、そんなあられもない状態では意識が向いてしまう。
「不可思議な脱衣の順番も、それで説明がつくの」
鈴ちゃんは腕を組んでひとり納得する。
「スカートを脱げばパンツを履いておらんのがバレる。靴下を脱ごうとしてスカートをめくりあげてしまっても同様じゃ。だから上から脱ぐことにした」
実際、メガネたちは靴下を脱ぐ際にかなり危うかった。それを考えれば、緑青の対応は正解である。
そしてさらに、この場の面子は把握していないので言及していないことだが。
ゲーム序盤、れむの脱落に伴い発生したインターバル。そこで緑青がお茶を淹れていたのは他プレイヤーをトイレに行かせるための策でもあった。結局、ラブリィくらいしか手をつけなかったし、当の緑青自身も飲んでしまっていたが。
「つまり、これは……」
猪島が状況を整理する。
「ぼくとアリスくんが残機4。緑青くんもそれに並んでいると思っていたが、実際は……」
「あいつは一歩、脱落レースを先んじていたわけだ」
アリスが引き継いでまとめる。
「小さな差だが、この終盤でこの差は無視できない」
そして同時に、緑青はアリスが導こうとしている流れにも気づく。
「緑青を攻撃しろ、猪島。まずひとり脱落させる」
「……分かった」
猪島は、アリスの提案に乗る。
だが、これは……。
(拙い策の、芽が出ましたわね)
緑青は内心でガッツポーズをする。
仮にアリスが猪島との共謀を継続するつもりなら、猪島に攻撃させるべき対象は鈴ちゃんだ。緑青どころか自分たちすら自滅圏内の今、3人で削り合うのは鈴ちゃんだけが得をする展開。
共謀の合理性を、アリスは徐々に捨てつつある。実際にはまだアリスの腹など分からないが、それでも彼は、わずかにでも猪島切り捨ての線を考え始めている。だから合理性から外れる。
『ジャンケンの結果が出ました』
『猪島、敗北。衣服を1枚脱いでください』
「……そうなるか」
猪島はブラウスを脱ぐ。これで緑青と同点。
つまり自滅圏内を超え、脱落圏内。
「僕も緑青へ攻撃する」
「まあ、そうなりますわね」
ここが踏ん張りどころだ。いよいよアリスが痺れを切らし猪島を裏切る。その瞬間まで緑青は耐えなければならない。
結局集中攻撃の泥沼。当然だ。緑青に誰かを蹴落として勝ち残る、そんな戦略性はない。そんな精神性も持ち合わせてはいない。
現代日本でのうのうと生きていただけの男子高校生が、転生したところで何ができる?
チート能力の有無は関係ない。
現代知識の量も重要ではない。
意志すらも、ここではすべて無に帰す。
ただのクソガキが美少女に転生したくらいで何かをできるなら、人間はもう少し簡単に前を向ける生き物だったはずだ。
何もできない。それが事実。異世界転生、デスゲームへの参加という超現実的な事象がいくら起きようとも、鐘楼院緑青にとってこれは現実。
ところがどっこい、夢じゃないのだ。
(それでも、もがくくらいはしなければ)
緑青が思い出すのは、いつだってあの人間離れした部長なのだ。
(とんでもない現実なんて、あの人が同年代だった時点で十分味わっている。とっくに慣れた。だからできることを、できるだけするさ)
『ジャンケンの結果が出ました』
『緑青、敗北。衣服を1枚脱いでください』
果して、ただの運ゲーに覚悟も意志も能力も、そしてヒロイックな感傷も通じないのである。
ごく普通に、緑青は負けた。
ただそれでも、彼はスカートを脱ぐのをためらわなかった。
「……………………………では、わしは順当にアリス殿を狙おう」
『ジャンケンの結果が出ました』
『アリス、敗北。衣服を1枚脱いでください』
あっという間に、3戦終了。
プレイヤーがどれだけもがこうとも、鈴ちゃんのひとり勝ちは変わらない。
「そりゃそうだろうねえ」
ラブリィがため息を吐く。
「このゲームは運勝負だが、対戦相手の選択のみプレイヤーの裁量にゆだねられる。序盤こそ基本は削り合いだが、少しでも残機に偏りが生じれば脱落に近いプレイヤーから狙われる。今回は特にそれが顕著だったし、その中で鈴ちゃんはヘイトコントロールが上手かった」
いうなれば、隠れるのではなくむしろ目立つのが鈴ちゃんの策。
目立ったうえで、自身よりさらに攻撃するのが合理的な対象を差し出すことで自身を攻撃の選択肢から外してきた。無論、人間のすることなのですべてが合理的に片付くはずもないが……。そういう肝心な場面で攻撃を受けても、勝つことで鈴ちゃんは危険を乗り越えた。
「勝つべき時にはきちんと勝ち、したがって状況をコントロールする。まさに辣腕というわけだ。これは配置をミスったかなあ。君たちは最後に選んだから、どうも適当だったかもしれない。最後の仕上げってところで完成を焦っちゃうのが私の悪い癖だ」
「…………」
緑青は、ラブリィの言葉に違和感を覚える。
それはすぐに、彼にとってもっとも最悪の可能性へ伝播するが、途中で緑青は思考を無理矢理に打ち切った。
今は目の前のゲームに集中するべきだ。後のことは、ここを生き残ってから考えるほかない。
「あいつ、何を言っているんだ?」
「わたくしの番ですわね」
理解が追い付かないアリスの言葉を遮り、緑青の手番。
しかしそこで、動き出したのは緑青ではなく猪島だ。
「アリスくん、緑青くん、提案があるんだが」
「ここからぼくたち3人で、鈴ちゃんを集中攻撃しないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます