#5:脱衣ジャンケン・バトルロイヤル野球拳

「それではあらためてルールを説明しよう!」


 メイド服を着た不条理、あるいはデスゲームマニアのいかれオタク。ラブリィ・ザ・ハウスキーパーは切り替えて話を進める。


「今回君たちにプレイしてもらうゲームは『脱衣ジャンケン・バトルロワイヤル野球拳』だ! ハイ拍手っ!」


 誰も拍手はしなかった。


「それじゃあルールなんだけど」

「拍手ないのはどうでもいいんだ……」

「そりゃあね」


 花飾りの呟きをメイドは拾う。


「まさか君たちが『イエーイどんどんぱふぱふっ!』してくれるとは思っていないとも。それに小説家になろうじゃ1話3000字程度に収めてテンポよく進めるのが大事マストだぜ? いちいち突っかかってらんないさ(注:本作は当初『小説家になろう』に掲載されていたためこのようなメタ発言が出る場合があります)」

「あ、え、ああ……」


 いろいろ引っかかるところはあるが、花飾りは気にしないことにしたらしい。


「それでゲームなんだけど、基本的には普通の野球拳さ。分かるよね? ジャンケンして負けたら一枚服を脱ぐ。丸裸になったらゲームオーバー」

「裸になるんですの?」


 お嬢様は赤面してスカートをおさえた。その動きを変態とサングラスはちらりと見る。


「手順はこう。まず君たち7人のプレイヤーにはクジを引いてもらうよ。これで手番を決定する。そしたらゲームスタート。1番のプレイヤーは相手をひとり指名してね。手番プレイヤーと指名プレイヤーが互いにジャンケンをする。勝敗が決したら負けたプレイヤーは1枚脱ぐ。そして手番は2番目のプレイヤーに移る。これを繰り返すだけ」

「質問がある」


 メガネが手を挙げる。


「ジャンケンは勝敗がつくまで繰り返すのか? あいこになったらそこで終わり、というわけではないんだな?」

「そうそう。必ずプレイヤー同士で勝敗が出るまでジャンケンはするよ」

「一度勝敗が決したらそこで手番は終了か」

「うん。続けてじゃんけんぽんはしない」


「なら俺からも」


 サングラスも質問を投げる。


「一度の勝敗で脱衣するのは一枚か?」

「いえーす」

「プレイヤー同士で合意がなされれば複数枚賭けてもいいのか?」

「それは駄目。やってもいいんだけどねえ。途中で絶対言った言わないが起きて面倒なのさ」

「だろうな。で、脱衣する衣服というのは当然、全員同じなんだな?」

「もちろん。君たちの本来の転生先は中世ヨーロッパ的な世界だったわけだけど、分かりやすさを優先して現代日本の女子制服をモチーフにした衣装をあつらえたよ。ドレスとか着させられても誰が何枚残っているかさっぱりだろう?」


「それもそうじゃな。わしは着たことがあるが」


 鈴飾りが呟く。


「ふむ……。するとわしらの衣服は『ブレザー』『ブラウス』『スカート』『右ソックス』『左ソックス』『ブラジャー』『パンツ』の7枚で全部ということかの?」

「『ネクタイ』も対象だよ。全8枚」

装飾品あくせさり類も含むと?」

「ネクタイは制服の一部だからね。君の鈴飾りとかは対象外。それは各プレイヤーを識別するための目印だから」


「…………」


 アリスは自分の髪をまとめている水色のリボンを触る。


(8枚か……。多いように思えるが、このゲーム、下手をするとあっという間に負けるぞ……)


 いずれにせよ、衣服がゲームにおいて重要なファクターとなるのなら暑いから脱ごうなどと言ってもいられない。アリスはさきほど脱いだブレザーを着直そうとソファの背もたれに手を伸ばす。そこに引っかけておいたはずだからだ。


 しかし。


「……ん?」


 そこにブレザーはなかった。代わりに、なにか風船が割れた後に残る破片のようなものが背もたれには付着している。


「おいおい。ぼうっとしてないでクジを引きたまえよ」

「え? ああ……」


 気づくとラブリィが箱を持ってアリスの前に立っていた。促されるままアリスはクジを引きつつ、疑問を尋ねた。


「これはなんだ……。僕のブレザーがここにあったはずだが」

「このゲームの大事な要素のひとつさ。このゲーム会場となる部屋では、いかなる理由であれ一度脱いだ衣服は再び着ることはできない」

「ふむ……?」


 ラブリィが実演してくれる。彼女は自分の頭にあったカチューシャを取り外し、床に放り捨てる。するとカチューシャは床に着いた途端に破裂し、バラバラに砕け散った。


「ご覧の通り」

「あー。それでオレの服なかったんだな」


 変態がしたり顔で頷く。


「いや……こんな得体のしれない空間で、脱いだ服が使い物にならなくなるって分かった上で裸になってたのかよ」

「憧れは止められねえんだ。そこに女体があったら触る。それが男だろう?」

「主語が大きいのう」


 鈴飾りの辛辣な呟きはともかく、アリスのブレザーはこの会場がゲームのために持つ性質によって一時的に使用不能になったらしい。変態が裸のままなのは彼の性癖だけが原因でもないというわけだ。


「つまり、誰かの脱いだ衣服を再利用したり、自分の衣服を他人に着せるような戦略はできないと」

「まさしく。これは脱衣するゲームだからね。野球拳ってのは敗者が自分から服を脱ぐのが醍醐味なのさ。だから君たちにも負けた場合、自分から服を脱いでもらう。恥じらいながら、顔を赤らめながら。当然、暴力や脅迫を用いて八百長をさせたり服を脱がせるのも禁止。ルールを守って楽しく殺し合おう!」


(脱衣するゲーム、か)


 アリスは顎に手を当て、思案する。


(あいつ……否定しなかったな。すると、その手は使えるか?)


 彼の脳裏にはひとつのアイデアが浮かんだが、さすがにハードルが高くて断念した。


(僕には無理だな。だが逆に、そういう手を使ってくる相手がいるかもしれない。そこは警戒しよう)


「さて、さっさとクジを引いていこう! ほらそこのお嬢さん?」

「い、嫌ですわ!」


 お嬢様はヒステリックに叫んで、後ろに下がる。


「なんでだい?」

「なんでもなにもっ! このゲームで生き残ったからといって、元の世界に戻れる保証はないのでしょう?」

「そうだ……まだ勝者と敗者の処遇について聞いてないぞっ!」


 花飾りの少女も反抗する。


「そもそも君たちは、どうしてゲームをするという前提で話を進めているんだ! このゲームで勝ってもこのメイドは『勝者が生き残るなんてウソでーす』と言うかもしれないんだぞ!」

「それに第一、このゲームで勝利した場合にプレイヤーが得られるものについて説明を受けてませんわ」

「ぼくたちには知る権利がある! そうだろう?」


 ふたりの言い分は一理あるものだった。実際、ここまでラブリィは勝者と敗者の処遇を明言してはいない。おそらく敗者は死ぬだろうというのは推測できるし、負けた場合のことなど考えても詮無い話なのでそれは置いておくにしても……。少なくとも勝った場合、生命くらいは保証されなければやっていられない。


「おいおい」

「…………」

「おいおい、おいおいおいおい、おいおいオイディプス王」

「息子にでも殺されるつもりかの?」


 それはともかく。

 ふたりの言い分は一理ないのである。

 ラブリィは呆れているようだった。


「私が中間管理職のナンバーツーならここでFワードが飛び出していたぜ。命拾いしたな私が無頼伝派で」

「中間管理職なのにナンバーツーはおかしいだろ。所詮世間知らずの小娘メイドだな」


 メガネのマウント芸はさておき、お嬢様と花飾り以外の面々がなぜゲームを受け入れているのか。その答えは簡単だった。


「ここで私が『勝者には9999億円!』と言ったら君たちは納得するのかい? しないだろう私は『ウソでーす』すると知っているんだから。私が何を賞品だと提示しても、君たちにそれを確信する道理はないんだ。お分かりかいドゥーユーアンダスタン?」

「なっ……」

「それを言い出すなら、だよ? 君たちは現代日本にいたころの記憶を持っているわけだが、それが本当に君たちの記憶だという保証はどこにあるんだろうね。世界五分前仮説がごとく、適当に植え付けられた偽の記憶かもしれないんだよ?」


 それはすなわち。


「言葉はいらない。勝者の得るもの、敗者の失うものをいちいち説明する必要はない。ただ君たちはゲームをするしかない。ゲームで勝ち残ったものは、元のお嬢様として生まれた世界に返してあげる。正式に転生させてあげる、が正しいかな? それを君たちは信じて、私の気持ちが変わってすべてをお釈迦にしませんようにと祈りながらゲームをするしかない。それだけが生き残る道さ」


 ゲームをするしかない。保証などなくても、生き残りたければまずは勝て。


「それではいい加減スタートしようか! 『脱衣ジャンケン・バトルロワイヤル野球拳』! このゲームの勝者は2名。これはルールだから嘘じゃない! 丸裸にされずに残った2名だけがゲームクリアだ。それでは1番目のプレイヤー、行ってみようひあうぃーごぅ!」


 アリスはクジを開く。


 果たして。


 彼が栄えある一番手だ。

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