#25:決着まで

 この瞬間、メガネの死は確定した。

 残り衣服2枚。あられもない下着姿。だが、まだゲームオーバー条件である丸裸になっているわけではない。

 それでも。


(ここまで来たら、メガネの敗北はゆるぎない)

 アリスはそう思うのだった。


 同じく追い詰められているアリス自身の僻目も、もちろんある。だが同時に、メガネの死が戦局的にほぼ確定しているのは事実だ。


「ここへ来てようやく、チームの真価が発揮されたねえ」

 アリスの隣に陣取ったラブリィが呟く。

「アリス猪島コンビと、緑青鈴ちゃんコンビの結成。それによってメガネくんは孤立した。自滅圏内、あとは放置で勝手に死ぬのを待てばいい状況だけど、両チームお互いに戦端は開きたくない。となれば、ひとまずメガネくんを攻撃してお茶を濁すのは必然だね」


 戦端を開きたくない。

 ラブリィはチーム単位の話をしたが、このゲームはあくまで。そして共謀による集中攻撃の脅し。そのふたつから考えられるのは、つまるところ


 プレイヤーふたりでの集中攻撃は、相手ひとりにしか効果を発揮しない。例えばアリスが緑青鈴ちゃんコンビを攻撃したとして、反撃は彼自身を襲う。しかしアリスの被弾は。最終的に猪島は生き残ればいいのだから。相手チームのヘイトがアリスに向くのは猪島にとって得しかない。


 両チームの戦いは避けられないが、一番槍は貧乏くじ。両チームの両プレイヤーともに、相方が攻撃を始めてくれればいいのにと思っている。


 無論、アリスもそれをよしとはしない。かといっていくらお人よしの猪島でも、アリスが「緑青を狙え」と言ってももう聞かないだろう。


 攻撃はしなければならないが、反撃はされたくない。仲間のために傷つくのはごめんだ。では、ひとまず様子を見るとしよう。メガネを落とした後ならば避けようのない戦いであるから、貧乏くじも言いっこなしだ。どうしようもない。


 そんな消極的な空気によって、メガネはこれから4人のプレイヤーによる集中攻撃を受ける。


「どうかな」

 一応、アリスは反論を試みた。自分でもラブリィの言い分に賛同しているのは分かっているが。

「鈴ちゃんが緑青を仲間に引き込むとは思えない。さっきのも、メガネの攻撃を誘導するための策だろう」


「嘘を吐くのは時に美徳だけど、思ってもないことは言うものじゃないぜ」

 即座にラブリィの反論が飛ぶ。

「鈴ちゃんくんにとって、緑青くんを仲間に引き込むのはメリットしかない。メガネくんの攻撃を緑青くんに集中させられるだけでも得がある。加えて、緑青くんは鈴ちゃんくんを裏切れないけど、逆は成立する。不都合があったらさっさと切ればいい」


 実際、鈴ちゃんの戦略もそんなところだろう。元々メガネからのヘイトを買っていたのだ。ここで悪目立ちするような誘導を仕掛けてもリスクは少ない。成功すれば緑青を盾にできる。


「さあ、緑青くんはメガネくんをご指名だ。指名料はまったく不要! いよいよ次の脱落者が出るか? ジャンケンを始めよう」

 思い出したようにラブリィが音頭を取って、ジャンケンが始まる。


「ださなきゃ負けよ、じゃんけんぽん!」

 勝ちたい、負けたくない。

 死にたくない。

 強固な意志を反映したようにメガネの手は固く握られたグー。


 一方、緑青の手は悠然と開かれたパー。


『ジャンケンの結果が出ました』

『メガネ、敗北。衣服を1枚脱いでください』


「く……そ。なんで……なんでだよ!」

 メガネは激昂する。

「俺は……こんなところで死んでいい人間じゃ……」


「どんなところだって死んでいい人間なんているものか」

 ラブリィはするっと、メガネの背後に迫る。

「戦場で兵士が死ぬのはいいのかい? 死刑場で犯罪者が死ぬのはいいのかい? 暴走族が道路で大根おろしになるのは? 異教徒が吊るされ石を投げられるのは? 豪雨で増水した川に攫われるのは? 長時間労働の果てに突然死するのは? 。どんな人間にとってもね」


 デスゲームの開催者にあるまじき発言である。


「死が救いになるとか、死ぬのは怖くないなんて戯言さ。望むとも望まぬとも関係なく、強制的な個人の終了が忌むべきものでなくてなんなんだい? デスゲームとはそんな死を避けるために、他人をそんな死へ追いやるゲームだ。君は既にふたりを死に追い込んだんだ。自分の番が来たくらいでガタガタ喚くなよ」

「俺は、別にあいつらを……」

「攻撃していない。ジャンケンすらしていない。それは事実だけど、真実じゃない。このデスゲームの勝利者は2名。君がそこに向かって歩けば、必ずそのふたりを押し出した。折よく自分の手が触れなかっただけのくせに、清廉潔白を気取るなよ」


 それはデスゲームに限らず人生においても同じかもしれない。アリスはそんなことを思った。

 席は有限だ。就職先や進学先だけではない。誰かの隣は狭く、一席空いていれば精々。人はみんな、そのたったひとつの空席のために押しのけ合いながら生きている。


 それは間接的に、誰かを殺しているのと同じだ。自分が席に着こうとすれば、誰かを席から押し出す。その席を手に入れられなければ人生は終わったも同じだと思いつめる人だってきっと多い。自分が認識できないから、誰も傷つけず殺していないなどと思い込むのは傲慢だ。


(デスゲームという時点で、誰かを手に掛ける。僕の手は血に汚れてしまっている)

 問題は、だから覚悟。

(僕にはある。ここにいる他人を殺しても自分は生きるという覚悟が。しかしメガネにはなかった。向き合ってすらいなかった。自分が死ぬはずがないという現実認識は、自分は誰も殺していないという妄想の裏返しだ)


 死ぬはずがないというよりは、ここがデスゲーム、殺し合いの場であるという認識の欠如。殺し合いだと思っていないから死なないと考えるし、自分が誰かを殺めるという発想がない。

 その覚悟の差、認識の差から来る戦略的思考の差が、じわじわとプレイヤー同士の優劣をつけている。


「早く脱ぎなよ。生娘みたいに恥じらったって、ここじゃ君の体に魅力を感じるやつなんていない」

 ラブリィが急かす。

「さっさとしないとゲームマスター権限で丸裸にするよ? 賢い君なら、衣服が残り1枚になっても逆転の目を見出すことができるんじゃないかな?」


 メガネは、ブラジャーを脱ぎ捨てた。


「早くしろ。次だ」


「……なんですの?」

 緑青がいぶかしむ。

「なんかメガネさん、急に覚悟完了したような面持ちになりましたわ」

「人は誰しも、腹に一本のドスを吞んどるものじゃ」


 鈴ちゃんがしみじみと語る。

「それを抜いたというわけじゃな」

「遅すぎませんか?」

「遅いのお。だが抜かぬよりはいい。大抵の人間は命懸けの瀬戸際でも抜けんものよ。ならば抜けるだけ上等。まだ神はやつを見捨ててはおらん」


(どうだろうな)

 アリスは反対に冷ややかだった。

(努力を誉められるのはそれこそ小学生までだ。高校3年生の12月に受験勉強を始めるやつを、始めただけ偉いだなんて誰が言うか)


「じゃあ……やろうか」


 猪島は流れでメガネを指名する。その結果は……。


『ジャンケンの結果が出ました』

『猪島、敗北。衣服を1枚脱いでください』


「駄目か。できればぼくが、倒しておきたかったんだけど」

 猪島はため息をつきながら、ネクタイを解く。


「僕にお鉢が回ってきたな」

 アリスが指名するのももちろん、メガネだ。ここで別のプレイヤーを選択する理由はない。


 このまま集中攻撃が続けば、必ずメガネは脱落する。メガネに突破口はない。それこそラブリィがまた、唐突に何かのイベントを企てでもしない限り戦況は変わらない。そんな薄い望みに……と言いたいところだが。


(こいつはやりかねない……)

 性悪ゲームマスターのラブリィなら、メガネが男を見せればチャンスを演出するくらいはしかねない。その結果、ゲームがどう転ぶかは分からないのだ。ここまでラブリィはゲームバランスを取ることを重視するような素振りを見せてはいるが、それだっていつまで保たれるか定かではない。


 横槍が入るより先に、メガネはここで叩かなければならない。


 最終決戦。


 アリスVSメガネ、開始

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