#6:平和ボケとはすなわち

 ついに開幕したデスゲーム。丸裸になれば社会的にではなく実際的に死ぬらしい恐怖の野球拳。一番手はアリスから。


「ちなみにジャンケンをするのはこのリビングにしたまえ。別にこれもどこだっていいんだけどね。勝敗の結果などはアナウンスするわけだし。かといってゲームの趣旨と違うことでグダグダされても困るから、そういうことにさせてもらうよ」

「別にどこでもいいさ」


 アリスはざっと、6名のプレイヤーを観察する。


 果たして誰を狙うべきか。このゲームの攻略法とは何か。ゲームがどう傾くか分からない上に命までかかっているのだ。まずは様子見、などと悠長なことは言っていられない。


(とはいえ、とどのつまりジャンケンは運否天賦だ。このゲーム、『』という点を考えることに意味はない)


 ジャンケンは誰もが知るゲームであり、それゆえ様々な局面で重要な決定をするために使われてきた。例えば給食の余りのプリンをどうするかとか。必然、誰もがジャンケンの必勝法を求め、日々研鑽を積み重ねては企業wikiやまとめブログに書きこまれていく。


 稀代のクソゲーマーであるアリスにとって、ジャンケンは最も身近で根源的なクソゲーだと言える。その彼の知識と経験がジャンケンそのものの勝率を高めるという戦略を放棄した。結局のところ運試し。不意を突いてジャンケンさせるとグーを出しやすいとか、神経質なやつはチョキが出やすいとか、そんなものに意味はない。すべて確率の元に整地される。ジャンケンにおける戦略とは「気の持ちよう」つまりおみくじのようなものだ。


「ちなみに私の今年の運勢は凶だった。神様ってのは目が節穴なんだねえ。ヒキニートのクソ兄貴は大吉だったからなおのことそう思うよ」

「誰に何を言っているんだ?」


 ラブリィの呟きをアリスはスルーするためにこそ突っ込んで、思考を続ける。兄がいたのかとか、その兄がヒキニートとはどういう世界観なのかとか、お前がもう神みたいな存在なんじゃないのかとか、言いたいことは山ほどあるが後回しだ。


 デスゲームを司る世界観の深掘りは物語中盤から。これは鉄板だ。不条理至上主義者のラブリィは好まないだろうが。


 さて……ではジャンケンそのものの戦略性を放棄して運ゲーだと認めよう。ならば『このゲーム』は運ゲーなのか? アリスの答えはノーである。


 ジャンケンは運ゲーでも、『バトルロワイヤル野球拳』は運ゲーではない。なぜならアリスたちプレイヤーには、対戦相手の選択という権利があるからだ。


(つまり、誰を攻撃するかが重要だ。勝つか負けるかは半々だが、だからこそ誰を狙うか)


 同時に、誰が誰を指名したのかという情報は常に公開される。それは各プレイヤーの思惑をあぶりだすヒントとなる。それがゲーム1番手のアリスのものとなるならば、なおのこと。


 この一手は重要である。妙手を打てばアリスを「手強い」と思わせることができ、彼への攻撃を敬遠させる可能性がある。


(まず狙うべきは花飾りかお嬢様口調のやつのどっちかだろうな。ゲーム自体に乗り気じゃないってことは、動揺が大きいということだ。勝ちやすいかもしれないし、ゲームに不慣れな序盤特有のミスを僕がしてもあいつらは気づけないだろう。最初の一手としては無難だ)


 ゲームにおいて自身のプラスを積み重ねるのは重要だが、同時に自身のマイナスを減らすことも重視するべきだ。長丁場で多くの勝ち負けを積み重ねることで最終的な勝敗を決するタイプのゲームでは特に。近視眼ミクロ的なその場の勝ち負けよりも、より広い視座でゲーム全体を見渡した時の優位性を計算に入れなければならない。


(逆に選択肢から除外していいのは鈴飾り、サングラス、メガネ。こいつらに動揺はない。あえて狙うだけの理由がないなら選択肢に入れて考慮するだけ無駄だ)


 アリス的には、人を見下したような態度のメガネは気に食わないのだが……。とはいえ、まだ突っかかるには早い。こういう、人を侮っているやつは必ず馬脚をあらわすものだ。そこを狙えばいい。


(なら、決まりだな)


「僕が指名するのは、お前だ、変態野郎」


 アリスが指名したプレイヤーは、下着姿になって自分の肢体に発情する変態野郎だった。


「おーい、つれないなあ。オレには山森れむって名前があるんだぜ? まあ好きなAV女優の名前だけどな」

「この状況でとんでもない名前を使ったなあ……」


 花飾りの少女はため息をつき、次いでアリスに言う。


「そういえば君の名前も聞いていなかったね。今更自己紹介を始めるとゲームを待ちきれないあのメイドさんに殺されそうだし、手番になったプレイヤーと指名されたプレイヤーは自己紹介することにしよう」

「いいだろう。僕はアリスだ」

「それは本名かい? 苗字が有栖川だったとか?」

「苗字のわけないだろう。偽名だよ」

「偽名か……」


 そこでなぜか花飾りは考え込むように黙ってしまったが、ゲームの進行に支障はない。ラブリィが話を進める。


「それじゃあ、栄えある最初の対戦はアリスくんVSれむくんだ! おふたりは『ださなきゃ負けよ、じゃんけんぽん』の掛け声でジャンケンをしてくれたまえ」

「その前にさあ」


 変態こと山森れむが問う。


「オレの服、戻してくれね? 野球拳なのにこの状態じゃマズいだろ」


 れむの言い分は正当なものだった。各プレイヤー衣服8枚を残機として行うこの野球拳で、不可抗力――ではないにしろ既にれむは残り2枚というあられもない姿だ。脱いだ時に衣服は破壊されているので、修復してもらわなければpixivにあるイラストの平均的な露出度でこのゲームを戦わなければならない。


 だがれむはここにいたってまだ、勘違いをしていた。

 自身の前にいるメイド服の少女はただのゲームマスターではないのだ。ゲームというシステムの具現化でもないし、公平を尊ぶジャッジでもない。スポンサーに縛られる運営者でも、信念ある活動家でもない。


 ラブリィ・ザ・ハウスキーパーは不条理こそデスゲームと信じる厄介オタクファナティックである。


「え、やだよ何言ってんのこのエロガキは」

「は……」


 訂正。

 彼女はデスゲームオタクである前にひとりの淑女だったので、ようだ。


「どんな事情であれ脱いだ服は着ることができない。これがこの空間のルール! 無論、最初の一枚は不可抗力どうしようもないだろうね。しかし君はさらに脱いだ。再度の着用が不可能だと理解して、なお性欲を優先した愚か者さ。動物園の猿だってもう少し利口だよ」

「だ、だが……」


 メガネが口を挟む。

「見苦しいな。この不可思議で意味不明な状況で、身を守る衣服を再利用できないと分かっていて脱いだ。完全にお前の落ち度だ。それを他人に擦り付けるなゆとり世代のクソガキが」


 サングラスも同意する。

「そりゃそうだ。いずれにせよ、一枚も脱いでいない俺たちからすれば『欲望に負けて脱いだので補充してくださいっ』なんて許容できるはずもない。こっちは何が起きてもいいよううっとしい暑さのあるこの部屋でブレザーなんて着続けていたんだからな」


 鈴飾りが最後にダメ押しをした。

「まあ最終的な決定はラブリィ刀自とじの采配じゃからわしはどうでもいいがの。しかし不条理を尊ぶ刀自が認めるかの?」


「当然、却下だ! 世界のどこを探したって、困窮するギャンブラーにチップを恵むカジノはない!」

 ラブリィの答えは端的である。

「というわけで変態クソ野郎こと山森れむくんは残り衣服2枚、対戦相手のアリスくんは残り7枚。変態以外のうっかり脱いでしまったには損なことだが、まあ人生なんてそんなものさ上を向いて歩こう! それじゃあいくぜ? ださなきゃ負けよ、じゃんけんっ!」


「う、うわああああっ!」


 勝敗は、言うまでもない。


『ジャンケンの結果が出ました』

 進行役であるラブリィの上機嫌さとは正反対の、無機質なアナウンスが室内に響く。

『山森れむ、敗北。衣服を1枚脱いでください』


 わずか1ターンで、山森れむは敗北に王手をかけられた。

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