#16:突然の自己紹介イベント
野球拳における脱衣は、そこまで恥ずかしいことではない。無論時と場合にもよるが、あくまでお座敷遊びである野球拳において脱衣は必然的な行為であり、プレイヤーは脱ぐことを半ば承知していると言えなくもない。
しかしアリスたちが戦っているゲーム『バトルロワイヤル野球拳』に関しては、この理屈は通用しない。外面上、やっていることは野球拳であり服の脱がせあいだ。そして実質的にもそれは変わらない。だが外面がそうであり、中身もそうであることは、このゲームの本質が野球拳であることを保証しないのだ。
「…………」
プレイヤーたちに親でも殺されたかのような表情で歯ぎしりをするメガネを見て、アリスは思う。
例えば、『アリスロマンス』は天下のクソゲーである。選んだ選択肢に関わりなくランダムに物語が進んでしまうフラグ管理の破滅ぶりなど、恋愛シミュレーションノベルゲームとして致命的には違いない。しかし『アリスロマンス』が天下のクソゲーだったとして、だから価値がないということにはならない。外面と実質は、その本質を規定するとは限らない。アリスのように、ゲームを愛する人間はいる。
『バトルロワイヤル野球拳』は野球拳であるが、その本質は命の削り合いだ。れむがいい例だが、アリスたちは比較的最近、今の身体を得て転生している。つまり少女の体が自分のものであるという実感が薄く、それに伴い羞恥心もさほどない。アリスたちにとって今の姿はアバターに近い。
ゆえに彼らが脱衣に忌避感と嫌悪感を覚えるとき、その原因は羞恥心ではない。衣服という明白な残機を失う恐怖心。そしてなにより、自分を守る防壁を自身で捨てていくという愚か極まりない行為。服を脱ぎ捨てていくごとに、プレイヤーたちは自分が馬鹿なのではないかと思わされる。やっていることは、深夜にノーヘルでバイクを乗り回す連中と変わらない。
自殺行為の強要。強いられているが、しかし最終的には己の手でそれを行う。そこには自発的意志が生まれ、自分から死に向かっているかのごとき錯覚に陥る。
(自分を賢いと思い込んでいるあのメガネにはさぞ堪えるだろうな)
とはいえ、アリスは今のところそういう愚かさの自覚と無縁でいる。彼はブレザーを脱いだが、それはジャンケンに負けたわけではないからだ。このゲーム空間のルールである衣服再利用禁止を把握できなかったための、避けがたい損失。そんなことにいちいち悲嘆しては先に進めない。
あるいは、クソゲーをプレイするという愚かさの極みを好むアリスのこと。他プレイヤーと違いそうした嫌悪感に包まれることはないのかもしれない。
「いやあ、気づけば君もピンチだねえ」
ラブリィは茶化すようにメガネを揶揄する。
緑青の勝利の後、続けざまに猪島とアリスもメガネに攻撃を仕掛けた。猪島は負けたもののアリスは勝利。メガネの衣服は残り4枚にまで減った。緑青とアリスに負けて、左右のソックスを脱ぎ捨てる。スカートを履き慣れない彼は危うく下着が見えそうになりながらの脱衣だったが、そのことに色めき立つような人間はもうここにはいない。
また猪島が負けてブレザーを脱いだことで、ようやく全プレイヤーが衣服を1枚以上脱衣した状態に落ち着く。
気づけばアリスと猪島のペアは、ともに残機7枚と他プレイヤーに対しかなり優位な位置にいる。同じく残機7枚の鈴ちゃんは後々どうにかする必要があるとしても、緑青とメガネは残り4枚と順調に減らしている。
(案外、このまま何事もなく僕たちが勝つかもしれないが……)
アリスはちらりと、鈴ちゃんを見る。未だ底知れないところのあるこの少女は、また何かを仕掛けるのではないかとアリスは警戒していた。
「お前……俺をコケにしているのか?」
「え、そうだけど? いかにも序盤から中盤にかけて脱落しそうな動きしてるプレイヤーがまさにその通りになってるんだからコケにするでしょ」
メイド服のゲームマスターはけらけら笑う。
「不思議なことにねえ。デスゲームを開催すると序盤はそういうことが多いんだよ。こいつ脱落しそうだなってやつが脱落して、勝ち残りそうだなってやつが勝ち残る。順当と言えばそれまでだけどね。人間一事が万事。オタクに優しいギャルが存在しないように、評価されないけど実は有能なおっさんも存在しないのさ」
「では、わしの番かの」
鈴ちゃんが動く、が……。
「おっとその前にストーップ!」
その行動をラブリィが止める。
「ここで突然のイベントタイムでーす! 題して、みんなの恥ずかしい過去を晒しちゃおうの時間!」
「唐突じゃの」
「まあ私もさっき思いついたんだけども! とはいえ野球拳と言えどもやっていることはただのジャンケンだからね。テコ入れってやつさ」
いったいテコ入れをして誰の歓心を買う必要があるのだろうか。アリスには分からない。
「そもそもさあ。君たちって何者なんだい?」
「今更ですわね……。というかラブリィさんがわたくしたちを連れてきたのでは?」
長くなる予感がしたのだろう。緑青はソファに腰かける。
「もちろん私は知っている。君たちの正体を。しかし君たち自身は知らないだろう? 自己紹介だっておざなりなものだったんだからね。ここで一度整理しておこうという話さ」
「そんなもの――」
「そこで私が君たちの正体について、持っている情報を一部公開しちゃうよ」
メガネの言葉を遮ってラブリィが続ける。
「大した情報ではないさ。ぶっちゃけ知られたところでゲームの趨勢を左右するほどのことじゃない。とはいえ、人には知られたくないプライバシーってのがあるからね。そして私は君たち人間より上位の存在だ。この意味が分かるかな?」
「つまり、適当な情報を公開するつもりじゃが、上位存在ゆえに判断を誤ってうっかり大変な情報を公開しかねない、ということじゃな」
鈴ちゃんが簡潔にまとめる。
「いえーす」
「そんなの……お断りしたいのですけど」
「無論、君たちには拒絶の権利がある。私だって個人情報を好き勝手に公開しないだけの分別はあるさ」
「勝手にデスゲームに巻き込んでおいて今更だと思いますが」
お嬢様の言葉に全員が無言のうちに同意する。
「そこで、私の暴露を阻止したいなら代わりのものを払ってもらおうかな」
「脱げばいいのか?」
アリスは端的に指摘した。が、それは外れらしい。
「まさか。さっき思いついた企画に命を賭けろとは言わないよ。デスゲームは不条理が至高だけれど、一応ゲームバランスには繊細な注意を払って作っていてね。下手はこれでなかなか打てない」
(そういう、妙に理知的なところがむしろ気味悪いんだけどな……)
アリスの内心はさておき、ラブリィの提案は続く。
「情報公開阻止の代償は、手番一回分にしよう。情報公開が嫌な人は手番一回をスキップしてね」
「じゃあ、わたくしはスキップで構いませんわ」
緑青は即答する。
「手番と言ってもできることはジャンケンだけですし。だったら余計な情報を相手に握られる方を避けますわ」
「ぼくも、そうさせてもらおうかな」
続くように猪島もスキップを選択した。
この選択にアリスは心の中で舌打ちをする。
(僕たちの共謀は「集中攻撃できること」が重要なんだぞ。それを相談もなしに……)
緑青が言ったように、手番一回のスキップは安い代償だ。できることは結局ジャンケンだけ。極端にゲームの有利不利を動かせるものではない。アリスからすれば今更緑青が情報公開を避けるほどの意味があるとは思えないが……。それでもたかが一回スキップで阻止できるならしてもいい。
ただ、これが猪島となると話が違う。アリスと猪島のチームアップは集中攻撃という脅しに大きな意味がある。アリスか猪島を攻撃すると、ふたりから反撃をされるという状況が抑止力となって、これまでふたりを他プレイヤーの攻撃から守っていた。しかし今、猪島がその攻撃権利を放棄した。このターンに限り、アリスや猪島への攻撃はこれまでよりリスクが低くなる。
無論、スキップを終えて次の猪島→アリスのターンが回れば結局集中攻撃にさらされることになるのだが……。それまでに戦況が大きく動けば、アリスと猪島が反撃よりも優先せざるを得ない攻撃対象が生まれる可能性はある。
ここへ来て、共謀に穴が空いた。それは小さな穴だが、まさに堤に空いた蟻の一穴という危険性もある。
「わしは結構。公開されて困る情報もないからの」
「スキップなんてしてたまるか」
鈴ちゃんとメガネは情報を晒されることよりも、手番を維持することを選択した。これで、アリスの選択も固まる。
「僕もスキップはしない」
猪島が手番を放棄したなら、アリスも手番を放棄してしまうという手もあった。どうせここで共謀による抑止力が弱まるなら、いっそのこと情報公開を阻止して余計なリスクを抱えないことに全力を傾けるのも妥当な判断だ。しかしタイミングが悪い。アリスが手番を放棄してしまったら、鈴ちゃんとメガネの手番の後、間髪入れず鈴ちゃんの手番が再度回ってきてしまう。
現状、ゲーム全体の流れを握っている鈴ちゃんの手番が連続することは避けなければならない。できることは多くないが、対応するための権利すら放棄するのはさすがに愚の骨頂だろう。
「
人には知られたくない秘密がある。知らなくてもいい他人の過去だってある。
残念ながら一介の高校生であるアリスには、他人の過去や経歴に対する想像力と推察力が足りなかった。そしてこれは、戦局を大きく左右することになる。
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