#17:少年B

「人には知られたくない秘密がある」

 唐突な自己紹介、もとい個人情報暴露大会の口火はラブリィによって切って落とされた。

 デスゲームとは不条理。不条理こそがデスゲーム。


 一見ゲームとは無関係なこのイベントも、ラブリィにとってはデスゲームの構成要素のひとつなのだろう。アリスはそう考え納得することにしたが、果たしてその理解で正しいのかは定かではない。アリスはクソゲーマーであってデスゲーマーではないのだから。


「映画を1,5倍速で見たことがあるとか。ファスト映画のお世話になったことがあるとか。濡れ場目当てで金曜ロードショーを楽しみにしてたとか。その他諸々多士済々えとせとらえとせとら

 メイド服の少女は腰にぶら下げていた鍵束から、3本の鍵を取り出して見せる。


「あるいは、自分は恥ずかしい過去だと思っていないけれど、一般的な常識に照らせば隠しておくべきことというのもある。当人の認識とは別に隠すべきだと思って隠すこともあるし、隠すことではないと晒す場合もあるだろう。そしてそれは、常に一定とは限らない」

 鍵はラブリィの手を離れ、ふよふよと浮いてアリス、メガネ、鈴ちゃんの元に近寄る。そして空中で捻られると、ガチャリと音がして鍵が消える。


 鍵のあったところに空間が開き、そこからそれぞれ本が出てくる。その本は鍵の代わりにラブリィの手元へ戻っていく。


「人間、長生きすれば人に明かせない秘密のひとつやふたつ抱えるものだ。どんな聖人君子でもね。とはいえ、じゃあデスゲームの最中に自身の手番を一回分捨ててまでその秘密を守るかどうかは、その人の価値観による」


 最初にラブリィが開いたのは、アリスの元から現れた本だ。ペラペラの冊子のような薄いものだ。その中に彼の人生が記録されているだろうことは推測がつく。アリスはまるで自分の過去がその程度のものであると言われたようで無性にイライラした。


「ゲームの説明書みたいですわね」

 緑青がぽつりと呟く。それでアリスは、各人の秘密を記した本の形態スタイルは、その人の個性に支配されているのだと理解した。

 アリスはゲームの説明書というものをあまり見たことがない。いまやゲームソフトに説明書がつく作品の方が少ない。さらにクソゲーはダウンロード専売というケースも多いからだ。


「さてアリスくん、君の秘密は……」

 ラブリィは説明書をめくり、確認する。一応、突発的な企画であるためゲームに大きく影響する情報を公開しないと当人は言っているが、いかんせん人知を超えた上位存在だ。その判断がどこまで適切にできるかは怪しい。


「現代日本の高校生。小学校から高校まで帰宅部。学業は可もなく不可もなく。交友関係も特別親しい相手はいないが、孤立しているわけでもない。つまらないねえ。ま、人間の人生なんて見世物じゃないんだ。見るべき点のある人間の方が少ないさ」

 好き勝手なことを言う彼女だが、そこでふと、視線が数秒だけある箇所で止まる。


「ふんふん。ん? へえ……へえーえ」

「何かあったのか?」

「いやあ?」

 ラブリィはにまにまと笑ってアリスを見る。


「教師の配布したプリントに誤字を見つけた小学生男子みたいな態度ですわね」

 緑青が気味悪がる。

「アリスさん、何か心当たりはないんですの? あのデスゲームオタクが面白がるような秘密があなたにあるということでしょう?」

「いや……。仮に心当たりがあったとしても、言うわけないだろ」


 アリスは濁したが、心当たりがないのは事実だ。アリスはクソゲーマーであること以外は普通の高校生に過ぎない。無論、人に言いたくない秘密のひとつやふたつあるが……。それこそ小学生時代、先生のことを間違えてお母さんと呼んだとか、その程度のことくらいしかない。


「これは面白くなってきた。では開示するアリスくんの秘密だが、彼の今の姿は現代日本で有名な乙女ゲーム『アリスロマンス』の主人公のものらしいね」

 ラブリィが開示したのは、アリスにとって意外なところだった。それは公言こそしていないが秘密にしているわけでもないことだし、ラブリィがわざわざ開示するほどのことにも思えないからだ。


「アリスくんは乙女ゲームの世界に転生して、そこで婚約破棄された公爵に復讐する物語を自分がなぞると思っていたんだねえ。実に子どもっぽい話じゃないか」

「…………」

 こういうエピソードに食いつきそうなメガネは沈黙を貫いている。残り衣服に余裕がないのと、自分の公開される情報に注意が向いていて他人を腐すことができなくなっているらしい。


「『アリスロマンス』、聞いたことないなあ」

「ネットで一時期流行したクソゲーですわ。クソゲーもプレイを極めればコンテンツになる時代なんですの」

「老人には理解の及ばぬ時代じゃの」


 鈴ちゃんたちののほほんとした会話もアリスの耳には届かない。自分の専門であるクソゲーの話になってもそこに乗れない。


(まるで僕の秘密に興味を無くしたみたいな態度だったな、ラブリィのやつ)

 自分のことなのに、自分が認識できないという気味悪さが彼を包んでいた。

(というより……僕の秘密を見て、公開するより自分の胸に留めておく方が面白そうだと思った。それに気を取られて僕の情報を公開する方はどうでもよくなったとでも……)


「さてお次は君だ、メガネくん」

 次に開いたのはメガネの本。新書のような装丁をしている。

「だいたいは鈴ちゃんくんが言っていた話と一致するねえ。アラサーの零細出版社勤務。Web小説の書籍化が主な業務。そして君自身は自身が扱う書籍の内容を馬鹿が読むものだと思っている」


「自分の商品を見下すなんていい根性しているなあ」

 猪島が呟く。

「まあ、必ずしも望んだ仕事に就けるわけじゃないから、それ自体は仕方ないけどさ」

「おぬしは社会人経験があるようじゃの」

「一応ね。社会人って言葉は好きじゃないけど」

「同感じゃな。大学を出て就職をした人間だけが社会に生きているかのような呼び方は狭量じゃて」


「ではこれを提示しよう」

 ラブリィは本を閉じて放り捨てた。

「メガネくんは町工場で働いているブルーワーカーのお父さんを小馬鹿にしていたみたいだねえ」

「思いのほか大きな一石が投じられたな」

 アリスが呆れる。


「自分を育てた親の仕事を馬鹿にしてどうする」

「そうは言っても、家族の在り方は人それぞれですわ」

 意外なことにお嬢様が擁護する。

「仕事に貴賤の別なし、という一般論も家族の中では通用するとは限らないでしょう?」

「それに正しいことに意味がある時ばかりではないからねえ」

 ラブリィも同意した。


「例えば実家に引きこもるニートが『親には子どもの製造責任がある』と言ったとしよう。それ自体は正しいよ? しかしその正しさは親に実家から追い出されたら何の意味も持たなくなる。鍵のかかった玄関扉の前で正論を吐いても魔法の開錠呪文オープンセサミにはならないさ」

「妙に生々しい話だな」

 そこでアリスは、ついさっきラブリィが自分の兄をヒキニートだなんだと言っていたのを思い出した。


「家族なんて所詮血のつながっただけの他人さ。しかしその血縁ってやつは奴隷の鎖みたいなものでね。切るのも一苦労だし、たとえ切っても足首に残った痣に一生苛まれる。そのくせ自分じゃ血縁相手を選べないと来たものだ。これならまだデスゲームの方がマシだろう?」

「…………」

 メガネは答えない。ラブリィたちの勝手な言い分をどう思ったのかは分からないが、勝手に言わせておけというところだろうか。


「それではラスト。鈴ちゃんくんだ」

 鈴ちゃんの本は、分厚いアルバムのように見えた。それほどまでに、彼女の生きてきた人生に厚みがあるということなのだろうか。


「なるほど。やはり面白い。しかし君の経歴をもっとよく精査していれば、プレイヤーとして採用しなかったかもしれないねえ」

「……!」

 アリスは少なからず驚く。ここまでの言動でラブリィがデスゲームの不条理性を愛している反面、運営者として一定のバランスを守ろうとする姿勢を持っているのも把握していた。その彼女がプレイヤーとしての採用を問題視するほどの経歴が、鈴ちゃんにはあるということだ。


 これは並大抵のことではない。ある程度の実力差なら「そんな不条理はデスゲームにふさわしいよね?」とでも言いそうな彼女が、プレイヤーとして鈴ちゃんを起用したことはバランス的に問題があったかもしれないと思ったのだ。


(デスゲームに採用するのが問題視されるほどの逸材ってなんだ? デスゲーム経験者とか?)


 果たして、語られた彼女の秘密は。


111。ああいや、享年111歳だね」

「なっ……」


 緑青が思わず鈴ちゃんを凝視する。

「日本を陰で支配する黒幕フィクサー。その一族の現当主。それだけの老人でありながら、一線を退くどころか今なお現役だった御仁が君だ。この中じゃ一番、騙し騙され化かし合いの世界で生きてきた人間。文字通り経験値が違う」

 人生がデスゲームというのなら、まさにそのデスゲームを勝ち抜き続けた名プレイヤーこそこの人物である。


 ラブリィの言葉は真実か分からない。一応そういう話になっているが、あのラブリィの発言である。素直に真実だと考えるのは牧歌的過ぎるだろう。しかし鈴ちゃんの情報に関しては、有無を言わさず納得するところがあった。


、君は最上位に位置する選手だ。少女の体になって転生という設定も、老人の君にはメリットしかない」

「そうは言っても、体に違和感が随分残るがの」

「急に若返ればそんなものさ。その状態でプレイヤーひとりを篭絡させているんだから世話ないよ」


(ん……?)

 アリスはラブリィの発言にどこか引っかかったが、それもすぐ片隅に追いやられてしまう。ゲームが再開するからだ。


「それでは楽しい暴露大会も終了! 情報をどう活かすかはプレイヤー次第。じゃあ鈴ちゃんくんのターンから再開だよ。その次はメガネくんのターン。緑青くんと猪島くんを飛ばしてアリスくんのターンが来たら次は鈴ちゃんくんのターンが再び。そこからは通常通りの展開に戻る!」


「しかしその前に……。わしらだけが経歴を暴露されるのはいささか不利じゃの」

「え、いや……」

 鈴ちゃんの言い草に緑青が困惑する。


「あなたたちが手番を消費しない選択をしたのでしょう? 不利と言われても……」

「無論それは分かっておる。そういうイベントじゃたし。しかし……わしが自分の推測を喋ってはいけないというルールもまた、ないの?」

「……それは、まあ」


 とんでもない経歴が明かされた鈴ちゃん。そして彼女が他人の経歴を推測し当てたのは、既にメガネの件で実演済み。

 話の流れから察してターゲットにはならないだろうと思っていたアリスは暢気に構えていたが、そんな彼を鈴ちゃんが見つめる。


「ところでおぬし、共謀した相方の名前は猪島牡丹でよかったかの?」

「……ああ」


 アリスと組んだ猪島のことを言っているらしい。既に自己紹介は済ませたし、猪島がメガネとのジャンケンに負けたとき、名前はアナウンスされているのでプレイヤーは把握している。


「ぼくがどうかしたのかい?」

「おぬしは思わなかったか?」


 名指しされた当の猪島が尋ねるが、無視して鈴ちゃんが進める。


「猪島牡丹という名前に聞き覚えがあるのではないかと」

「…………!」


 猪島の顔から、血の気が引く。

「そうだな……初めて名前を聞いたとき、記憶に引っかかる感じはしたが」

「その答えを教えてやろう」


 目を細め、不敵な笑みを浮かべる。この瞬間に限り、アリスは鈴ちゃんがラブリィ以上に底知れない相手だと感じた。

 ほの暗い沼の底を見つめているような気分だった。


B

「あっ……」


 先に思い至ったのは緑青のようだった。上裸を隠していた手を思わず口に当てている。

 アリスもすぐに思い出す。


「10年前の、猟奇殺人事件……」

「そう。猪島牡丹……。かつての児童殺人事件――『トイレの太郎くん事件』の犯人だった少年がやつじゃよ」


 おそらく猪島が自身の手番一回を消費して隠そうとした秘密。

 それはまるで何でもないことのように、あっさりと暴露された。

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