#9:共謀と策謀
「休憩と言ってもなあ……」
ソファに腰を掛け、花飾りの少女はため息を吐く。
「特にやることないし……」
リビングでくつろいでいるのは彼女と、アリスだけだった。他の面々はダイニングにいる。壁で仕切られているわけでもなし、地続きなのでぼんやりとどこで何をしているかは把握できる。ただそれでもリビングとダイニングでは意識的な区切りがあるのか、気配を追いづらい気分がふたりにはあった。
ダイニングではメガネが暇を持て余し、テーブルに置かれた茶菓子を鈴ちゃんが漁っている。サングラスは壁に背を預けじっとしており、お嬢様はキッチンでお茶を淹れていた。
(ふむ……)
アリスは思案する。
(できれば気づかれずに……と思ったが、この狭い室内では土台無理か。それでも行動に移すなら今の内だな)
本音を言えば、巻き込む相手は選びたい。だが出会って早々、互いの性格や内面、能力などほとんど知らないのだ。変な値踏みをするより、さっさと引き込めるやつにするべきだ。
「ちょっといいか?」
「ん?」
背を丸め、はしたなく足を開いてソファに座っていた花飾りがアリスの言葉に反応する。
「少し……あの変態の件で気になることがあってな。確認したいことがあるから、やつがお楽しみだったという寝室を見よう」
「ぼくもいくのかい?」
「ふたりで確認した方が確実だ」
「それもそうか。……なにを確認するか知らないけど」
ちなみにラブリィは今、姿を消している。インターバルの間はあくまで休憩なので、みんながリラックスできるよう慮ったようだ。傍若無人のようでいて、変に気が回るところがむしろ、アリスにとっては気味が悪いのだが。
変態こと山森れむが衣服を脱いでいた寝室に、アリスと花飾りの少女が入る。アリスが目覚めた寝室より一回り大きい……とは言っても、基本的な構造は変わらない。そもそもこの部屋自体、ゲームのための空間なのだから細部にこだわる必要がないのだ。ラブリィが欲しかったのは脱衣をすると衣服が再利用できなくなる空間だけ。
寝室のベッドはシーツが乱され、そこで何があったのか、平均的な想像力のある人間なら予測がついた。いや、れむの性格を考慮に入れるならかなり鈍感な人でも気づくだろう。ベッドの上や周辺には破壊され利用できなくなった衣服の残骸が散らばっている。
「ずいぶん荒れているなあ。掃除が大変そう」
花飾りは場違いな心配をしながら、スツールに腰かける。
「それで、何を調べるつもりだったんだい?」
「ああ。それは口実だ。別にあの変態について知りたいことはない」
「え?」
時間は限られている。そしてアリスが思うに、目の前の彼女はそこまで腹の探り合いが得意なタイプではないだろう。ならば単刀直入に本題へ入った方がいい。
「お前、僕と組まないか?」
「組む? 協力しようってこと?」
プレイヤー2名による
それがアリスの考えていた作戦だった。
「いやちょっと待ってよ」
花飾りの少女は平々凡々な反応を返す。
「そんなの反則だろう?」
「どうしてだ?」
「だって、これはバトルロワイヤルだよ? 7人による総当たり戦。それなのに……」
「チームを組んではいけないというルールはなかったぞ」
手早くアリスは、自分の作戦を説明する。
「よく思い出せ。このゲームの勝利者は2名だ。7名のプレイヤーの内、丸裸にならず生き残った2名が勝利する。つまり共闘はルール違反でないどころか、想定されているんだよ」
「そういう、ものなのかい?」
「もしこれがたったひとりの生き残りをかけた戦いなら、共闘は成立しない。必ずどこかで裏切る必要が生じ、破綻が目に見えているからだ。だが生き残りの枠が2名なら、ふたりのプレイヤーによる共謀は成立する。裏切りの必要がないからな」
「それは、そうか……」
「それを想定しているからこそ、生き残りは2名で、脱落者が出るたびにインターバルを挟んだんだ。こうして、共謀を持ちかけるタイミングを作るためにな」
デスゲーム愛好家とクソゲーム愛好家。求めるものに大きな違いはあれど、ゲームを愛するという一点では共通している。ゆえにアリスには、上位存在であってもラブリィの思考はある程度読める。
ルールによって想定されるプレイヤーの挙動。ラブリィが何を望んでいるのか。
「そもそも、僕たちは序盤で山森れむを集中攻撃した。あれだって事実上の共謀だ。共謀を禁止してもああいう言外の連携は起こるんだから、禁止するだけ意味のないことだろ」
「確かに……。でもチームを組むと言っても、ぼくたちは何をするんだい?」
「簡単だ。チームを組んだプレイヤーのすることはふたつ。お互いを攻撃しない不可侵条約を結ぶこと。そして、お互いに手番のとき指名するプレイヤーをそろえることだ」
これも、山森れむのケースを想定すれば分かりやすい。
このゲームで何が危険と言って、複数のプレイヤーから集中攻撃されることほど危険なことはない。8枚の衣服という残機はあっという間に消える。それを避けるための策謀が必要なのだ。特に、既に1枚を失っているアリスにとっては。
「お互いに攻撃しないというのは分かるよ。でも指名する相手をそろえるというのは?」
花飾りは、共謀自体には乗る方向に意識を切り替えたらしい。細かいところを詰めていく。
「こちらは集中攻撃を避け、相手には集中攻撃をする」
「そうは言っても、ふたりじゃたがかしれているよ?」
「だが確実にふたりだ。僕とお前のどちらかを攻撃すれば、次の手番でどちらからも攻撃される。敵は一回の攻撃で、僕たちのチームから二回の攻撃を受けるのが確定する。ならばわざわざ攻撃しようとは思わない。ゲームはまだ序盤だからな。大人しく別のプレイヤーを狙う」
「つまり、ちょっかいを出したら2倍にして返すぞと脅すことで相手からの攻撃を避けようってわけだね」
「その通りだ。このゲーム、脱衣を決めるのは運ゲーのジャンケン。勝つか負けるかは五分。ならば最初から、勝負自体を避けるのが定石なんだよ」
勝負の回数を可能な限り減らし、消耗を抑える。その間に周囲のプレイヤーが削り合うのを待つ。そのために、攻撃すると得にならないと相手に示すチームアップが必要なのだ。
「すると、ぼくたちが組んだと公言した方がいいのかな?」
「その必要性は薄いな。一応こっそりここへ来たとはいえ、たぶん僕たちがここで密談をしているのはバレている。このゲームで密談するとすれば、それは共謀以外にあり得ない」
「でも公言した方が確実じゃないかな」
「かもしれない。だが、わざわざこっちから確定情報を伝える義理もないだろ。十中八九確実。でももしかしたら。そういう絶妙に不確定な状態っていうのは、終盤にじわじわ効いてくる。追い詰められて自分の思考力と戦略に自信が持てなくなってくると、あからさまなはずの僕たちのチームアップさえ疑わしく見えてくる。そうやって相手の思考のリソースを無駄遣いさせるんだ」
「なるほど、よく分かったよ」
花飾りが立ち上がる。
「最後に聞かせてくれないかな」
「なんだ?」
「どうしてぼくだったんだい? 6人のプレイヤーの内、チームを組むのは誰でもよかっただろう?」
花飾りの少女が言うとおり、この共謀は基本的に相手を選ばない。裏切りの危険性が少なく、作戦行動も極めて単純だからだ。よほど突飛なことをする馬鹿でもない限り、組むだけ得の関係。
「誰でもいいからお前でいい、じゃあ駄目なのか?」
「なんでもいいから理由を聞きたいんだ」
「……すぐ近くにいて一応こっそり連れ出せる相手がお前だった」
「それだけかい?」
じっと。
まっすぐアリスの目を見て、彼女は再度問い質す。
その質問が、彼女にとって大事なものであるかのように。
「……まず、鈴ちゃんは論外だ。既に1枚脱いでいるからな。どうせ組むなら残機に余裕のあるやつの方がいい」
「うん」
「お嬢様口調のやつは胡散臭い。明らかに演技をしている。そうやって自分を隠す姑息なやつは、最後にどう転ぶか分からない」
「…………」
「後は勘だ。メガネのやつはどうも気に食わない。サングラスはフランクだがいまいちしっくりこない。たぶん僕と性格が合わないだろう。だから残ったのがお前だ」
「消去法かい?」
「不満か?」
「いや、むしろ安心したよ。ぼくなんかが消去法以外で選ばれるはずないからね。消去法は、大事だ」
理屈と膏薬はどこにでもつく。アリス自身、喋っていてどこまで本心なのかよく分からない。だが今はそれでいい。勝ち残るための共謀、その相手として彼女は可もなく不可もなく。大きな利点はないが、致命的な欠点もない。それは得難い特性だ。
「ところでお前の名前、聞いてなかったな」
「あー。自己紹介がまだだったからね。ぼくは……ぼくは」
少し、彼女は考えたようだ。偽名を名乗るべきかどうか、というところか。
結局、彼女は本名を名乗ることにしたようだ。無論、本名だという確証はどこにもない。だがアリスは彼女が嘘の名前を言っているようには思えなかった。
「
「…………」
猪島牡丹。
どうしてか。アリスはその名前に聞き覚えがあった。
(知り合い……じゃないな。たぶん、テレビかネットで聞いたことがある名前だ。芸能人でもない。どこかで聞いたような……)
「なあ、お前――」
アリスの言葉を遮ったのは、無機質なアナウンスだった。
『ここで脱落者が出たのでお知らせします』
「…………は?」
まだジャンケンは行われていないのに、脱落者とは?
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