#10:堕落遊戯

 金髪のオールバックにサングラスといういかにもヤクザらしい姿かたちをした少女、渚のことをアリスはどことなく胡散臭いと思っていた。アリスが共謀相手に渚を選ばなかったのは、性格が合わなさそうだという以前に、彼の平凡な警戒心を掻き立てるところがあったからだ。


 そして事実、渚は堅気の人間ではない。


(どうするかな……)


 時は少し遡る。アリスと猪島が寝室へ移動し、密談を交わし始めたまさにそのころ、渚もまた行動に移ろうとしていた。だがそれは、アリスたちと同じく、コンビを組んで戦おうという話を他プレイヤーに持ちかけるためではなかった。


(どいつがやりやすいか……)


 渚が思い出していたのは、ラブリィの発言だ。


 ラブリィは言った。プレイヤーは全員、現代日本の人間だと。現代日本で死亡し、異世界へ転生した。その後、乙女ゲームもかくやという世界でしばらく過ごした後、再びここへ召喚された。まったく目まぐるしい話で、一息つく暇もない。


 ただ、こと渚に限っては、異世界転生した挙句さらにデスゲームに巻き込まれるという展開に、文句は言えないのだった。


(二度目の生……どころか三度目のチャンスがあるだけ、ありがたいと思わないとな)

「そうだねえ。君に関しては私に感謝してもいいくらいだ」


 ラブリィの声が渚に聞こえる。彼女は姿を現わしていない。


「ファミチキください」

「悪いが俺はからあげクン派だ」

「からあげクンって留年してクラスメイトになった扱いづらい年上みたいな呼び方だよね」

「俺の地元じゃ、留年したやつはさらに学校に来なくなって退学していったぞ」

「地域差があるんだねえ」


 ラブリィも学校に通っていたことがあるのだろうか。それはともかく。


「なんで俺の脳内に入り込んでいるんだ?」

「君が私と話したいみたいだったからね。あとここから君の身の上話をするんだが、地の文モノローグが続くと単調だなと思ったので書き直して私が登場した」

「……さいで」


 現在、ラブリィと渚は脳内で会話をしている。メガネやお嬢様、鈴ちゃんら残りの面子には相変わらず、渚は壁に背を預けてじっとしているようにしか見えていないはずだ。


「君の現代日本での仕事は女衒ぜげんだったっけ?」

「時代掛かった言い方をするなら、そうだな」


 女衒ぜげん

 いわゆる、性風俗などに女性を売る仕事をしている人たちのことである。渚の仕事は、騙した女性や借金取りから身元を引き受けた女性に仕事を斡旋し、その仲介料マージンを得ることで成り立っていた。斡旋先はキャバクラからソープ、AV撮影事務所など多岐に渡る。


「しかし罪な仕事を稼業にしたものだねえ君は。罪悪感とかないの?」

「ないな。金を稼ぐってことは、どうあれ相手から金を奪うってことだ。それが納得づくか力づくかは正直、大した差じゃない」

「その差こそ、私は人間の意味だと思うけどね」

「上位存在に人間を説かれてもな。ま、俺もたまにはなんでこんな仕事しているんだろうと思うことはあったが」

「どうせインターハイに出場するくらいには柔道が強かったのに、アスリートの道を進まなかったことを悔いているんだろう?」

「悔いている、というと少し違う」


 人よりある程度でも得意なことがあるのに、それを突き詰めて稼業にしなかった。その選択に対しどことなく、損をした気分になる。そういう日は、誰にだってあるのだ。


「しかし君は、少し反省して然るべきだろうね。それが原因で死んでいるんだから」

「いやなことを思い出させるな。それにあれは、仕事とは無関係だ」

「かもね。妊娠した元カノを捨てたのに不用心にも引っ越しすらしなかったせいで恨まれて刺し殺されたんだったね。君と一緒にいて新しい恋人だと勘違いされて殺されたあの子はなんだったんだい?」

「先週引っ越してきた、隣の部屋の住人……のはずだ」


 惜しいことをしたものだと、渚は思う。新しい隣人は実に渚好みの、素朴な女だった。隣人の女性と懇ろな仲になるなど、実にらしい展開ではないか。


「君の場合酷いのがさあ、転生先でも同じことしただろう」

 ラブリィは呆れたように言う。


「女性に恨まれて殺された。死因はなんだっけ?」

「炎魔法で芯まで炭にされた。熱いとか苦しいなんて思う暇もなかったな」


 渚の誤算は、中世世界の人間は現代日本人よりよっぽど堪え性がなかったということだ。おまけに魔法のある世界では、非力な女性も暴力性を堪える道理がない。指パッチンひとつで命が消えるろくでもない世界だ。


「それで渚くん、私に聞きたいことって何だい?」

「お前は言ったよな? 俺たちは全員現代日本人だと。現代日本で死んで、そこから異世界に飛ばされ、さらにここへ来た」

「そうだね。君たちは、全員同じ時代同じ国同じ文化の人間だ。時の総理大臣の名前だって同じだよ」

「その理由は、ゲームを円滑に進行させるため、だな」


 ラブリィが口笛を吹く。

「気づいたんだ」

「まあな。この場の連中、全員が転生したという事実自体にはそう驚いていなかった。俺はまあまあ驚いたんだが、どうもそういう物語のジャンルがあって、皆は詳しいらしいな」

「君も知ってはいただろう?」

「最近はキモオタどもに性風俗の味を覚えさせて顧客にする仕事もしていてね。話を合わせるために読んだことがあるくらいだ」


 だから驚きこそあれ、渚は類似の物語を知っていたおかげで多少は冷静でいられた。物語の効能は、人々にあらかじめ様々な状況や展開を見せることで予習させることにもあるのだ。


「現代日本人で異世界転生系の話を知っている。これが俺たちの共通点だ。だが逆に、それ以外はバラバラだ」

「ふむ」

「例えば俺は20代半ば。メガネのやつは30代前半のリーマンだろう。変態……れむとアリス、それから鈴ちゃんとお嬢様口調のやつは10代。花飾りの小娘だけがいまいち分からないが、それでも俺より年上ってことはないはずだ」

「女衒の勘ってやつだね」


 ラブリィは渚の推測を否定も肯定もしない。しかし彼はそこにあまり注意を払わなかった。ここまではいわば前口上。彼の本題はその先にある。


「そしてこの中には、


 女。


「おいおい。そりゃそうだろう。君だって今は女だぜ?」

「そうじゃない。あの変態が目立っていたし、俺自身がそうだから勘違いするところだったが……。転生前から、生前から女だったやつがこの中にはいる」


 つまり、TS異世界転生と見せかけて、プレイヤーがいるということだ。確かに、れむの厚顔無恥な言動に惑わされていたが、プレイヤー全員が元は男だとは、ラブリィは言っていない。


「どうしてそう思うのかな?」

「男ってのは女のフリが苦手だ。匿名のネットでもだいたい分かる。顔を突き合わせている今ならなおのことな」

「なるほど」

「特に衣服。このスカートってやつが曲者だ」


 渚は自分のスカートを払う。


「男はまず、これを履いたことすらないからな。どういう姿勢を取ると下着が見えてしまうとか、そういうことはまったく想像すらできない」

「それこそ漫画でも読めば、なんとなく推測がつきそうじゃないかい?」

「スカートを描いたら次にパンチラさせるのが当然と思っている連中の落書きなんて参考にはならない」

「言えてるねえ」

「つまり、スカート捌きを見ればそいつが男か女か分かるということだ」


 それこそ、アリスがこのデスゲーム空間へ移動する前、『アリスロマンス』の世界でやらかしたミスを考えれば分かりやすい。パーティ会場でアリスは履いていたヒールのせいでつまずいて階段から転がり落ちた。


 これと同じことはスカートでも起きる、というのが渚の主張である。とりわけ、彼らの衣装は高校生の女子制服らしいブレザーだが、そのデザインは現実のものよりもデフォルメが効いている。渚に言わせればパンチラを描くことが人生の至上命題だと信じて疑わないような連中が描く漫画に出るようなデザイン、である。いやさすがにそこは意外に淑女なラブリィのあつらえたものなので、もう少し穏当ではあるけれど。


 ともかくプレイヤーの着るスカートは、通常の制服よりやや短い。これを楚々と着こなすのは元男のプレイヤーにとって困難を極めるのだ。


「俺の見立てでは、お嬢様口調のやつと鈴ちゃんのふたりは女だ」

「そう見えるかな? お嬢様口調なんてそれこそわざとらしいけど?」

「だからこそ、カモフラージュに使ったんだろう。今どきあんな口調で喋るやつなんていないが、自分を隠すにはちょうどいい。だがあいつは、ゲーム内容が野球拳だと知って反射的にスカートを抑える仕草をした。露出に対する嫌悪感とスカートという衣服が直感的に結びついているんだ。男にはない思考ルートだ」

「ふむふむ」

「鈴ちゃんの方は……お嬢様より目立った挙動はない。だが逆にそこが怪しい。スカートを着慣れている、という印象が誰よりも強い」


 そこまで渚は見抜いて。

 問題はその後だ。


「仮にそれが事実だとして、そこに何を見出すのかな、君は」

「ラブリィ。このゲームでは脱衣を無理強いするのはルール違反だったよな?」

「そうだね」

「だが自分から服を脱ぐのは違反じゃない。だからこそれむもアリスも脱衣を回復されていない」

「そういうことになるね。脱衣はジャンケンの勝敗だけに依る、というルールなら、彼らの衣服を回復させないのは不公平だ」

「それが聞けて、満足だ」


 つまり。渚は考える。

 この野球拳、肝心の脱衣を決めるジャンケン自体は運ゲーである。アリスはゆえに、猪島との共闘によってジャンケンそのものを最小限に抑える戦略に出た。

 渚のアプローチはその対極だ。


 自分から脱いでもらえばいい。ジャンケンなどせずとも、相手プレイヤーに「脱衣したい」という状況を作ればいい。

 そしてそれは、女たらしの渚にとってそう難しいことではない。


 色仕掛けの篭絡作戦。


「鈴ちゃん」

「ん? なんじゃ?」


 既にラブリィの気配は、渚の意識から消えていた。


「ちょっと来てもらっていいかな」

「構わんぞ。なるほど、おぬしもアリス殿たち同様、密談を企むわけじゃな」

「そういうことだ」


 全然違うが。鈴ちゃんは渚から見て、どことなく深謀遠慮なところがあった。だから彼としてはお嬢様の方を狙うのが楽だったのだが……。この分だと杞憂か。少なくとも目の前の男が自身に対し、牙をむこうとしているのに気づかない。その程度の理知だということだ。


 アリスたちが入ったのとは別の寝室に渚と鈴ちゃんは入る。


「して、どう――」

 インターバルの時間はもう残り少ない。拙速に話を運ぼうとした鈴ちゃんを、渚は制した。


 無論、唇で。


「……っ!」


 彼女の動揺は渚に伝わる。鈴ちゃんの口へ容易く入り込んだ舌を通じて。


「ぅ……ぁ」


 生娘のような身の震わせ方に、渚は確信する。

 彼女を堕とすのは、楽な仕事だ。


「ふはっ」


 肩を掴み、しばらく鈴ちゃんの唇を吸った後、離す。彼女はふらふらと後ろに下がり、ベッドにつまずいてマットレスの上に尻もちをつく。


「なに……ぇ……これ、は」


 肩を軽く押すと、ベッドの上に倒れこむ。すかさず、渚も追従して鈴ちゃんの上に覆いかぶさった。


 鈴飾りの音はシーツに消えていく。


「じゃあ、覚悟してもらおうか、鈴ちゃん」


 そして…………。

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