#27:切り捨て御免

 状況を整理しよう。

 目を閉じたまま目的地に向かうことはできない。今、自分がどういう状態なのか。現状認識こそ問題解決の第一歩だ。


(現在、残りプレイヤーは4人)

 メガネが脱落したことによるインターバル。その間、アリスは思考を巡らせる。


(優位な立場にいるのは圧倒的に鈴ちゃんだ。残りの衣服は7枚。最初のじゃんけんに負けただけで、しかもそれは自分がれむに仕掛けたもの。そもそも他プレイヤーに指名されたことがほとんどない)

 それだけ、プレイヤー内でも警戒されているということだろう。


(次点で優位なのは猪島。残り衣服は6枚。鈴ちゃんほど手ごわい相手ではないが、ここまでなんとなくの流れで負けずに来ている)

 殺人犯としての来歴が明らかになったが、どうにも彼は狙われない。これはアリスが思うに奇妙なことだ。鈴ちゃんがゲームの流れを支配していることや、ここまではメガネを蹴落とすのが優先されたという事情もあるだろうが……。


(そして僕と緑青が脱落レースを争っているという現状。これはマズい)

 順当にいけば、このままアリスと緑青が脱落し、生き残るのは鈴ちゃんと猪島ということになる。


 どこかで一度、大きな転換が必要だ。

 アリスが生き残るには、残機に余裕のある鈴ちゃんと猪島の内、どちらかを脱落させなければならない。緑青については流れで勝手に死ぬだろうが、このふたりは何らかの策を講じなければ脱落させるのは難しい。


 そして猪島とアリスは共謀している以上、必然的に狙い撃つ対象は鈴ちゃんということになる。

 難攻不落の牙城。日本を裏から支配する鐘楼院家の当主たる老獪を、相手取る。


「とんだクソゲーだな」

「それは違うよ」

 いつの間にか隣にいたラブリィが茶々を入れる。

 アリスは他のプレイヤーから離れて思考を整理するため、リビングを出て寝室にいた。ベッドに腰かけて思索にふけっていたところで、ぬるりとメイドが音もなくやってきた。


「君が愛するクソゲーは立て付けの時点でゲームとして成立していない類のものだ。無料素材フリーアセットで組まれてただ突っ立っているだけの敵を殺すだけの虚無ゲーとかさ。今の状況はプレイヤーである君が招いたのだから、クソゲーと言っても話が違う」


 ゲームに対する「クソゲーだ」という罵倒にも幅がある。ゲームそのものが金をとるに値しないクソである場合と、現状の理不尽さに憤って口にする罵りでは内実が異なる。


「デスゲームの時点でクソゲーだろ」

「君はクソゲーの解像度が低いねえ。本当にクソゲーマーかい?」

 挑発する。

「いや、違うね。ただの平凡な高校生、しかしクソゲーマー。その自己設定セルフブランディングの意味するところは実のところ、あからさまなのさ」

「…………」

「人生は現実なんだぜ? その現実に劇的な設定をした人間が現れたら、裏を疑うのが当然さ」

「人をフィクションのキャラクターみたいに扱うな」

「私がそういう扱いをしているんじゃないよ。君が自分自身をそう扱っているのさ」


 話の理路が通らない。アリスにはラブリィが何を言っているのか分からない。

(いや……そもそもこいつの言葉をまともに受け取るのがおかしい。ただの狂ったデスゲームオタクに付き合う義理はない)


「それで君はどうするのかな?」

 ラブリィが尋ねる。

「このまま順当にいけば脱落するのは君と緑青くんだ。結果が変わらないとしても、悪あがきくらいは見せてほしいものだね」

「僕は生き残るさ。そうでなければ駄目なんだ」


 だが実際、鈴ちゃんという堅固な要塞を崩すのは至難の業である。ラブリィが言っているのはそのことだ。

「君に鈴ちゃんを倒す策があると?」

「あいつを相手にする必要はない。このゲームの勝利者はふたり。なら、御しやすいやつを倒すだけだ」


 つまり。

「緑青とを落とす。それでゲームセットだ」

「ふうん」


 ラブリィは思いのほか、つまらなさそうだった。

「君と猪島くんはチームを組んでいるんじゃないのかな?」

「ああ。そしてこのゲーム、勝利者がふたりというルールに基づけば二人組のチームは互いに裏切り合う理由がない。勝者の玉座は人数分あるんだからな。だが、こういう状況になれば話は別だ」


 そもそも共謀自体、序盤から中盤にかけての敵プレイヤーからの指名を回避するための作戦だ。終盤において共謀によって発生する集中攻撃の脅しは効果が薄い。脅されようが何だろうが、攻撃の選択肢が残っていないからだ。緑青がいくらアリスと猪島の集中攻撃を回避したいと思っても、まさか鈴ちゃんに攻撃するわけにはいかない。


「そもそも、猪島は殺人犯だ。それを隠して僕とチームを組んだ。先に裏切ったのはあっちだ」

「本名を喋った時点で隠してはないと思うけどね」

「殺人犯である自分を受け入れてほしければ、きちんと来歴を語るべきだ。それをしていない時点で、やつの言葉は言い訳だ」


 本名を明かすことで隠していないというアリバイを得る。アリスが猪島牡丹という名を聞いて事件を思い出さなければ、猪島が殺人犯であるという事実はアリスにとってさしたる意味を持たないと証明される。猪島はそう語ったが、ただの詭弁だ。


 自分が誠実であると振舞うための誤魔化し。アリスにはそうとしか思えない。


「それに、殺人犯を野放しにする理由もない。ここで始末しておくのが人間の道徳ってやつだろう」

「言うねえ。事件について全然覚えていなかったくせに、いざ殺人犯だと知ったら自分の手で始末して正義の味方ぶるんだ」

「知ってしまったら無視はできないだろう」

「知らないなら無視していいと考える正義の味方がどこにいるんだよって言ってんだよ」


 ラブリィは立ち上がる。

「まあいいんじゃないかな。プレイヤーの戦略は自由さ。私が口を出すことじゃない」

 そろそろ、インターバルも終わる。ラブリィに続いてアリスも寝室を後にする。


(問題は……だからタイミングだ)

 アリスの思考はそれでも、ゲーム再開のギリギリまで続く。

(猪島を切り捨てるタイミングが重要になる。下手を討てば僕と残りプレイヤーという対決構図……1VS3になりかねない。殺人犯を脱落させようという当たり前の話なのに、鈴ちゃんはともかく緑青もお人よし過ぎて頼りにならない)


 通常であれば、殺人犯の猪島を攻撃しようという提案をアリスがすればプレイヤーは乗るはずだ。しかし何をしてくるか分からない鈴ちゃんがゲームの流れを握っている以上、簡単にことは運ばない。緑青もどう動くか……。仮に緑青が平均的な思考でアリスの提案に賛同したとしても、一応チームを組んでいる鈴ちゃんの口添え次第で行動はころっと変わってしまいかねない。


 これまでもそうではあったが……。プレイヤーが減れば減るほど、一挙手一投足の重みは増していく。


 リビングに、プレイヤーが集まる。


「さあさあゲーム再開だ! いよいよ最終局面。残ったプレイヤー4人のうち、生き残るのはふたりだけ。泣いても笑ってもこれが最後! ゲームの結末を見届けよう」

 ラブリィがゲーム再開の音頭を取った。

「それでは……。さっきはアリスくんの手番でメガネくんを指名して見事脱落させた。鈴ちゃんくんのターンから再開するよ。手番は鈴ちゃんくん、緑青くん、猪島くん、そしてアリスくんの順で回っていく。自分の手番を大切にね」


 ゲーム再開。そして第一手。


「わしは、猪島殿を指名しよう」

 鈴ちゃんの手は、合理と妥当の一手。


 運否天賦に命を賭ける『バトルロワイヤル野球拳』、ここからがハイライト!

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