#20:混沌襲来

 ラブリィの思い付きで行われた暴露大会。手番一回の消費を拒否して個人情報を暴露されたのは、アリス、メガネ、そして鈴ちゃんの3人だった。


 一方で個人情報の流出を回避したのは緑青と猪島。なのに……。


(これはどういうことだ)

 アリスの困惑はもっともだ。共謀のメリットである集中攻撃の能力を一時的に手放してまで、猪島は個人情報を守った。それなのに、蓋を開けてみればこの中で一番大きな秘密を暴かれたのは猪島だった。


 無傷なのは緑青だけ……という評価も生ぬるい。あのデスゲームオタクで不条理至上主義者のラブリィですら遠慮して慎ましい暴露しかしなかったのに、鈴ちゃんが猪島に特大の一撃を食らわせた。こうなっては、猪島の秘密以外はもうどうでもいい。


(まずいことになった……)


 このゲームにおいて、印象は侮れない。結局のところジャンケンであり、誰をどの順番で狙おうともさしたる問題がないのがこの野球拳だ。それこそ、このゲームでは最初から下着姿になっていたれむが真っ先に狙われたが、別に彼を集中攻撃する必然もなかったのである。


 自滅圏内。残機が衣服2枚分のれむなど、放置しておけばいい。自分の手番でジャンケンをし、そして負ければ死ぬ。あえて攻撃するまでもない。


 ではなぜ彼らがれむを集中攻撃したのか。それはアリスが「れむへの集中攻撃こそ合理的である」というを振りまいたからだ。それによって彼は、序盤の既に1枚脱衣しているという不利を誤魔化した。結果、れむの脱落までに鈴ちゃんが脱衣することで彼の状況はマシになった。


 鈴ちゃんが今回、猪島の過去を暴露したのはこれと原理的には同じである。


(現状……脱落レースのトップを走るのは緑青とメガネだ。僕と猪島は共謀しているから攻撃対象にしづらい。一方、鈴ちゃんは単独ながら種々の折り合いから偶然、これまで攻撃対象になっていないに過ぎない。つまり、展開次第では次に狙われるのは自分ということだ)


 いくら鈴ちゃんが底知れない人間だとしても、ふたりによる集中攻撃という明白なリスクを盾にしているアリス猪島コンビに比べれば、まだ攻撃がやりやすい相手だ。


(そこで猪島への印象操作か。鈴ちゃん、緑青、メガネの3人で猪島を狙えば、僕たちの集中攻撃の標的から逃れられる)

 集中攻撃という脅しはアリスたちを攻撃するプレイヤーがひとりという前提で成り立っている。今のプレイヤー数ならどうしたって攻撃対象はばらけるし、逆にプレイヤー数が減って攻撃対象が限定される状態なら脅しも効果が薄くなる。あくまで序盤から中盤にかけての牽制程度の意味しかないし、それだけでも無駄な戦闘を避けられるなら十二分に意味のある共謀だ。


 ところが、猪島の犯罪歴が明るみになったことで3人による集中攻撃という目が出てきた。


 猪島牡丹が過去に犯した犯罪などこのゲームとは関係ない。しかし……。このゲームの勝者は2名。勝利者は転生した異世界へ戻り第二の人生を再スタートさせる。


 ゲームで負けるのは、いい。しかし普通に生きてきた自分が負けて、。我慢できない。どうせ蹴落とすのなら、人殺しを蹴落としたいと思うのは人情だ。

(この野球拳に、攻撃対象を選ぶ明白な定石はない。だから……人殺しを見逃して自分が脱落するのは死んでも嫌だという感情は十分戦略を変更する理由になる)


 実際、アリスはメガネがなんとなく気に食わないという理由で攻撃したくて仕方なかったのだ。漠然とした感情だったためそれだけでは実行に移さなかったが、より強い嫌悪と正義感が示されるなら、どうなる?


「さて、わしの番じゃの」

 この事態を招いた元凶、鈴ちゃんは呑気に手番を確認する。

「わしの後がメガネ殿どの。緑青殿と猪島殿は一度スキップして、次にアリス殿。再度わしの手番が来て、そこからは通常の手番に戻るという手続きじゃったな」

「そうだとも。それで、君は誰を攻撃するのかな? やっぱりここは……」


 ラブリィは猪島を見た。まあ、普通はそう思うところだろう。ここまで猪島へヘイトを集めたのだ。これはどう見ても、攻撃への布石だ。


「いや」

 しかし、鈴ちゃんの狙いは違った。

「わしはアリス殿を指名するよ」

「…………はあ?」


 唐突な路線変更に、アリスは素の驚きをしてしまう。

「どうして……」

「別にどうでもいいじゃろ。指名理由を告げるべしというルールもないことじゃし」


 対人ゲームにおいて、相手の思考を読めないのは致命的だ。れむがそうだったように、アリスもそのドツボにはまりそうになっている。


(くそ……あいつの戦略が読めない。ただの偶然? ただの気まぐれか? いや、命のかかったゲームでそんなことはしない。なにか意図があるはずだ)

「さて、ジャンケンじゃ」

「くそ……」


 ジャンケンを拒むことはできない。

 しかし……。


『ジャンケンの結果が出ました』

『アリス、敗北。衣服を1枚脱いでください』


 悪い流れ、ツキの巡りというのが本当にあるのではないかと思わせる。あっさりと、アリスは死の谷に向かって一歩を踏み出した。


「何を考えているか知らないが……どうせ奇策のつもりの適当だろう」

 アリスがネクタイを外す間に、次の手番であるメガネが準備する。

「何がフィクサーだ。ただの痴呆症にそんな能力があるものか」

 メガネは猪島不利の状況が生まれるに際し、多少は余裕を取り戻したらしい。


「おぬしもしつこいのお」

 鈴ちゃんはやれやれと肩をすくめる。

「仮にわしが生前認知症を患っておったとしても、今の少女の体では問題にならんよ。このぴちぴちの肉体に老いはないでの」

「その態度も気に入らない。どうせ俺たちを惑わして、自分への攻撃を避けるのが狙いだろう」


(本当にそうだろうか)

 メガネの言い分には一理あるようにアリスは思ったが、首肯はしがたい。猪島へのレッテル張りとアリスへの攻撃。これがアリス猪島コンビへ攻撃を誘導する策であるという推測は妥当だ。しかしタイミングが悪い。緑青が手番をスキップする今にそれをしても、効果は薄い。

 またこうした誘導は、鈴ちゃん自身が悪目立ちするという欠点がある。実際、メガネの注意を引いているのだ。


「俺はお前を指名する。勝負だ」

「ま、どうでもいいがの」


 その結果も、明白。

『ジャンケンの結果が出ました』

『メガネ、敗北。衣服を1枚脱いでください』

「…………!」


 何でもないことのように、鈴ちゃんが勝った。

「これはまた、わたくしたちがスキップされている間に戦局が大きく動きますわね」

「まさか思い付きの暴露大会がこんなことになるとはねえ」

 緑青の発言を受けてラブリィが笑う。


「しかも一番ヘイトを集めたはずの猪島くんが攻撃されないなんてね」

「それは……ぼくも意外だよ。アリスくんはともかく、あとのふたりはぼくを攻撃するものだとばかり」

「命がかかったゲームだと、感情の発露もストレートにはいかないものさ。人殺しの君を脱落させたいと思っても、その感情が率直すぎるがゆえに誰かの策略を疑わざるをえない。自分は賢いと思っているやつならなおさらだ」


 そこでラブリィはメガネではなくアリスを見た。

「……猪島、ひとつ聞かせろ」

「……なんだい?」


 ゲームマスターの視線を無視して、アリスは問うた。

「どうして、猪島牡丹と名乗ったんだ? この状況なら、偽名を名乗れば簡単に過去を隠すことができたはずだ」

「そうだね。ぼくも、そうしようかと思ったんだけど……」


 猪島はアリスの目を真っすぐ見て答える。


「一緒に戦おうと持ち掛けてくれた相手を、騙すのは気が引けたんだ」

「……」

「ぼくの過去を君が知っているとも限らなかったからね。そういうとき、ウソをつくとむしろ後でしわ寄せがくる場合もある。だから本名を名乗ったんだ」


 実際、アリスは猪島のことをきちんとは覚えていなかった。緑青にしてもそうで、鈴ちゃんから情報を開示されて初めて思い出したのだ。

 どうせ覚えていないのなら、嘘をつくうしろめたさを抱えたまま共闘はしたくない。そんな猪島の言い分は分かるような、分からないような……。


「僕が知っていたらどうするつもりだったんだ?」

「そのときの判断は君に任せる。あくまで生前のことと割り切るのか、共闘を止めるのか。いずれにせよ、相手が命を預けるに足る人物か判断する情報を、こちらから隠すのは道理じゃない」

「だったら! 僕が共謀を持ちかけた時点で過去の犯罪歴を明かすのが筋じゃないのか」

「君がぼくの過去を覚えていないというのなら、君にとってぼくの過去はその程度ということだよ」


「自分が覚えていないくせに、いざ殺人犯だと明かされたら嫌に思うというのは身勝手じゃの」

 鈴ちゃんが茶々を入れた。

「猪島殿の言う通り。おぬしにとって猪島牡丹という凶悪犯罪者の存在は大したことではなかった。だから覚えていない。つまり命を預ける相手を値踏みするのに、ということじゃ」

「自分の過去を隠して、誠実ぶるなよ」

「他人の過去を見抜けんくせに、いっちょ前に策士ぶるのお」


 しかし、事実だ。猪島牡丹が犯罪者であるということは、今はどうでもいい、はずだ。

(鈴ちゃんを攻撃したい欲望に駆られる。緑青を落としてゲームの展開を変えたい気分だ。だが……)


 今狙うべきは誰か。

 アリスの下した決断は……。

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