#21:悪運の尽き
「人間というのは不条理な生き物だねえ」
「デスゲームの運営に言われたくはありませんわ」
ダイニングの一角で、ラブリィと緑青は向き合っていた。
「それにしても奇妙な展開ですわ。一時はわたくしが集中攻撃されて脱落寸前かと思いきや攻撃対象がメガネさんに移った。次に犯罪歴が暴かれて猪島さんが狙われるだろうという流れで、未だにまったく攻撃されていない」
「結局、猪島くんが脱衣したのは自分からメガネくんに攻撃して敗北した1回きりだからねえ。人間というやつの価値判断は合理性を伴わないのさ」
メイド服にあるまじきくつろぎの態度で、ラブリィはアイスティーを飲んでいる。
「うむ美味しい。君は似非お嬢様みたいなキャラをしているくせに、きちんとお嬢様らしいスキルがあるんだね」
「そちらこそ、メイド服を着ていても家事はからきしなんですの?」
「この通り、ちちんぷいぷいで何でもできるからさ」
指を鳴らすと、大皿に盛られたドーナツが脈絡もなく現れた。プレイヤーたちを転生させたり消したりと自在な彼女だ、菓子を出すくらいどうということはないだろう。
「わざわざ、手ずから家事をしようとは思わないんだよ。このメイド服は君たち全員が転生令嬢ということで、それらしくあつらえたに過ぎない」
「そんな設定もありましたわね。本当に今となってはどうでもいいんですけど」
緑青はドーナツに手を伸ばす。怪しい上位存在が用意した食べ物だが、まさか毒など入っていないだろうと踏んでいるのだ。いい加減、ラブリィの性格は掴み始めている。
「しかし君はこんなところでリラックスしていていいのかい? 一応、今はアリスくんのターンだぜ? 君が指名されるかもしれないだろう?」
「それ、本気で言っているんですの?」
ちらりと、アリスの方を見る。
ソファに座り、じっと何かを考えているような彼は、しかし緑青の存在は眼中に無いように見える。少なくとも緑青自身には。これは願望でも妄想でもなく、確度の高い推測だ。
「ロサンゼルスの特定映画館で公開されていない映画は決してアカデミー賞にノミネートされないようなものですわ。今の彼にとって、わたくしの存在はどうでもいいんですの。とんでもない経歴を自分に隠してくれやがった猪島さんと、なんとなく気に食わないメガネさん、次いでゲームで一番優位に立つ鈴ちゃんさん。そこに自分。それだけですわ」
「そのくせ、狭い視野で見えるものだけが世界だと思い込む。そういうところも、アカデミー賞みたいではあるね」
「歴史的な経緯や重みは分かるのですけどね。今どきネット配信限定作品を考慮しない映画賞は古臭いと言われても仕方ありませんわ」
「とはいえ、サブスク全盛の時代からこそ映画館で上映される映画を重視する賞も必要かもしれないよ」
それはともかく。
「これまでの展開を整理すれば、依然わたくしが不利な立場にいるのは間違いありませんわ」
緑青は自身の立ち位置を理解する。
現在、残り衣服はメガネと同数。緑青とメガネを除くプレイヤーはほぼ無傷で横並びだ。一応、アリスが徐々に負け始め、メガネも緑青より早いペースで脱衣はしているが……。仮にこのふたりが運よく緑青より早く脱落しても、まだひとり、落とさなければならない。
このゲームの勝利者は2名。たった2枚の転生チケットを奪い合う虚しい戦い。
「共謀という策を取らなかったのは迂闊でしたわ。いかんせん、デスゲームと言えばたったひとりが生き残る展開と決めてかかっていました」
「普通はそうだからねえ。君はなまじ知識がある分、そこに引っかかった」
「ビートたけしと言われてアウトレイジよりバトルロワイヤルが思い浮かぶ性格なのをこれほど恨んだ日もありませんわね」
ならば緑青も共闘を……とはいかない。なにせアリスと猪島を除けばコンビを組める相手は鈴ちゃんとメガネしかいないのだ。ひとりでもなんとかしそうな鈴ちゃんと、対立構図を作ってしまったメガネだけ。ここから共闘を申し込むのは難しすぎる。
そもそも、いつ共闘を申し込めばいいのか。考えられるのはインターバルの時だけだが、それこそ誰かが脱落しないと訪れない小休止。自分が次に脱落するかもしれないという現状で待ってはいられない。
「ここは上手く気配を隠して他のプレイヤーが自滅するのを待つべきですわね。消極的ではありますが、他にやりようもありませんし」
「そう考えると、案外手番のスキップってのは悪くない策だったね。基本的にスキップができないこのゲームで、行動しないという選択を取れた。次の自分の番まで、君は姿を消して息を殺せば指名されないかもしれない」
そこまでさすがに、緑青は考えていない。自分の番にできることはジャンケンくらいとはえ、その数少ないゲーム介入の機会を逃せば取り返しのつかないことになるかもしれないのだ。緑青はそのリスクを受け入れても、個人情報暴露によるさらなる悪目立ちを避けた。
(それに……)
彼女はスカートに触れる。
(よりゲームに密接な、こっちの秘密を暴かれる危険もありましたし)
「お、ドーナツじゃの。ひとつ貰うぞ」
ふらりと、鈴ちゃんがダイニングの方へやってくる。
「あなたもこちらにいていいんですの?」
「構わんよ。ほれ」
鈴ちゃんが指を差したところでは、アリスとメガネが向き合っている。どうやら勝負が成立したようだ。
「おっとっと。こらこらー。私を無視してゲームを進めるんじゃないよまったく!」
ラブリィはそそくさとリビングの方へ移動する。
「しかしおぬしも、とんだ貧乏くじじゃの」
「デスゲームに参加するのは、貧乏くじですませていいことではありませんわ」
「それもあるが……。このゲームの流れのことじゃ」
「…………?」
鈴ちゃんは何やら意味深長なことを言う。
「おぬしが集中砲火を浴びたことじゃよ。あれはおぬしには非のないことじゃ。しかし対人ゲームというのは、自分に非がなくとも相手に理があれば負けるものだからの。こればかりはどうしようもない」
「そのくらいは理解してますわ。ゲームの最初からもう少し乗り気になってプレイしていればなんとかなったかもしれませんし、そういう意味ではやっぱりわたくしに非があるんでしょう」
「最初から本気だったら何とかなったのかの?」
「なんとかは、ならなかったでしょうね」
緑青はアイスティーを飲んだ。
「それでも、『なんとかなったかもしれないのに』と思わずには済みましたわ。何事にも本気になれないのは、わたくしの悪い癖です。馬鹿は死んでも治らないとは、よく言ったもので……」
「ふむ……」
鈴ちゃんはドーナツを食べてべたついた手を舐めていた。
「自覚があるだけまだマシかもしれんがの」
「自覚の有無に意味はありませんわ。自覚して、それを治すところまで進んで初めて意味が生まれるんですの」
「冷淡じゃな、自分に」
あるいは、
「人生などままならんことの方が多い。大して努力もしてないやつが大金を手にする一方で、根っからの善人がくたばって土に還るなど日常茶飯事よ。メガネ風に言うならば、思い付きで適当に書いた物語が書籍化して小説家気取りになるやつがいる、ということかの。その裏で人生を削って文章を生み出すものは誰にも読まれず消えていく」
「それこそ不条理、ですわね」
「さてな。わしが思うに……いや」
そこで鈴ちゃんは言葉を切る。
『ジャンケンの結果が出ました』
『アリス、敗北。衣服を1枚脱いでください』
気づけば、ジャンケンは終わっていた。アリスは自身の手番、メガネに勝負を挑み負けた。
「ゲーム開始前からブレザーを脱いで不利だと思っていたアリスさんですけど、これまでは有利に進めていましたのに……。なぜか急に負け始めましたわね」
「有利に進めていた、のお?」
鈴ちゃんがもうひとつドーナツを掴んで、緑青の元を離れる。
「おぬしは自分の行為を過小評価するくせに、他人の行為を過大評価する傾向があるのやもしれんぞ?」
「と、いいますと?」
「アリス殿は別に、これまで有利にゲームを進めていたわけではない。あの男は、大したことをしとらんから目立たず、狙われなかったに過ぎない」
鈴ちゃんの言葉の真意を、緑青は測りかねる。
なぜなら事実、アリスは自身の作戦によってゲームを有利に進めているはずだからだ。
れむの集中攻撃誘引による、自身の不利の帳消し。猪島との共謀による相手からの攻撃の阻止。それらはきちんと、アリス自身の手によって行われた作戦であり、それはすべて成功している。
「サイトに過激な書き込みをして、管理人に見つかった。怒った管理人に拉致され両手に銃を取り付けられデスゲームに参加させられた。ここまではただの成り行きじゃ。あやつも同じこと。デスゲームに参加し、まあまあ上手く立ち回る。そこまでは、そういう流れだったというだけのこと」
「なら……」
「両手に銃を取り付けられるまではただの成り行きで、ただの不条理じゃ。そこで適当に引き金を引いて弾を出してみても、それを『行動』とは呼ばん。よいか? 行動と呼べるのは……」
鈴ちゃんは手で作った銃を、アリスに向けた。
「その銃を、己の意志で誰かに向けてからじゃ」
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