#22:華麗なる一族

『ジャンケンの結果が出ました』

『アリス、敗北。衣服を1枚脱いでください』


 アリスと鈴ちゃんの対決。その結果に誰も驚かない。

 負けた当のアリスですら、焦燥から歯ぎしりこそするが負けたことを悔しいとか、予想外だとか思っている様子はない。少なくとも緑青の目には、そう映った。


(これは、また状況が変わりましたわね)

 緑青は手元で遊んでいたグラスを置き、ダイニングからリビングに移動する。

(今回のアリスさんの敗北。これ自体は予想通り。ジャンケンという運ゲーですら、あの鈴ちゃんさんが負ける姿が想像できない。そこは他のプレイヤーも同じはず)


 予想通り。ありきたりな展開。だが、林檎が木から落ちるように、当然でありがちなことに意味がないわけではない。


(これでアリスさんの残機……残り衣服は4枚になりましたわ。つまり、自滅圏内)

 アリスは敗北に伴い、ソファに座って残っていた左ソックスを脱いでいた。元が男のアリスでは太もも近くまで丈のある靴下を、しかも短いスカートがめくれ上がるのを防ぎながら脱ぐのはなかなか苦労する。


(別に、どれほどの残機が自滅圏内だと明言されているわけではありませんけど……。今までの展開では、4枚程度ならもう相手にせず、勝手に死ぬのを待てばいいという雰囲気ですわ。つまりここから、アリスさんが攻撃対象から外れる可能性が高くなる)


 もちろん、アリスがここからさらに集中攻撃を浴びて脱落するというケースもある。その危険は彼に限らず、メガネと緑青自身にも残っている。油断はできないが……。


(ここまで最大のヘイトを集めているはずの人間がふたりもいて、わたくしたちが先に狙われるという展開にはならない気もしますわね)

 これまで戦況をコントロールし続けた鈴ちゃん、そして殺人歴が明らかになった猪島。このふたりはヘイトを集めているし、何より残機の面で優位に立っている。狙われるならこのふたりからだろう、というのは妥当な推測だ。

(まあ、そんな展開になっていないからアリスさんは大ダメージを負っているんですけど)


 本来なら狙われてもおかしくないプレイヤーが狙われない。逆にどうでもいいようなプレイヤーから集中攻撃を受ける。今の流れでは、妥当な予測すら役には立たないだろう。

(一番展開的に苦しいのは、それでもアリスさんに違いないでしょうけど)


 アリスはここに至るまで、短期間で多くのミスをしている。

 まず何より、猪島牡丹が自身の手番をスキップしたこと。共謀のメリットであるふたりでの集中攻撃の示唆という防壁。これを一時的に失った。

 その上で、せっかく貴重な手番を消費したのに、鈴ちゃんから猪島の過去が暴露された。今のところ攻撃を受けていない猪島だが、今後の展開には大きく響く。

 加えて、アリスは自身を攻撃した鈴ちゃんへ報復をしなかった。


(さっきの手番、アリスさんはメガネさんを攻撃しましたけれど、そこは鈴ちゃんさんを攻撃するべきでしたわね)

 なるほど、集中攻撃の報復を実行できない状態だった。ならば別に誰を狙おうがかまわないと思うかもしれない。だが、それは明らかな間違いだ。他はすべて避けようのない他人からの攻撃、あるいは合理的選択が裏目を引いただけのこと。しかし、この一点に関してはアリス個人のプレイングミス。


(脅迫は『絶対にする』という確信があってはじめて意味を持ちますわ。アリスさんと猪島さんを攻撃すれば、絶対に報復が返ってくる。その確信がなければ、何も怖くない。いじめられっ子がどれほど真剣に起こっても、いじめっ子には通じないのと同じ)


 猪島の過去を暴露し、あまつさえアリスに勝負を挑んだ。ふたりに対し、鈴ちゃんは牙をむいた。しかし、アリスは鈴ちゃんを攻撃しなかった。


(報復の示唆、つまり攻撃予告による防御は相手の恐怖に訴えかけるもの。どうせ反撃などできない、反撃しても大したことがないと思われればそこで終わり)


 アリスが鈴ちゃんへ攻撃しなかった理由など、緑青には分からないしどうでもいい。鈴ちゃんよりメガネを攻撃するべき合理性を見つけたのかもしれないがそれこそ意味がない。理屈と膏薬はどこにでもつくのだ。今のアリスに残ったのは「いざとなればなんのかんのと理由をつけて報復措置を取れない意気地なし」というレッテルだけ。


 ただでさえ猪島という攻撃するのに大義名分のある相手を抱え、さらに報復の脅威すら絵に描いた餅になりつつある。アリス猪島の共謀は攻撃を回避するという目的においては、もはや機能しなくなりつつある。


(もっとも、ここまで相手からの攻撃を回避できたならそれでいいんでしょうけど。プレイヤーが減れば減るほど、戦局が極端に傾けば傾くほど共謀の効果は薄れますし。遅かれ早かれというやつですわ)


 そしてメガネの手番。

「…………」

「おっと。ここに来てアリスくんだけでなくメガネくんも長考かい?」


 外野からラブリィはいつも通りガヤを飛ばす。

「どんぐりの背比べとはいえ、一応脱落レースではトップタイだ。別に時間制限は設けないけど、考えるだけ意味のあるゲームでもないしね。できるだけテンポよくいこうじゃないか」

「…………」


 メガネは憎まれ口のひとつも叩かない。

「極限状態で現れる人間の本性ってやつだな」

 アリスがソファに座ったまま、メガネを見下す。

「自分が優位なときだけ饒舌で、いざ状況が悪くなればだんまりだ」

「まるで今も口が軽い自分は上等な生き物であるかのように言うじゃないか」


 ラブリィが冷ややかに言った。

「三流デスゲーム漫画でありがちな展開に、黒幕が人間の本性を知るためにゲームを開催するなんてのがある。しかし私からすればまったくナンセンスだ。デスゲームの滋味ってやつをなにも理解していない! 第一、極限状態で暴かれる人間の本性ってやつが知りたければ、デスゲームなんてまだろっこしいものを考える必要すらないね。ふたりで1丁のモシンナガンでも持たせてスターリングラードに放り込め。それで君たちが大好きな本性ってのがよく分かるぜ?」


「モシンナガンはいい銃じゃったのお。わしの体格にはちと合わなかったが」

 まるで戦争で扱ったことがあるかのような口ぶりの鈴ちゃんだが、そんな経歴があってもおかしくないので誰もつっこまなかった。


「デスゲーム――命のやり取りを迫る極限状態で人間の何が明らかになると思う? 当然、デスゲームをしている時の人間の姿だ! それは本性じゃない。真実じゃない。ただゲームをしている時の姿だ。君たちはサッカーをしている選手に『あれが人間の本性だ!』なんて言うかい? 言わないだろう? じゃあなんでデスゲームの時は人間の本性が露わになるなんて思うんだ?」

「それは……殺し合いが例外的な状況だからだろ」

「殺しは人間が取る行為のひとつだよ。ある種の究極系であるというのは認めるけどね。それでも、息を吸い、ものを食べ、誰かを愛するのと同じ行為さ。人間が取る普通の行為なんだから、例外なんてものじゃない」


 アリスの言い分をラブリィは真っ向から否定する。アリスは首肯し難いようだった。殺しを何でもない行為であるかのように語るラブリィは、あるいは今までで一番上位存在らしく見えるかもしれない。


「人体実験をすると科学がより強固に、より素早く発展すると思い込むのと似たようなものでしょう?」

 緑青が答える。

「人間は、人間を犠牲にして前に進む行為を果敢で勇ましいものだと思い込みたがるものですわ。実際は、人体実験なんてしても大した成果はないのですけど」

「人体実験に成果があるならナチスが負けるはずもないしね。あるいは戦争が人類を発展させたという物言いにも通じる。人は大好きなんだ。誰かを犠牲にして前に進むことが――誰かを犠牲にして前に進むのを良しとする、冷徹で合理的ながね」


 とどのつまり、人類愛ナルシシズム。人間が取る行為は必ず素晴らしい、ゆえに自分も素晴らしいのだと思いたいだけ。


「いいかの?」

 鈴ちゃんが手を挙げる。

「長考気味のメガネ殿に、わしから助け舟を出そうと思っての」

「……なに?」


 メガネがようやく声を出した。同時に、アリスと緑青は身を固くする。

 なぜなら、ここで鈴ちゃんが出す助け舟とは、メガネの行動を左右する情報だろうと推測できたからだ。

 つまり猪島の二の舞を、どちらかが演じる羽目になるのではないかという警戒。


「緑青殿」

「…………なんですの?」

 その標的は、緑青だった。


(まあ……それはそうでしょうね)

 相方である猪島がヘイトを買っている今、さらにアリスへ注意が向くような情報を出す理由は薄い。それができるならとっくに開示して、自身のアリス攻撃に合わせているはずだ。このタイミングで情報を出すのに都合のいい相手は、緑青しかいない。


「おぬしの名前、確か鐘楼院緑青じゃったな」

「ええ」

「鐘楼院家……その設定はなんじゃったろうな?」

「それは……で……」


(本当にどういう設定なんでしょうね、これ)

 今更ながら緑青は恥ずかしくなっている。

(これならまだ、皇室の一員とでも言った方がそれっぽく………………ん?)

 そこで、ふと。

 緑青は引っかかりを覚える。


「ところでラブリィ殿」

「なにさ」

「おぬしが開示したわしの情報はなんだったかな?」

「そりゃ、、だろう?」


 そこで、緑青たちは気づく。


「まさか……」

「瓢箪から、駒が出たようじゃの」


 すなわち。


「わしこそが、鐘楼院家の現当主じゃ」

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