#23:真偽審眼
鐘楼院家。
日本を裏から支配する黒幕の一族。
アリスたちは鼻で笑う中学生が考えるような設定だが、それは有名な話である。
(最初に聞いたときはまさかと思ったが……)
メガネは緑青が自己紹介をしたとき、既にそのことを把握していた。
(これは偶然の一致か?)
鐘楼院家という裏の支配者の話は、メガネの世代であれば半数くらいの人間は一度ならず聞いたことのある話だ。現与党のほとんどは鐘楼院家の薫陶を受けているとか、企業人はスポンサーとして一族がついているとか。
いわば
こうした話題は世代間で認知度に大きな開きがある。アリスたちが知らないのは無理からぬ話。むしろアリスたちと同世代らしく思われる緑青が知っていたのが意外である。
「本当なのか?」
「そ、それは……」
アリスの問いに緑青が言い淀む。
「わたくしはあくまで末席を汚すだけの存在ですし……。若造だったので当主やそれに近い位置の長老たちとの面識はありませんわ」
「……」
なんとも反応に困る答えだ。苦し紛れの言い訳らしく聞こえるが、一方で鐘楼院家の性質を考えればあり得そうでもある。
「さて、どうじゃろうな。わしは緑青殿によく似た一族の人間を知ってはいるが」
鈴ちゃんはここぞとばかりに自体を混乱させるようなことを言う。
「でも、それがどうしたって言うんだい?」
猪島が口を挟む。
「今になって鈴ちゃんくんと緑青くんに血縁があったという話に、何の意味が?」
(この殺人鬼め……。すっとぼけているのか?)
メガネは心の中で悪態をついた。
(これは……遠回しに老害と似非お嬢様が共謀するかしないかという話だぞ!)
そう、つまりこれは、鈴ちゃんからの暗黙のアプローチだ。
このゲームにおいて、コンビを組むことの重要性は既に分かり切っている。勝利者がふたりと決められた今回のゲームでは、ふたりきりのチームは互いに裏切る心配がない。裏切る意味がないからだ。ふたりで組んで、どちらかを攻撃したプレイヤーがいればふたりによる集中攻撃をすると示唆することで指名を回避する。アリスと猪島がここまで有利にゲームを進められたチームの効果がこれだ。
鈴ちゃんの手が入ったことでアリス猪島コンビの示威行為は徐々に薄れつつある。しかし、メガネにとっては依然、脅威であることに変わりがないのも事実だ。残機に余裕のある鈴ちゃんならともかく、脱落ギリギリの彼にとって「ふたりのプレイヤーから狙われるかもしれない」という威圧感は大きい。このあたりは絶妙に、緑青と価値判断が異なるかもしれない。
その上で、今になって鈴ちゃんは共謀を図ろうとしている。なぜ?
(ひとつはタイミングか。あからさまに自分から情報を開示すれば怪しすぎるが、多くのプレイヤーの情報が開示されている今なら……)
鈴ちゃんが自分から「鐘楼院家の人間である」と明かせば嘘くさい。緑青自身、自分の言ったことに若干引いているような気配がメガネにも感じられるほどだ。下手をすれば緑青にすら梯子を外されかねない。
だが今なら、その心配はない。先に緑青が開示した鐘楼院家の設定と、ラブリィによって暴露された鈴ちゃんの経歴が重なった。ここで鈴ちゃんが自身を鐘楼院家だと明かすのは自然だ。むしろ明かされる前に誰かが気づいていてもいいくらいだ。いかんせん緑青の説明があまりに嘘くさいのと、猪島の暴露が印象的過ぎて気づかなかったが。
そして何より、この提案は緑青にとってメリットしかない。共謀による示威行為の防御力を彼女は手に入れる。しかも相手は他ならぬ鈴ちゃんだ。そこにどんな裏があるにせよ、今は受け入れる以外に選択肢はない。
「なにが助け舟だ! この老害!」
だが、それはメガネにとって究極の二者択一を迫るものだ。
今のメガネは、まさに前門の虎後門の狼。攻撃対象はアリス猪島コンビか、緑青鈴ちゃんコンビという二択。どちらを攻撃し、どのような結果になろうとも、次はふたりのプレイヤーからの集中攻撃が待っているという状況。
「わしはおぬしにくれてやっただけじゃ。選択の無意味さをな」
鈴ちゃんは悠然と構えている。
「長考するのが悪い。下手な考え休むに似たり。だからわしは、何を選んでも大差ないようにしてやった。これで悩まずに済むの」
実際、さっさと攻撃対象を決めてしまえばこんなことにはならなかったのだ。鈴ちゃんの言い分は正当である。
「ゲームマスター! やつの言い分は本当なのか?」
「人間の時間は有限だ。私は時間制限を設けないとは言ったけれど、時が経つほどに選択肢が減っていくのは現実も同じだろう?」
「それについて聞いているんじゃない!」
メガネは食って掛かる。
「あの老害の発言について聞いたんだ! 本当にやつと小娘は親族なのか?」
「それを私の口から言うことはないよ。ただ、私が明かした鈴ちゃんくんの情報は事実さ。そうでないとあのイベントの意味がないからね」
「…………」
設定が偶然似通っただけなのか。それとも本当にふたりは同じ鐘楼院家の人間なのか。その結論は、メガネ自身が出すほかにない。
「嘘に決まっている。ただの都市伝説だ。それに偶然、親族がいるなどと……」
「そんな偶然を、私が演出しない保証はないよねえ? 私が不条理好きだって忘れたのかい?」
ラブリィというゲームマスターの存在が、致命的なノイズだ。どんな合理的な推測も、彼女という上位存在の前では塵に等しい。そもそも、デスゲームなどというバカげた企画の前に、合理など意味がないのかもしれない。
「鈴ちゃんの発言の真偽なんて、どうでもいいだろう?」
ラブリィが押し込む。
「大事なのは君が決断することさ。男の仕事の8割は決断だぜ? 後はオマケみたいなもんだ。合理だの論理だの証拠だソースだ醤油だってのは、一歩を踏み出すための言い訳でしかない。その言い訳に自分で納得するかどうかが、肝心だろう?」
そこに帰着するのだ。ラブリィという、何を言っても最後に嘘だとちゃぶ台を返しかねない相手と向き合うには、自分が決断するしかない。そこに伴う合理性など、ダイエット中にコーラを飲むデブがこねくり回すものと同じなのだ。
「老害の言い分など、聞いてたまるか」
ぐるぐると回ったメガネの思考は、いつものところに着陸した。
「偶然、縁者が紛れ込んでいるなどありえない。俺にアリス猪島コンビを攻撃させるための策だ。それに俺は乗らない」
「おぬしがそう思うなら、それでいいじゃろう」
「俺は、緑青を使命する」
「まあ、そうなりますわね」
混乱を引き起こしたのは鈴ちゃんだが、狙われるのは脱落寸前の緑青である。これ自体は素直な流れなので、もう緑青も愚痴は言わない。
「ここが正念場ですので、わたくしも覚悟は決めましたわ」
「さあ、ジャンケンだ」
脱落まであと少しの両プレイヤー。その運命を占う一戦が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます