#4:不条理劇開演まで
野球拳。
互いにジャンケンをし、負けた方が服を一枚脱ぐ、古典的なお座敷遊びである。高校生のアリスですら、話に聞いたことはある。さすがに見たことはないが。
「ルールの説明をするよ」
メイド姿の少女が話を続ける中、アリスは冷静に状況を分析する。
(実のところ、予想通りだったがな)
謎の密閉空間、集められた人たち。これだけの少ない情報でも、アリスくらいになればこの先の展開はおおよそ読むことができる。こんなもの、もう今からデスゲームをしますと言っているに等しいのだ。そして事実メイドはそう言った。いやデスゲームとは言っていないけれど、殺し合いと言いかけたのだからおそらくそういうことである。
それでもさすがに野球拳がゲーム内容だとは、思いもしなかったが。
冷静なアリスと言えど、さすがに乙女ゲームの世界へ転生して、そこからさらにデスゲームの世界へ転生させられれば多少の動揺はある。そのせいだろう、全身に嫌な汗を掻いてしまっていた。アリスは自然と、着ていたブレザーを脱いでソファの背もたれに掛けた。
「おっと。その前に自己紹介を忘れていた。私の名前はラブリィ。とっても
「ハウスキーパーのう……」
鈴飾りが復唱する。
「中世英国で発展したメイド文化において、メイドの役割や階級は細分化されたものじゃ。ハウスキーパーはその最上位、つまりメイド長じゃの。屋敷のあらゆる部屋を管理するために鍵束を身に着けており、その鍵束が重く鳴る音は下級メイドにとって恐ろしいものだったと聞いておる」
「そのとーり。私はこのゲームの開発者、運営者にして案内人。最上位のゲームマスター、つまりラブリィ神だ!」
指摘の通り、ラブリィは態度こそ軽薄だがその衣装はクラシカルなヴィクトリアンメイドのそれである。決してアキバの片隅にあるメイド喫茶のアルバイターがごとき、ミニスカメイド服などではない。丈の長いスカートとしわひとつないエプロンドレス。エプロンやカチューシャにはフリルがあしらわれていたが、決して野卑にならないよう慎ましく、それでいて華やかになるよう繊細な心配りがされている。そして腰紐には鍵束が掛けられており、ラブリィが動くたびにガチャガチャと音を立てる。
「それではあらためて、今回のゲームの内容を説明するよ」
「いやちょっと待てよ」
ルール説明が始まる前に、サングラスがそれを制した。
「ゲームってなんだ? なんで俺たちがそれをしなければならないんだ?」
「そ、そうだよ!」
花飾りが同意する。あえて口にしたのはそのふたりだけだが、この場のラブリィを除く皆が内心でそのことを疑問に思っていたのは雰囲気で知れた。
展開自体は理解できる。悪役令嬢が婚約破棄を突きつけられたら復讐劇が始まる、突然見ず知らずの数名が集められればデスゲームが始まる。これは自然の摂理、フィクション界の絶対法則だ。この状況でデスゲームが始まらないなど、ランボーが怒らないくらいありえない。
ゆえにここで疑問となるのは、なぜという部分。
なぜ?
なぜ自分たちは、こんなデスゲームに巻き込まれているのか。
そして当然、理不尽を極めるデスゲームでまともな答えが返ってくるはずが……。
「いいだろう。説明しよう! これは君たちが異世界に転生する上でとても大事な儀式なんだ」
なんと。
まともな答えが返ってきた。
「異世界転生……」
「そうとも。君たちは覚えているはずだ。この部屋に連れてこられる前、どこにいたのか。さらにその前、どこにいたのか」
7人は互いを見る。
どこにいたのか。アリスの場合、それは公爵家の婚約発表パーティの会場である。伝説のクソ乙女ゲーム『アリスロマンス』の世界である。そしてさらにその前、彼は現代日本で男子高校生をしていた。
ならば。
「僕たちは全員が、異世界転生者ということか」
アリスが答える。
「一度元の世界で死んで異世界に転生した。そこでさらに意識を失い、ここへ連れてこられた」
「
「問題?」
「君たちが前世の――つまり現代日本の記憶を有していたということだ」
ラブリィはわざとらしく自分の頭を指で小突いてみせる。
「別の世界で人間一人分の人生を体験した記憶を持っている。これは途方もない
人類は総じて、現代に至れば至るほど賢くなっている。かつては一部の者だけが真理と理解した地動説を、今や人類70億は当たり前の常識としている。この一事だけで分かり切ったこと。知識とは積み重ね。ゆえに過去からの知見、その埋め立て地たる現代に生きる人間は、過去の人々より賢い。
所詮平凡な男子高校生でしかないアリスですら、中世の世界では後世に名を遺す賢人と肩を並べることができるのだ。そんな人間が7人も異世界に現れたらどうなるか。
「君たちはその知識と経験を活かし随分傍若無人に振舞ってくれたねえ。まあ人によって前世の人格が覚醒したタイミングはバラバラなんだけどさ」
「本当だな。僕はついさっきもいいところだ。あの世界が乙女ゲームの世界だと気づいた数秒後にはここにいた。傍若無人に振舞う暇なんてなかったぞ」
「でもそうする予定だっただろう?」
アリスは黙る。図星だったからではなく、押し問答になる予感がしたからだ。
「稀にいるんだよね。前世の記憶を保持してしまう人たちが。記憶は魂と強く結びついているから、切り離したつもりでも残っていることがあるんだ。そこで私たちは君たちを集め、異世界に大きな影響を及ぼすような節度のない人間を弾く必要がある。そのためのゲームだ」
「ふうん。ま、理屈は通ってるな」
未だに自分の肢体の感触を楽しんでいる下着姿の変態は殊勝に頷く。こいつは絶対に節度がない側の人間だろうなと誰もが思った。
「理屈と膏薬はどこにでもつく」
メガネがため息をついた。
「儀式など知るか。私がやる義理がない」
「そうですわ」
同調したのはお嬢様である。
「あなたの主張は分かりましたが、それを受け入れるつもりもありません」
「同感だな」
「そ、そうだそうだ!」
サングラスと花飾りも同調した。
「うんうん。それもそうだよねえ」
アリスがここで一番警戒し、同時に一番期待したのはゲームマスターであるメイドのラブリィが見せしめとして、誰かひとりをさくっと殺してしまうことだった。これもまたデスゲームでは定番の展開だ。ゆえにアリスは発言こそしたものの、ラブリィの機嫌を損ねるようなことは言わないよう気を使っていた。
しかしラブリィは見せしめをする様子がない。むしろ文句を言う少女たちに同意する素振りすら見せた。
「君たちの意見はもっともだとも! ゲームをする事情はあくまでこっちの都合。それ自体にいくら筋が通っていても、君たちには意味がない。ハーレムものの設定をいくら合理的にしても、それはとどのつまりハーレムを作るための設定でしかないのと同じことだ」
ライトノベルでハーレムものが流行った時代にはまだ幼かったアリスにはいまいちピンとこない説明だ。
「君たちが納得しないのは当然だよねえ」
「…………」
ラブリィは口をゆがめて笑う。
そこに不穏なものを感じたのは、しかし鈴飾りだけだったらしい。アリスは鈴飾りが何かを察知した、ということしか分からない。
「だって今までの説明、全部ウソだし」
「…………は?」
お嬢様が口調を崩す。
嘘。
ウソ?
「うっそーです!」
ラブリィは舌を出して笑う。
「嘘に決まっているだろうなんだい儀式って! うそうそ、適当にダーツを投げて当たった地域にいた転生者をピックアップして連れてきただけ! 前世の記憶はゲームを盛り上げるために戻しただけ! じゃあどうしてゲームをするかって? そんなの私が楽しいからに決まっているだろう!」
清々しいまでの打ち明けっぷりであった。その場にいた者たちは口を開いてじっとラブリィを見るほかなかった。
「デスゲームは不条理こそが至高だぜ? 設定や世界観なんてデスゲーム系作品が氾濫した現代でバリエーションを作るための方便に過ぎない。今じゃ仮面ライダーが真っ当にデスゲームする時代なんだからな! 今際の臨死体験で人が消えた東京? 456人の貧乏人を集めて金持ちが道楽でゲーム大会? 大規模SNSに閉じ込められる? 授業中の教室で教師が弾けてだるまさん? ゲームを仕切る悪魔を召喚する鍵? ギャンブルですべてを決める名門学校? クソバードに自分のクローン作られまくって挙句に自分がマンハント獲物第一号? 20歳になったら一度だけ受けられる合格率3%のテスト? 下級市民の反乱防止? うっぷん晴らしと社会福祉費削減? 車で老人轢いて高得点がどうしてハリウッド批判になる? 佐藤さんが多すぎるのすらどうでもいいのにJK血みどろスプラッタとか輪をかけてセンスねえな! 超高校級の高校生の殺し合いなんてそれこそ設定過多だろ! 古典ミステリのパロディだらけの閉鎖空間なんて誰が面白がるんだよ! 目が覚めたら北野武に今から皆さんに殺し合いをしてもらいますと突きつけられる。デスゲームなんてそれでいいんだよ。デスゲームは大人のハロウィンだ!」
それは事実上の絶縁状だった。
私はデスゲームがしたい。
お前たちがプレイヤーだ。
文句は聞かない。
だってデスゲームとは不条理であり、不条理とはデスゲームなのだから。ここでプレイヤーに納得のいく説明をするのなら、それはもうデスゲームではない。ラブリィの求める物語ではない。
「だからもう一度繰り返す。繰り返すぜ?」
名探偵が推理の前に「さて」と言うように。
ラブリィは様式美を尊ぶのだ。
「皆さんには今から殺し合いをしてもらいます」
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