#35:リトライまで
『ここで脱落者が出たのでお知らせします』
『アリス、脱落』
『おめでとうございます』
『ゲームクリア』
『勝者、鈴ちゃん、鐘楼院緑青』
「結局、最後まで手を出しませんでしたわね」
すべては終わった。ゲーム空間となっていたホテルの一室に残っているのは、勝者である鈴ちゃんと緑青だけである。
ラブリィはいなくなった。「最後の罰ゲームは盛大にしないとね」ということで、アリスを連れて。彼女いわく「放心しちゃったから少し放置してリアクションができるようになってから殺すね」という手続きらしい。罰ゲームを見られるように席を手配しようかとも言われたが、ふたりとも断った。
(まるで夢でも見ていたかのようですわ)
緑青は息をつく。脱いでいた衣服も気づけば戻り、ブレザーを着込んだ格好になっていた。
試みに鈴ちゃんがネクタイを解いて放り投げるが、破壊され着用不能になるということもない。
本当に、何もなかったかのようだ。
「夢……ではないんですよね」
「そうじゃの」
ふたりが見たのは、リビングのローテーブル。そこに飾られた猪島の生け花が、ここで起きたゲームを夢でないと訴えている。
「そういえばわたくしはアリスさんの隙をついて手を出すのに夢中で聞いてなかったのですが」
「うむ?」
「エアプとか死因が何とか、どういうことですの?」
まるでアリスがバカみたいだったラストの流れだが、彼の名誉のためにではなくただ後日談的に指摘すると、あれも緑青たちの戦略のひとつだった。
メガネが脱落したインターバルの最中、アリスが寝室でラブリィと言い合っている間に、実は緑青と鈴ちゃんももう片方の寝室で話していた。
山森れむのケースについて。
このゲームにおけるジャンケンの掛け声は「ださなきゃ負けよ」である。端的で分かりがいい。つまり出さないと負け扱いである。
そこで対戦相手の片方の気を引いている間に、もう片方が出すという戦略があるのではないかと。
無論、こんなのは机上の空論というか、遊びの戦略議論ごっこにすぎない。ジャンル作品垣根を越えて集めたとき、最強のキャラクターは誰かという中学生の議論とレベルは同じだ。そもそもこの時点で緑青と鈴ちゃんはチームを組んでいたとはいえ、ふわふわした状態。鈴ちゃんが一方的に反故にできるし、それを緑青も咎められない立場だ。戦略議論としてはあまりにもおぼつかない。
だが、最後の最後でにわかに現実味を帯びた。
序盤でのれむの失態があったために、こんな手は食わないと誰もが警戒していたはずだ。だがアリスの精神的動揺をついて、戦略がハマった。結果、まともな勝負をせずとも連勝。
後は流れだ。ぶっちゃけ適当で、あれで負けていても文句は言えないと緑青は思うのだが、時に流れに身を任せるというのも大事なものだ。
結果、アリスは脱落するまでついぞ手を出せなかったのだし。結果オーライである。
「アリス殿はエアプ勢じゃったと。クソゲーマーを自認するくせに、クソゲーを一度もプレイしたことがなかったようじゃ」
「そんなことが?」
「アリス殿を馬鹿にするためのラブリィ殿の嘘……とも考えたがの。アリス殿の冊子をラブリィ殿が暴露大会の際に見てそれに気づいた素振りを見せておったし、事実らしいの」
ラブリィが暴露大会でアリスのプライバシーを公開するとき、別のことに気を取られて肝心の暴露がおろそかになっていたあれだ。不自然だったので緑青も覚えている。
「死因も、アリス殿は誰かを庇って亡くなったと思っておったが、実はただの歩きスマホじゃったと」
「死に際は記憶が混乱するとはいえ、そこまでズレることがありますの?」
「人間、見たいようにしか物事が見えんものじゃ。そうでなければ地動説が異端だった時代から遠く隔たる今に
それを言われると緑青は黙るしかない。社会実験にも、白人がナイフを持って黒人相手に暴れる様を見せた後で聞き込みをしたら、黒人が暴れていたと記憶していた人たちがたくさん出たという話があるのを緑青は聞いたことがある。
「さて……ラブリィ殿は消えてしまったが、これでわしらは解放。晴れて異世界転生というやつになるのかの?」
「だと、いいんですけどね」
ふたりは、ホテルの一室に現れている扉を見る。
ラブリィが消えた後、出現したのだ。
元からあった扉ではない。鈴ちゃんはもちろん、記憶力と観察力に自信があるわけではない緑青もそれは断言できる。
なにせその扉は、壁のない部屋のど真ん中に取り付けられているからだ。
まるでどこでもドア。
「そういえば、今思い出したのですけど……わたくしたち、地味にここまでのジャンケンであいこになってませんわね」
「おお、そうじゃの」
鈴ちゃんも今気づいたらしい。
「まああいこなど描写しても間延びするだけじゃしな。案外ラブリィ殿がこの空間に、ジャンケンをしてもあいこにならないよう細工をしておったのかもしれん」
「否定できませんわね」
「じゃんけん」
「ぽん」
ふたりは何気なく手を出し合う。
お互い、チョキ。
あいこ。
ますます分からなくなる。
緑青はしかし、ゲームは終わったのだしまあいいかと考えた。
「では、行くかの」
「ええ」
ふたりは連れ立って、扉を開く。
扉の向こうは、暗い空間につながっている。そのすぐ先に、出口らしい光。
死のゲームを乗り越えた彼らにとって、こんなものは恐怖を感じるほどのものではない。疲れているというのもあっただろう。
感慨もなく、ふたりは扉の向こうへ消えた。
その、先で。
「…………………………」
「――――――――――」
お互いに、沈黙。
その気色は異なり、意味するところもまた違う
『偉大なる
『オッズ確認しろ!』
『金なんて賭けてねえだろ』
『そういう流れだよ水差すな!』
『誰が勝った?』
『3連単外したー』
『だから勝者ふたりだって言われてただろなんで3連単存在すんだよ!』
『そもそもどいつが一着で二着だ?』
『どうでもいいか!』
『はははっ』
そこは、広々とした空間。
どこまでも続く広大で空虚な空間に配置され浮遊するステージ。その上に、緑青と鈴ちゃんはいた。
そして彼らを見つめる、大勢の
歓声を上げ、興奮に震える彼らは姿こそ奇異だが明らかに、デスゲームを楽しむ観客だと理解できる。
「やあ勝者のおふたりさん! 待っていたとも!」
「……ラブリィさん」
ステージの中央に、見慣れたメイド服の少女。彼女の企画したデスゲームに散々苦しめられた直後だというのに、この世界へ放り込まれた後だと、彼女の姿に安心感すら覚える。
「まさかと思うけど、デスゲームがたったあれだけなんて思ってなかったよね!」
「…………ええ、まあ、はい」
実は分かっていた。
緑青は気づいていた。ただ、野球拳の最中にそこを深掘りするのは意味がないと考え、放置していた。
デスゲームはこれで終わりではない。
考えてみれば、それはデスゲームもの作品で鉄板の流れ。ゲームが終わり安堵したプレイヤーと読者を打ち砕く絶望の連コイン!
ラブリィがそれを知らないはずもなく、そして実行しないはずもなし!
「あなたが鈴ちゃんさんについて言及したとき、『全プレイヤーの中でも』と口にしたのが引っかかったんですの。最初はあの空間にいた7人のプレイヤーを指していたのかと思ったのですが、最悪のケースは……」
「同じゲームが他の空間で多数、同時に開催されていた。お見事! 君なら気づいているんじゃないかと期待していたよ」
「どうも……」
他にも、ラブリィはこうも言った。
『これは配置をミスったかなあ。君たちは最後に選んだから、どうも適当だったかもしれない。最後の仕上げってところで完成を焦っちゃうのが私の悪い癖だ』
これも、彼女が漏らした実はの話。あるいは、誰かに気づいてほしくてわざとそれらしいことをぼそっと口にしたのかもしれないが。
「ゲーム会場がホテルを模しているというのも、今にして思えば示唆的ですわね。ホテルなら同じような部屋が他にいくつあっても、不思議ではない」
「そういうこと。あくまで伏線ではなく仄めかし、気づいてもらえたらうれしいなというくらいのことさ」
「――――――」
ぐっと。
緑青は誰かが自分の袖を引っ張るのに気づいた。振り返ると、そこでは……。
鈴ちゃんが、じっと袖をつまんで引っ張っている。
「鈴ちゃんさん……?」
彼女は、意図して引っ張ったという様子ではない。視線は周囲を見渡し――というより目が泳いでいて、体中から脂汗が滲んでいる。肩と口で大きく荒れた呼吸を繰り返し、髪に結びつけられた鈴はチリチリと細かく音を立てる。
その中で、まるで何かに頼るように、彼女の手は緑青へ伸びているのだ。
「どう、したんですの……」
「まだ、終わ――え、いや、それは…………」
その言葉を最後に、ふらりと。
鈴ちゃんは倒れる。
「え、ちょ……なんで!?」
これまで余裕を持った態度を崩さなった鈴ちゃんの、突然の変調。
(まさか……無理を? あの態度も全部、演技で……!?)
「それじゃあ栄えある勇者たちの入場だ! 諸君、盛大な拍手で盛り上げてくれたまえ!」
ステージに、扉がいくつも出現した。
そこから、幾人もの少女たちが……。
「お前たち、生きて明日を掴みたいかっ! 答えなんて聞くまでもない。掴みたいからここにいる!」
「転生令嬢デスゲーム、本選開幕だっ!」
「生き残るのはただひとり! ここからが本当のデスゲームってやつだよ、諸君」
転生令嬢デスゲーム:悪役令嬢にTS転移したクソゲーマーは「今からみなさんに殺し合いをしてもらいます」と言われたのでとりあえず無双する 紅藍 @akaai5555
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