#14:変調
『ジャンケンの結果が出ました』
『鐘楼院緑青、敗北。衣服を1枚脱いでください』
『ジャンケンの結果が出ました』
『鐘楼院緑青、敗北。衣服を1枚脱いでください』
そこから先の展開は、もはやわざわざ記述する必要すらないだろう。脱落レースで頭ひとつ飛び出した緑青お嬢様を、プレイヤーが狙わない理由はない。さらに、緑青の手番の後は猪島のターン。そして、彼のターンが終わると7人のプレイヤーの手番は一巡し、アリスの番へ戻ってくる。
くしくも、チームを組んだアリスと猪島の手番は連続していたわけだ。それ自体は、手番が公開されていなかったインターバルの時点では分からなかったのでアリスの想定外の状況ではあったが……。ふたりの手番に開きがあれば柔軟に戦況の変化に対応できる一方、これはこれで、連続攻撃というプレッシャーを最大限印象付ける効果を期待できる。
「本当に緑青さんを連続攻撃する流れでよかったのかい?」
「どういう意味だ?」
猪島はアリスに尋ねる。
「このゲーム、プレイヤーを集中攻撃すれば簡単に脱落させられるけど……。そうすること自体にあまり意味のあるルールじゃないよね。最終的にぼくたちが残っていればいいわけだし、相手の手番になってもできることはジャンケンだけだし」
「そうだな」
よほど手強く何をするか分からない相手でもない限り、集中攻撃による早期の脱落に旨味がないのもこのゲームだ。それこそ渚のように、盤外戦術でゲームを荒そうとするプレイヤーを潰すくらいしか意味はない。その点から見れば、緑青は別段、集中攻撃のメリットがあるタイプのプレイヤーとは言えない。
「鈴ちゃんをふたり掛かりで倒した方が良かったんじゃない?」
「いや……むしろあいつを倒すためにこそ、緑青を潰した方がいい」
「と、いうと?」
「緑青が消えれば、メガネも必然的に鈴ちゃんへ攻撃せざるを得ない。組んでいる俺たちよりかは、まだ可能性のある相手だからな」
ちなみにアリスと猪島が組んでいることは既に明白となっている。状況証拠的に分かるというだけでなく、猪島の手番の際、アリスが緑青を攻撃するよう指示を出し猪島がそれに応じているからだ。
「緑青を潰す過程で鈴ちゃんとメガネが消耗してくれる可能性もある。今はこれでいい。ま、どのみちこの状況も長くは続かないだろうが……」
「え?」
意味深なアリスの台詞も、4連続の敗北を期した緑青の耳には遠かった。
「なん、で……」
「ジャンケンとは恐ろしいゲームだねえ。ただの運ゲーなのに負けるときはとことん負ける」
ラブリィが知ったような口を利く。
「それじゃルールだ。いっちょ脱衣、行ってみよう!」
「…………」
緑青の衣服は既に3枚はぎ取られている。先ほどのメガネとの連戦でブレザーとネクタイを失い、猪島との勝負でブラウスをはぎ取られた。ここでスカートまで脱がされればれむのゲーム開始時と大差ない格好に落ち着いてしまう。
震える手を動かして、緑青はブラジャーのストラップに手をかけた。
「ん?」
ラブリィが首をかしげる。
「そっちから脱ぐの?」
「脱ぐ順番に決まりはありませんわよね?」
「そうなんだけど、妙な順番だなって。まあいいけど」
脱ぐ順番。
れむが最初から下着姿であり、渚がジャンケン以外で脱衣し脱落したためにここまでさして意識もしなかった問題が、プレイヤーの間で持ち上がる。
「確かに。靴下をそこまで守る理由もないもんね」
猪島は呟く。これまですべてのプレイヤーがひとまず最初に脱いだのがブレザーである。これは部屋全体が少し暑いから妥当な選択として、そこから何を脱ぐか。
「ネクタイや靴下は露出度を大きく変化させる衣服でもないし、ひとまずそこら辺から脱ぐものだと思うが…………」
アリスはそこで、じっと緑青が死守したスカートに目をやる。
「さっさとしろ」
一方のメガネは脱衣の順番などまるで意に介さないようだ。
「最終的に全員、丸裸になるんだ。順番など意味がない。お前らもれむほどじゃないが女と来たら脱がさせずにはいられない性分なんだろう。だから脱衣の順番なんてクソどうでもいいことで揉める」
「別に揉めてはいないよ。気になるだけ」
猪島の指摘もメガネは鼻で笑う。
「さて、次はあの老害の番か」
その老害――鈴ちゃんはまたしてもソファで眠りこけていた。しかし騒ぎに気付いたのかゆっくりと体を起こす。
「ようやくわしの番かの。歳をとると堪え性がなくて、待つのも億劫になるから寝てしまうわい」
「ボケ老人が。死んだ後も若手に迷惑をかけるな」
「この中では、わしに次いでおぬしが年上だと思うがの。精々30過ぎたばかりのサラリーマンじゃろう。仕事は……ふむ、零細の出版社でおぬしは不満だらけというところか」
「…………!」
さらっと鈴ちゃんは言ったが、その情報は開示されていない。年齢については態度などからある程度推し量り、緑青たちは自分たちよりメガネが年上で社会人としての経験がありそうだと踏んでいたが……。詳しい仕事内容、そして職務に彼が不満を持っていることなど知りようがないはずだ。彼はここまで、自分のパーソナルな情報をほとんど明かしていないからだ。
「おいゲームマスター!」
「なんだい?」
メガネは焦ったようにラブリィに問い質す。彼女はここまでの緑青連続攻撃が順当な展開過ぎたのか、プレイヤーの動向に目を光らせながらもダイニングでタブレットを操作していた。完全に片手間である。
「お前……私の情報をやつに流したのか?」
「情報? ああ、君が零細出版社に勤めてアマチュア作家の趣味を搾取することで生計を立てているくせに、Web小説全般を見下していてそれがこじれて若者全般を蔑視していることかい?」
全部言った。
「坊主憎けりゃとは言うけれど、たかがアラサーの君がどういう立場で若者を見下すんだろうねえ。大半の人間からすれば君はまだ若いよ。それともあれかい? 自分は真面目に勉強してそこそこいい大学を出たのにやりがいのない仕事について、一方アマチュア作家は適当に書いた小説を書籍化して満足感を得ているという現状に鬱憤が溜まっているのかな?」
もう本当に全部言う。
「人生はデスゲームだぜ?」
ラブリィはタブレットを放り投げる。電子機器に対して随分雑な扱いだが、タブレットは空中で煙のように消える。
「突然母親の腹からおぎゃあと生まれてゲームスタートだ。後は自分で考えろ! 最終目標も、そこまで進む道も。誰かの攻略法を真似するもよし、自分なりに進むもよしだ。君は一番確度の高い攻略情報通りにゲームをプレイした。それは妥当なものだっただろう。でも君は気づかなったのさ。その攻略情報には常に、確率表記があることを。人生というゲームはあるアクションに必ず特定のリターンがあるタイプのゲームじゃない。ゲームは0からFの名を持つ神に管理されている」
「何が言いたい?」
「鈍いな。みっともないって言ってんだよ。人生はデスゲームだ。デスゲームは不条理だ。つまり人生は不条理だ。ままならないことだってたくさんある。全部が全部プレイヤーの責任じゃない。でもね、プレイヤーは君ひとりじゃないんだぜ? 人生は総プレイ人口70億を超える一大コンテンツだ。君ひとりが稀代のクソゲーをプレイする刑罰に処されているような態度を取るなよ。若者を見下せるくらいに大人ならなおさらな」
どうして突然、ラブリィが長広舌を発したのか、緑青には分からない。ただ彼女が弁舌を振るい、メガネを攻撃したことでどことなく精神的に気楽になった。腰から上は全裸という恥ずかしい格好だが、それでも緑青の戦意は未だくじけていない。
(メガネさんの態度を見る限り、ラブリィさんの話は本当のようですわ。つまり彼女はメガネさんの個人情報を晒すという、ゲームマスターとしてはかなり踏み込んだ態度を取っている。その理由は分かりませんけど……)
それを言い出すならプレイヤーの個人情報を必ずしもゲームマスターが守る必要はないのだが……。それに他の人物ならともかく、このラブリィが暴露したのなら「なんか知らんけど気まぐれ起こしたのかな」くらいの感じである。
いずれにせよ、メガネの攻撃から始まった緑青不利の展開は、思わぬラブリィの攻撃ならぬ口撃によってその勢いがくじけつつあった。
「人生はデスゲームか。僕が思うにどちらかといえばクソゲーな――」
「それじゃ次は鈴ちゃんくんの番だ! 行ってみよう!」
アリスの言葉を遮るようにラブリィがゲームを進める。
「かまをかけただけのつもりが、ずいぶんおぬしの地雷を踏んだようじゃな。失敬失敬。いやこの場合『顔真っ赤』とか言うのかの?」
「それネットスラングとしても古いですわ……」
しかし、緑青の苦難はまだ終わっていない。
(ラブリィさんの茶々が入りましたけど、わたくしを集中攻撃しようという流れが変わったわけではない。ここはどうにか勝たないと……)
だが。
ここで鈴ちゃんが選んだ行動は、緑青の予測を外れるものだった。
「では、かまかけついでに……。おぬしをそろそろ攻撃するかの、メガネ社畜どの」
彼女が立ち上がると、髪に結ばれた鈴飾りが音を立てる。
まさかの。鈴ちゃん、緑青への集中攻撃を放棄。
狙うは未だ無傷のプレイヤー、メガネだった。
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