#13:恐ろしき一敗

「それでは自己紹介をどうぞ!」

「わ、わたくしは……」


 ラブリィに促されるまま、メガネに指名されたお嬢様は前に出る。


(まずいことになりましたわ……)


 さすがに2名の脱落者を出し、ゲームに乗り気ではなかったお嬢様も本格的に頭を回している。いや、彼女は最初からきちんと考えてゲームに臨んではいたが、いかんせんロールプレイに注意が向きすぎて表向きはのほほんとしているように見えてしまっていただけだ。


(やはりわたくしが狙われますか……。メガネさんが直情的に動いてくれれば助かったのですけど)


 アリスと猪島、渚と鈴ちゃんが寝室にしけこんだときはその真意に気づいていないような素振りをしていたお嬢様だが、さすがにもう察しはついていた。アリスと猪島は組んでいる。公言こそしていないが明白だ。つまり、アリスか猪島のどちらかに攻撃を仕掛ければ、報復としてその2名からの反撃が来る可能性がある。アリスは既に一枚を脱衣しており、この膠着した状態では狙い目に見えるが、猪島と足並みをそろえて反撃される可能性がある以上、避けるしかない。猪島を狙うのも同様に避ける。


 ならばメガネが選択する候補は鈴ちゃんとお嬢様のどちらかだ。これで鈴ちゃんが渚とくんずほぐれずした折に1枚でも脱いでくれていれば、まだお嬢様も楽ができたが……。アリスと違い誰とも組んではいないが、鈴ちゃんは底が知れなさすぎる。あくまで運ゲーのジャンケン、実際に鈴ちゃんはあっさり負けている。それでも積極的に戦いを仕掛けたい相手ではない。


 まだ各プレイヤーの残機は衣服1枚分の差しかない。ならば感情的に仕掛けにくい鈴ちゃんを狙うより、お嬢様を狙った方が気楽である。あまり合理的でないように思える選択だが、感情的な負荷が少ないというのは選択を取る上で重要なファクターだ。これから先、このようなストレスのかかる選択は幾度も訪れる。今から疲れては肝心の場面で判断ミスをしかねない。


「おいおい、自己紹介だよ自己紹介。君のお名前はワッチュユアネーム?」

「え、あ……ああ、名前、でしたわね」


 お嬢様は気を取り直し、胸を張ってふんぞり返る。


「一度しか言いませんから、魂に刻んで忘れないようにすることですわ。わたくしは鐘楼院しょうろういん緑青ろくしょう! 陰の名門、鐘楼院家の血族、そのひとりですわ!」


「鐘楼院?」

 アリスが眉を寄せる。猪島が彼に尋ねた。

「知っているのかい、アリスくん!」

「いや知らないな。陰の名門ってなんだ? 名門は公になってないと名門じゃないのでは?」


 アリスの正論に猪島が肩を落とす。その様子を見ながらによによと鈴ちゃんは緩んだ笑みを向けていた。


「陰の名門って。君、映画の見すぎだろう? そのうち赤い薬を飲めば真実が分かるとか言い出すんじゃないか?」

「名作ほど陰謀論に使われやすいという話はどうでもいいですの。所詮、あなたたちとわたくしの住む世界は違うのですから。むしろ知らなくて当然でしょう?」


 メガネが鼻で笑う。

「相手が知っていれば、その知識を広める伝道師としての自分が肯定される。知らなければ、一般人が知らないことを知っている覚者としての自分が肯定される。まんまカルトの手口だな」

「それこそ価値観の……いえ世界観の違いというやつですわ。ま、わたくしの知る世界でも陰謀論は一大ブームですけども。なまじ嘘のような本当の世界を生きるからこそ、その中にある本当の嘘に足をすくわれるのが辛いところですわ」


(……自分でも何を言っているのか分からなくなってきましたわ)

 お嬢様――緑青ろくしょうは頭を抱える。

(自分を偽るという意味ではお嬢様口調もあながち的外れではなかったのですけど……。そもそもわたくしを知っている人間がいるはずもない空間で自分を隠す必要なんてありませんでしたわ! 仮に勘付かれても知らぬ存ぜぬでごり押しすればよかった!)


「ともかく、勝負でしょう? 断れないルールを抜きにしても、わたくしが勝負から逃げることはありません。受けて立ちましょう」

「御託はいい。さっさとしろ。


 メガネと緑青。相対するプレイヤーが並び立つ。


「ださなきゃ負けよ!」

「じゃんけんぽん!」


 メガネはグー。

 そして。


「…………」


 緑青はチョキだった。


『ジャンケンの結果が出ました』

『鐘楼院緑青、敗北。衣服を1枚脱いでください』


「…………」

「威勢のいいこと言うと負けたとき引っ込みがつかなくなるから止めた方がいいよ?」

「まだ勝負は始まったばかりですわ!」


 とち狂ったデスゲームマニアに真っ当なことを言われながら、緑青は乱暴にブレザーを脱ぐ。


「次はくしくもわたくしの番ですわ! 指名するのは当然、あなたですこの傲慢メガネ!」

「お嬢様口調の娘っ子より傲慢なやつがいるというのも変な話だの」


 鈴ちゃんの茶々を無視して、再びメガネと緑青のマッチングが起きる。


「しかし随分あっさり相手を決めたね、あのお嬢様」

 猪島が隣のアリスに小声で話しかける。

「負けて悔しいのは分かるけど、そんな簡単に決めていいのかな」

「脳みそがカニ味噌なんだろう。沢蟹のクソ不味いやつ」

「沢蟹は美味しいよ? 味噌汁に入れると最高なんだ」


 アリスたちの無駄話を耳にした緑青は当然怒る……かと思いきや。

 むしろその逆で、自分の作戦がハマっていることに安堵していた。


(ぶっちゃけ、さっきの戦いの結果はどうでもいいですわ。そもそもジャンケンなんて運ゲーですし)


 緑青が真に考え抜き、突破しようとしている正念場はむしろここだった。


(メガネさんがわたくしを指名した理由は簡単。わたくしが浮いた駒だから。アリスさんや猪島さんのように組んでいるわけでもなく、鈴ちゃんさんのように底知れない恐ろしさもない。消去法的に狙われる存在。このゲームでは一番座りたくない席に、今わたくしは座らされようとしている)


 緑青の推測は妥当である。このゲーム、れむのケースのようにあからさまに「狙うべき」相手というのは、早々現れるものではない。ゲーム開始すぐの、プレイヤー同士の残機たる衣服枚数が拮抗している現状ではなおのこと。そうなると指名する相手を決めるのは、「狙うべき」要素よりも「狙うべきでない」あるいは「狙いたくない」要素の積み重ねで決まる。そして緑青には今、その要素が不足している。


(しかしそれは、メガネさんも同じ)


 条件はメガネと緑青でイーブンだ。本来ならここでメガネを二敗させ、狙うべき相手へ落とすのが望ましいが、そこまで高望みはしない。


(せめて同等。わたくしとメガネさんが同じ条件になる必要がありますわ。その上で、あくまでこの勝負はわたくしと彼との一騎打ちだと印象付ける)


 その間に、アリスと猪島には鈴ちゃんを相手にしてもらいたいというのが緑青の狙いだ。だから直情的な素振りでメガネに攻撃を仕掛けた。緑青VSメガネという構図ができれば、そこで互いに消耗するのをアリスたちは待てばいいのだから、厄介な鈴ちゃんを2人掛かりで仕留めに行くことができる。


(もっとも、これは戦略とも呼べない希望的観測の寄せ集めですけども)


 しかしどのみち、緑青にはメガネ以外を攻撃する理由がない。アリスと猪島は無論、鈴ちゃんも攻撃は危険だ。どのみち負ければ自分は2枚の脱衣で他より先んじてしまう。ならば状況が動くまでは、メガネと同じ条件で居続けることで、せめて集中攻撃の可能性を減らすようにするしかない。


(でもここで負ければ……)


 それが最悪のケース。2枚脱衣の上、狙いやすい相手と思われ、ここから次の自分の番まで集中攻撃を浴びる。そうなれば次に落ちるのは自分だ。


(仮に集中攻撃に耐えても、それでどうにかなることはない……!)


 自分の手番、といえば聞こえはいい。しかしできることは相手の指名だけで、結局やることはジャンケン。負ければやはり脱衣である。実のところこのゲーム、一度状況が悪化すればほぼ挽回の機会はない。ゆえにアリスのようにその悪化を未然に防ぐ手を打つか、渚のようにジャンケンと無関係な番外戦術を使うのが鉄板だ。


 そしてその番外戦術を、緑青はしなかったわけではないのだが……。


(鈴ちゃんさんのせいで破綻しましたわ。いえ……最初からあってないようなもの、彼女を責めるのは筋違いですわね)


 ちらりと見た先は、テーブルの上に置かれたアイスティー。ついぞラブリィ以外手を付ける暇のなかった代物だ。


(負けるわけにはいかない。その上、あれもバレるわけには……)


 気づけば緑青はぎゅっと、スカートの裾を掴んでいた。まるでめくられるのを恐れる子どものように。


「行きますわよ! ださなきゃ負けよ!」

「じゃんけんぽん」


 その結果は……。


『ジャンケンの結果が出ました』

『鐘楼院緑青、敗北。衣服を1枚脱いでください』

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