#31:悪即斬

「人生は選択の連続だ」

 唐突なラブリィのナレーションである。


「人生がクソゲーか否か、デスゲームか否かという議論を抜きにしても、だ。デスゲームは多くのプレイヤーの選択で成り立つ。同様に、人生もまた多くの人たちの選択で成り立っている。選択の結果が必ず最良になるとは限らないけれど、選択しないやつに最良の結果は訪れない」


 緑青の選択。

 猪島の提案に乗り、八百長に応じた。騙すも騙されるもありうる八百長に、彼はただ率直に乗った。

 その結果は。


『ジャンケンの結果が出ました』

『猪島、敗北。衣服を1枚脱いでください』


 猪島は宣言通りの手を出した。緑青も宣言通りの手を出し、予定された通りの決着。

「まさか……」

 緑青はさすがに、やや驚いていた。

「まさか本当に、八百長に応じるとは思ってもみませんでしたわ」


 8割強の確率で、猪島は自分を出し抜こうとしているのではと思っていた。猪島がそういうずる賢い人間だと思ったのではない。誰だってこのタイミングなら、相手を出し抜こうと考える。ごく自然に、ごく普通に。


 だから緑青もごく平凡に、思った。猪島が自分を裏切るだろうと。

 だが。


「ぼくの方が意外に思ったよ」

 淡々とスカートを脱ぎながら、猪島が答える。

「最悪のケースは、ぼくが予定通りの手を出し、緑青さんが違う手を出して負けることだ」


 予定では猪島グー、緑青パーであった。ここで仮に緑青がチョキを出していた場合……。


「緑青さんがそういう負け方をすれば、状況が混迷する。鈴ちゃん集中攻撃より、君への集中攻撃の方が優先されかねない。だから八百長に乗ってくれて助かった」


(……まあ、アリスさんがわたくしを落とすのを優先する可能性が出ますものね。足並みをそろえるためには八百長の成立が必須ではありましたが)


 とはいえ。

 とはいえだ。


(一定の合理性があったとして、自分の命が際どいこの状況でわざと負けるなんて……)

 贖罪のつもりだろうか。殺人を犯した自分が生き残るのではなく、他のふたりを生き残らせるための?

 いや。

 猪島の行動は、少なくとも勝利を目的にしたものだ。そうには違いない。


「人間って割り切れない生き物だよねえ」

 ラブリィが笑う。

「殺人犯がまるで人格者のような振る舞いをする。一方、罪なんて犯さず生きてきた人が醜く蹴落とし合う」

「それが人間の本性だと言いたいのか?」


 腕を組んで憮然としたアリスが尋ねる。

「違うよ。言っただろう? デスゲームで人間の本性は暴かれないさ。暴かれるのはデスゲームという極限の環境で人が見せる姿だけ」

 ある環境に置けば、その環境に応じる人の姿が見える。

「スタジアムの観客席でゴミ拾いをするサッカーファンの姿は人間の本性か? ハロウィンに渋谷の交差点で馬鹿騒ぎする若者は人間の本性か? 違うだろう? ゴミ拾いファンはスタジアムの人間模様で、スクランブル交差点のお祭りはそういう文化さ。どっちもそのときの、その場の人々の言動というだけのこと。本性なんてものじゃないさ」


 人間という生き物は、だから割り切れない。


「トマス・モアが人間たちの安堵の地としてユートピアを夢想したにも関わらずその世界に奴隷がいたように! スーパーヒーローの写真をアイコンにしながら特撮ファンがSNSで差別を振りまくように! 人という生き物は尋常一様じゃないのさ。私が見る人間と、君たちが見る人間は決して同様ではない。それは私と君たちの間にある、存在としての絶対的断絶だけが理由で起きることじゃない。私には私の人間観があり、君たちには君たちの人間観があり、そして――――」


 ラブリィはを見た。


「みんなにはみんなの人間観がね」

「誰に何を言っておるのかのお」

「さあね」


 鈴ちゃんの疑問をスルーして、ラブリィがゲームを仕切る。


「最強の人間観バトルも一興だが、今は大事なデスゲームの最中! 次の手番は猪島くんだ」

「ぼくは鈴ちゃんを攻撃する」


 八百長で負けておいて、ここで作戦を実行しない人間はいない。人間観はそれぞれと言っても、さすがにそれは……。


「まあ、こればかりはどうにもならんの」

 鈴ちゃんは集中攻撃の戦端が開かれてもなお、余裕を持っていた。

「今までが調子よすぎたからの。そろそろ揺り戻しが来る頃じゃ」

「…………」


 神妙な面持ちで鈴ちゃんを見ていた緑青に気づいたのか、彼女は肩をすくめた。


「先に言っておくが、おぬしは猪島殿の提案に乗ってもよいのじゃぞ」

「それは……」

「共謀はわしから言い始めたことじゃし。そもそもあのタイミングでは、おぬしに断る権利もなかったでの。わしを攻撃したところで裏切りとは言えまい」

「いえ、それでも裏切りでしょう」


 緑青が反駁する。


「わたくしはわたくしの意志で共謀を受け入れたのです。そしてわたくしの意志で今、あなたを攻撃する作戦に乗ろうとしている」

「自分の意志、のお……。それが一番、面妖なものじゃ」


 鈴ちゃんは一歩を踏み出す。

「自分の意志で何かをしている。自分の意志で選択した。人はそう思いたがるがの、実際、自分の意志で何かを選ぶ機会など、そう多くはないでの」


 鈴ちゃんが言わんとしていることは、緑青も理解できる。

 自分の意志というのなら、間違いなく緑青は自分で選択した。これまでのゲームにおけるあらゆる選択は、自分で決めたものだ。

 しかし。

 ちゃぶ台を返すようなことを言えば、そもそもデスゲームに参加すること自体はまったく彼の意志ではない。


 成り行きの強制という砂上に築かれた自発意志の楼閣に、果たしてどれほどの強度があるか。それを城郭と呼ぶだけの堅固さはあるのか。


「それでも、ぼくたちはできることをするだけだ」

 猪島が緑青に代わり、答える。

最善ベストは選べない。最良ベターとも言い難い。だけど最悪ワーストは避ける。そんな道を選ぶことだけはできる」

「そう気負うでない。ままならぬが人生じゃ。どうしようもないことは『人生ってクソだな』と唾を吐いて、一日寝たら次に行くくらいの心持が丁度良い」


 勝負開始マッチアップ

 猪島VS鈴ちゃんのジャンケン勝負。


「ださなきゃ負けよ!」

「じゃんけんぽん」


『ジャンケンの結果が出ました』

『鈴ちゃん、敗北。衣服を1枚脱いでください』


「人生ってクソじゃな」

「揺り戻し云々と達観したことを言っていた御仁の台詞ではありませんわね」

「というかようやく残機6枚なのに悪態吐かないでくれよ……。既にほぼ裸のぼくたちがいたたまれないじゃないか」


 お年寄りの癇癪は緑青と猪島に流された。


「すまんすまん。負けず嫌いが昔からの悪癖での。これで何度も孫に文句を言われたわい」

 鈴ちゃんはネクタイを解いた。


「ほれ、次はおぬしの番じゃ、アリス殿」

「…………ああ」


 アリスが動く。


(どうするつもりですかね)

 緑青は様子を伺った。


(口では乗ったようなことを言っていましたけれど……。ただ、猪島さんが身銭を切って土台を作り、さらに鈴ちゃんさんに勝つことで流れも掴みましたわ。わたくしは放置で問題ない自滅圏内ですし、ここは……)


「俺は」


 アリスは、奇策を打つ。


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