エピローグ

闘姫と堕ちた魔王の再起動

 翌日の早朝。世間は混乱し、エレフアレー大陸に激震が走っていた。


『――と、このようにアレス=クロウリー氏は魔闘大会の裏で賭博を開き……』


 大陸中に設置されている空中スクリーンには、途切れなく報道が繰り返されている。


 内容は、アレス=クロウリーの逮捕と彼が行ってきた悪事について。当初、民衆は誰一人信じる者は居なかった。

 しかし、決定的な証拠が流れたのだ。


『明らかな八百長の現場、バッチリ撮られちゃってるな』

『……チッ』

『一体いくらの金をつぎ込んだと、思っているッ』

『……八百長の金は殆どこれに使ってたのか』


 公園で起きた出来事の全てが、録画されていた。

 映像の投稿者は……週刊アルケミストに所属している記者の男、クープ。


 フルネームを、クープ=コメタリー。


 街の路地裏で空中スクリーンを見上げていたライズに、声が掛けられた。


「全部片付いたな、坊主」

「……おっさん」


 クープがニヒルに笑い、タバコを吹かしている。


「危ない橋を渡らして悪かったな、おっさん。……でも、あんたってコメタリーだったんだな。策を聞いた時、驚いたぞ」


「おう、言ってなかったか。ま、コメタリー一族の仕事ほっぽって記者やってる落ちこぼれだがな」

「もしかして、前に言ってたあんたの子供ってキョウ=コメタリー?」

「正解だ」

「似てねぇな」

「ほっとけ」


 コメタリー一族が持つ《複製》の固有属性。クープも例外なくその属性を持っていたので、少し離れた所から公園の激闘を観測し、機械に映像を残せたという事だ。


「公園が半壊した時ゃ、隠れてた俺も巻き込まれて死ぬと思ったが……そのかいあったってもんだな」


 タバコの火を消したクープは「ざまぁみろ」と、スクリーンに映るアレスを嘲笑った。


「つーか、お前さん。どうやって戻って来たんだ? 最後の方、なんか飛んでったろ。それに《吸収》までやってたし……まさか魔力器官オーラガンが直ったのか?」


 少し嬉しそうに言うクープだが、それには首を横に振って答えた。


「確かに一瞬戻ったけどさ。……また壊れちった」


 ライズは《爆発》を吸収し、空の彼方に飛んだ事を思い返して説明する。


 あの時、確かに自分の体は爆発四散した。だが、アレスから奪った『賢者の石』の効果なのか、墜落中に肉体が再生していったのだ。


 身体の再生が終わったところで、賢者の石は跡形もなく砕け散ってしまった。そのせいで魔力器官までは再生されていない。


 墜落死する間際に、ユウが氷の柱などを何重にも造ってくれたおかげで傷だらけになりながらもなんとか助かったという経緯があった。


「そうか……惜しいと思わねぇのか? また魔闘術が使えるようになったんだ。もし望むならアレスの野郎が何処から『賢者の石』を調達していたのか調べて――」


 クープの気持ちは有り難いが、手を振って否定する。


「いいさ。前の俺なら血眼になってまで探すだろうが……、今は、もういいんだ」


 もう己がやるべきことは精一杯やった、と。ライズは満足している。

 同時に、失ったこともあった。


「それで? 坊主はこれからどうするんだ」


 クープの目線は、ライズが持っているリュックに向けられている。最低限の衣服や食料などが詰めてあり、まるで遠出をするような格好だった。


「俺がコボシにいる理由も無くなっちまったし、旅に出ようかなって」


 復讐を望みながらも、行動を起こさず尻込みしていた自分を見守り、受け止めてくれたユウ。

 強くなって優勝し、ライズとフォルティのためにと大願成就を果たしたアイノ。


 あの空間は居心地が良かった。

 だが、アレスを打倒し、アイノを優勝させる程に育てた今、もはや魔闘塾・コボシに居る理由は無い。目的はことごとく達成したのだ。


「嬢ちゃんたちには言ってあるのか?」

「……いや」


 一言くらい「さよなら」を告げれば良かったか、と今更ながらの後悔に襲われる。

 クープは呆れたようにキャスケット帽を被り直し、去って行く。


「魔王ライズ=フォールズの生意気さや慢心は消えたようだが、代わりに鈍感属性が付与された、と」

「おい、なんか変な記事を書くつもりじゃねーよな」


 メモを片手にクープは「さぁな」と言って人混みに紛れていった。


 ライズも路地裏から移動し、街から遠ざかる。


「……この公園も見納めか」


 アンフィテアトルムが見える、お馴染みの公園。激闘の傷は癒えておらず、工事のために立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。


 早朝のためか、閑散としている。最後に立ち寄っていこうかと、足を向けた時。



「ライズ」「ライズ先生」


 平坦だが、ぞっとするほどの冷たい声音。

 この背筋が凍りそうな絶対零度の雰囲気は、よく知っている。


 額に脂汗を浮かべ、恐る恐る、ライズは振り向いた。


 能面のように無表情を張り付かせた、ユウとアイノ。その横では気の毒そうにライズを見ているステラがいた。


 ライズは固唾を飲み込み、笑顔を引き攣らせて言う。


「き、奇遇、だなぁ」

「「……」」

「とりあえず謝った方がいいんじゃないかな?」


 ステラが苦笑いでそう言うが、ライズは首を傾げた。


「なんで謝るんだ?」

「そりゃ――」


 ステラが答えようとする。そこに、ユウとアイノがズンッ、とライズの方へ一歩踏みしめて黙らせた。


「何も言わずにっ、出て行こうとしたこと!」

「勝手に私の先生を辞めようとしたこと!」

「謝ってっ!」

「くださいっ!」


 鬼気迫る勢いで顔を近づかせてくる二人に、思わず仰け反る。


「だ、黙って行こうとしたのは……悪かった。それと、アイノ。もうお前に教えることは無いんだ。だから俺はもうお前の先生じゃ――」

「まだです!」


 彼女の大声にビクリと肩を揺らしたライズ。


「まだ、私はライズ先生に教わりたいことがたくさんあります」

「つっても、先生ならユウが」

「もちろんユウさんにも教わります。それとは別に、ライズ先生じゃなきゃダメな事だってあるんですよ」

「俺じゃなきゃ? 例えばなんだよ」

「それは、その……精神的というか、心の問題というか、こ、こい――んぅっ」


 怪訝に聞くと、アイノは頬を桜に染めて口籠もってしまった。ステラがそんな彼女に「やれやれ」と肩を竦める。


「ま、アイノ先輩のソレはともかく。貴方にどっか行かれちゃ困るんだよ。だって、ボクも魔闘塾・コボシに入ることにしたんだからさ。ボクにも教えてよ、ライズ先生の技術」


 ステラの言葉に目を見開き、ユウに顔を向ける。


「そういうこと。生徒が増えるってのに、肝心の先生が減ってどうするのよ」

「えー、ユウ先生ってば。さっきまで寂しそうにしてたくせに、なに気取っちゃってん――」

「凍らすわよ」


 ステラを氷像にしたユウが、ほんのり顔を朱くしてぼそりと言った。


「……アンタに出て行かれたら、一人寂しく暮らすことになるじゃない。今朝みたいにご飯を一人分多く作っちゃって余らせるの、嫌だし。……だから、一緒にいなさいよ」


 告白ともとれる言葉に、ライズが動揺していると、


「大丈夫ですよ、ユウさん。私とステラちゃんが毎日楽しく騒ぐので寂しい思いはさせませんから」

「アンタら次の指導の時、覚悟しなさい」

「ちょっ、なんでボクまで!?」


 姦しい三人を前に、ライズは笑みを溢した。


「そっか。俺にはまだ、やるべきことがあったのか」


 ならば、とことんやってやろう。

 何があっても諦めず、精一杯。七転び八起きの想いで。


「ほら、行きましょう。ライズ」

「ビシビシご指導よろしくお願いします、ライズ先生!」

「ボクってば、入塾するの早まったかなぁ……」


 ライズは、彼女たちが伸ばしている手を掴んだ。


 自らの家、魔闘塾・コボシへ帰るために。

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闘姫と堕ちた魔王の再起動《リスタート》 サトミハツカ @satomi20k

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