第29話

『き、き、決まった――――ッ! 第五十回・魔闘大会を制したのは、アイノ=キャンディ選手ですッ! 強大な魔闘術を持つ相手に、アイノ選手は自らの拳でッ、肉体でッ、打ち勝ったぁッ! 姫のように可憐な姿でありながら、優勝まで戦い抜いたアイノ選手は、まさに『闘姫』と呼ぶに相応しいウィザードといえるでしょうッ!』


 歓声や拍手が鳴り響き、アリーナに立ち尽くしているアイノへ賞賛が送られている。


 ざわめきで目を覚ましたステラに肩を貸しながら、アイノは笑顔で手を振り返す。


『栄えある優勝に、アイノ選手へはトロフィーが贈られ……え? アレス様がいない?』


 突然転がり込むように来たスタッフが、キョウになにやら耳打ちをしている。


『困りましたね。トロフィー授与がまだ残っているのに……誰か代わりというのも』


 その時、


「じゃ、俺が代わりにやってもいいか?」


 アイノが、ハッとした表情で入場口に顔を向けた。

 そこには、


「おう、互いに約束を守れたようだな。っ痛てて」

「ほら、あまり動かないの。傷が開くわよ」


 ライズが、ユウに支えられながら立っていた。


『え? あなた方は一体――ってそちらは数年前の優勝者であるユウ=ラトス選手じゃないですかッ。……よく見ればあなたも何処かで』


「まあまあ。とりあえずコレ持ってくぜ?」

『あっ、ちょっと!』

「ごめんなさいね、事情はまたあとで」


 実況席からトロフィーを持って、ライズとユウがやってくる。


「せ、先生……すごくボロボロじゃないですか」

「それはお前もだろ」


 ライズは苦笑を浮かべると、ユウに「もう大丈夫だから」と言ってアイノの目の前まで来た。


「アイノ」

「はい」


 ライズと目が合う。ここまでしっかりと見つめ返すのは、初めてのことじゃないかとアイノは内心でドキドキしていた。


「よく頑張ったな。優勝、おめでとう」

「は、っい」


 普段通りに返事したはずなのに。声が震えていた。


「お前は間違いなく、強いウィザードだ。この場にいる誰よりも、な」


 内から溢れ出る感情を抑えられない。


「そんなお前は……アイノ=キャンディは、俺の誇りある教え子だ」


 トロフィーが差し出された。アイノは受け取ろうと手を伸ばし……ライズを抱きしめた。


「痛いっ!?」「痛えっ!?」

 金髪の女子を落としたような気がしたが、アイノは構わずトロフィーをライズごと抱きしめる。


「あ、アイノ、あまり強くは……いてて」

「ご、ごめんなさい」


 抱擁を緩め、アイノはトロフィーを両手に持った。


「……先生。私、まだやることがあるんです」

「あぁ。ちゃんと見届けさせてもらう」


 アイノは頷き、アリーナの中央へと足を進める。そして、ぐるりと会場を見渡した。


「改めて自己紹介させてください。私は、アイノ=キャンディといいます」


 静かに語りはじめるアイノに、この場の全員が耳をかたむける。


「私は、生まれつき魔力の吸収が乏しく……魔力器官オーラガンに障害を持って生まれました。皆さんが【フォルティ】と呼ぶ存在です。最初は両親を恨みました。なんで私をこんな風に産んだのって、そんな愚かなことを言っていました」


 一人一人の顔を見るよう、続ける。


「並みのウィザードのように戦えない。そう絶望していました。でも、ある人のお陰で変われたんです」


 背後で見守ってくれているライズに目を向けた。


「私の先生……ライズ=フォールズのおかげで」


『……お、思い出した! あの人、かつて魔王と呼ばれていた人じゃないですか!』


 ライズの名はピンときていない様子の会場だったが、キョウの言葉で徐々に思い出す人が出てきたようだ。ガヤガヤとざわめきが大きくなる。


 そしてそれは当然のように、あの話題になっていく。


「ライズ=フォールズって確か強かったけど、決勝戦で自爆した奴だよね」

「うん。……フォルティがフォルティを育てたってこと?」


 喧騒が広がった時、


「フォルティだからとっ、見下していい存在じゃないんです!」


 アイノの声で静まった。戦闘中に起きた爆音よりも小さいはずなのに、不思議と全員の耳に届き、黙らされた。


「フォルティは劣った存在じゃありません。確かに補助の道具は要りますけど、皆さんと変わらないウィザード……人間なんです。決して、劣り、弱い存在じゃないんです」


 力強い眼差しで、アイノは想いを伝えた。


「皆さんが見下しているフォルティの私が……皆さんが馬鹿にしているライズ先生に育てられ、そして今日、優勝を勝ち取りました。皆さんは、これでも見下し続けますか? 馬鹿にし続ける事は出来ますか?」


 フォルティに良い感情を持っていないらしきウィザードたちに視線を投げた。気まずそうに目を逸らされる。


「私は証明しました。決して諦めなければ、誰でも夢は叶えられると」


 静寂の中、何人かが立ち上がり、アイノに叫んだ。


「お、俺もフォルティなんだっ。なにもかも諦めてたけど、あんたの言葉でもう一度立ち上がれそうだ! ありがとうっ」

「私も! あなたの強さに勇気をもらったっ。明日から、ううん、今日から頑張ってみるわ!」


 次々に、アイノへの呼び掛けが増える。フォルティ、ウィザード、関係なく。


「……皆さんっ」


 会場の半分にも満たない、少ない人数。だが、今はこれでいいとアイノは泣き笑いを浮かべた。


『すんばらしいッ! 今一度、大きな拍手をアイノ選手に!』


 拍手に包まれる中、アイノは振り向く。彼は柔和に微笑んでいた。


「さんきゅーな。お前の想い、しかと届いたよ」

「――はい!」


 アイノは駆け出した。


 憧れ、尊敬、恋慕。様々な感情を胸に、ライズの元へと。

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