第28話

 ステラの驚いた声が空から届く。


「……《隕石》を壊すなんて。ボクみたいに身体強化で底上げした力を振るった、わけじゃないよね?」

「前にも言いましたが、私は防御が得意なんです。そして、防御は最大の攻撃と成り得るんですよ」

「攻撃は最大の防御、じゃなくて? ……一体どうやって壊したのさ」


 アイノは地面にめり込ませた足を引き抜きながら答える。


「私は殴り壊そうとか、攻撃の為の力は一切入れてません。ただ、防御に全ての力をまわしたんです」

「でもキミは拳を上げていた。それは殴り壊したってことじゃ――いや、そうか」


 ステラはハッとした表情でポツリといった。


「キミは拳から足先、末端に全ての力をかためた。……ただ一本の〝くい〟となったんだね。あの質量を持った物体が、もの凄い速度で頑丈な杭に突っ込んだら、そりゃ壊れるか」


 息を整え、アイノは頷く。


「そう、私は決して隕石を攻撃していません。隕石が自壊したに過ぎないんですよ」

「もしかして、パフォーマンスの時に見せたから対策された感じ?」

「はい。相手の力が巨大なほど刺さる技で、防御が得意な私にピッタリだと。そう先生に教えてもらいました」


 それを聞いたステラは笑い声を上げた。楽しそうに、面白そうに。目尻に涙まで浮かべて。


「ボク以外に《隕石》をどうこう出来る人って居たんだね。……うん、《隕石》は強力だけど。やっぱりコレで戦いたいな」


 ステラは自らの掌に拳をパンッ、と打ち付けた。


「いくよッ!」


 蒼い流星が墜ちてくる。その軌道は真っ直ぐで、素直に、直線に降ってくる。

 アイノは最も得意とする構えを取った。


「スー。――三戦サンチンッ!」

「正拳ッ!」


 ステラの正拳突きが、アイノの腹部に直撃した。

 かなりの打撃だが、アイノの体は微動だにしなかった。ライズからも『防御に関しては俺以上』とお墨付きを貰っているだけあって、頑強な防御だった。


 しかし、


「…………がふっ」


 アイノは、知らず知らずのうちに血を吐き出していた。


「忘れたの?」


 拳を引いたステラが、勝ち気な笑みで見つめてくる。


「ボクの攻撃に、防御は通じないってさ」


『徹し』。ステラが得意とする、貫通技。

 どんな硬いモノでも、中身を壊してしまえば関係ないという恐ろしい攻撃。


 以前に負けた原因の技なので、アイノはもちろん警戒していた。しかし、試合開始から繰り広げられたインファイトでは使用してこなかった。故に、油断した。


 ステラはその油断を突き、今ここで的確にカードを切ったのだ。

 ぼちゃり、と。吐き出した血溜まりの中に膝をついたアイノ。


「前とは違って倒れちゃったか。ま、仕方ないよね。《流星》の力をマシマシに乗せた威力だったんだから。それで耐えられたら流石のボクも絶句だよ」


 白目を剥きそうだが、必死に耐える。これで意識を失えば、敗北の鐘が鳴ってしまう。


「……ごめんね。楽しすぎてつい加減を忘れてたよ」

「か、げんっ、ですって?」

「ん?」


 ごぷりと血を吐きながら、アイノは立ち上がろうとする。血が混じった土を握りしめ、震える足に力を入れる。


「私たちの、戦いに! 手加減なんてッ、ふざけた真似はッ!」


 アイノは荒く呼吸し、ゆらりと構え直した。そして挑発するように、指を曲げる。かつて魔王と呼ばれ、驕り高ぶっていた頃のライズを思い浮かべながら。


 それを見たステラは目を見開いた。


「……うん。そうか。そうだね。ごめん」


 先程と違う意味合いの謝罪をすると、ステラは今日で一番の微笑みを浮かべた。


「ボクは今から、キミを殺す勢いで攻撃する」


 そんな物騒な言葉に、周囲からどよめきが生まれた。


「当たればキミは死ぬ。でも、この攻撃はボクもタダじゃすまないんだ。だから、最後に立っていた方の勝ち。……正真正銘、ボクの本気を受け取ってくれるね?」


 アイノは声に出して答えない。ただ、視線で「さっさと来い」と伝えている。


「ありがとう。ボクの初めての本気、ぶつける相手がキミで本当に良かった」


 そう呟いたステラは上昇していく。


 やがて、彼女の姿が豆粒となったところで、


「――《超新星ビッグバン》」


 空に閃光が迸る。天気の良い群青の空が、深い藍色に変わっていく。水に垂らされた絵の具で染まるように。


 アイノは、空で一際強く輝いている蒼星を見上げ、身に付けているオーラリングを撫でた。


「失敗でも、成功でも、どうでもいい。……ただ私の全力を、精一杯出すだけです」


 蒼星が動いた。《隕石》とは違って、大きさは人間一人ほど。《流星》と違って、速さは目で追える。


 だが、目の前の《星》は今まで以上に脅威だと、アイノの本能が訴えかけてくる。

 着実に迫り来る蒼星から、微かに反響したような声が届く。


「これはボク自身が《星》になる技。生きている人にやるのは初めてなんだよ。……だって、当たったら塵になっちゃうんだもの。キミはどうなるのかな? その自慢の防御力で防ぐかな? それとも……」


 ステラが近づくほど、重圧に押し潰されそうになる。崩れ落ちそうな膝を支え、アイノは必殺技を放つべく構えた。


「確かに私の硬さは自慢です。ずっと私自身を守って来たんですから、得意にもなります」


 ライズと出会う前の学院生活を脳裏に浮かべながら続ける。


「でも、これからは違います! 守ってばかりじゃなくッ、前に進むためにッ、この拳を突き動かすんです!」


 防御ではなく、攻撃で迎え討つと叫んだ。すると、蒼星の速度が増したような気がした。


「……いいね。いいねいいねいいねッ! どっちが強いか、そろそろ決着付けようよッ!」

「上等ッ!」


 目を閉じ、心を落ち着かせるアイノ。

 そして、教えを思い出していく。


『――力任せにやれば良いってもんじゃない』

 足を肩幅に開き、一歩後退する。


『脚から流れるように上半身、そして肩』

 正拳突きの構えをとった。蒼星の気配はもう目前。


『腕に力を伝達させ――』

 目を開く。足下から流れる力を拳に乗せ、


「この一撃で決めますッ!」

「さぁッ、これで終わりだ!」


 全力で伸ばしきった腕。その拳の寸先に、蒼いエネルギー体があった。


「また攻撃が届いてない、よ――ッ!?」


 コボシでの戦い同様、アイノの最後の攻撃が届かなかったと思われた。だが、これで終わりじゃない。

 体内に残っている僅かな魔力。そして、オーラリングにある魔力を全て拳に乗せる。


 武の技術によって培われた突きと魔力エネルギーが噛み合い、撃鉄を起こした。紅く輝く光が拳の先から伸びていく。


「これが私の精一杯ッ、全身全霊の必殺技――魔槍ッ、ライジング!」


 光は赤黒い槍となり、稲妻のように蒼星を押し退ける。


「――ッ、グ、ウゥゥッ!」

「破ァァァァァァッ!」


 蒼と朱の拮抗。

 少しでも息を乱せば、呑まれてしまう。


「ボクはッ、絶対に……負けないッ!」

 朱槍の先が削られ、塵となった。


 そして一気に蒼色が押し寄せ、



 ――ほら、しっかりしろよ。



「――はいッ、先生!」


 何処か遠くから聞こえたような声。爆発にも思えたが、気のせいだろう。

 窮地で聞こえた幻聴。だが、お陰で気合いを入れ直せた。


 アイノは、腹の底から雄叫びをあげる。


「私だって同じ気持ちなんですッ。――絶対にッ、勝つ!」


 縮地の応用で更に強く踏み込んだ。

 朱い槍は再び光力を取り戻し、蒼を押し返していく。


 そしてそのまま、蒼は増大した朱いエネルギーに呑まれ――、


「…………ああ、今日は初めてのことばかりだったなぁ」


 蒼星は穿たれた。

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