第27話
アイノは深呼吸する。出番はもうすぐだ。ギリギリまで傍にいてくれたユウは「なにか嫌な予感がする」と言ってライズの元に戻っていった。
寂しくはない。自分の先生たちは『勝利』を信じて送り出してくれたのだから。
そんな先生たちのため、自分のため。勝利の想いを胸に宿し、アリーナへと足を踏み入れる。
『最初に入場してきたのはアイノ=キャンディ選手! 己の身一つ拳一つで勝ち上がってきたこの少女は、栄光を勝ち取ることができるのかーッ!? それともッ」
一気に重圧が押し寄せ、肌を刺すような闘気を感じた。
『このステラ=ミーティア選手が優勝をさらうのか!? 同じ学院に所属し、評価が正反対の二人。本日、どちらが強いのか決まりまーすッ!』
キョウ=コメタリーの熱い実況を余所に、ステラが余裕の笑みを湛えて話し掛けてくる。
「ね、なんか雰囲気が違うね。……いつも以上に
「何も憂いは無く、ただステラちゃんに勝つことだけを考えていますから」
「……ホント最高」
アリーナに《
互いに言葉は無く、ただ闘気を滲ませて視線をぶつける。
そして、
『試合ッ、開始です!』
アリーナの中央で轟――ッと衝撃が起きた。
アイノとステラが開始の瞬間に殴り合った音だ。発生した衝撃波でアリーナ全体がビリビリと振動している。
拳同士をぶつけたまま、ステラは犬歯を剥き出しにして笑う。
「威力も正確さも向上しているッ、あぁ――やっぱりボクのライバルはキミしかいないよ、アイノ!」
「だからッ、先輩を……呼び捨てにしちゃいけません!」
アイノは拳を戻し、斜めに蹴り上げた。ステラもまったく同じ動作で迎える。
「ボクに勝ったら先輩扱いしてあげるよ!」
「じゃあ試合後には可愛い後輩が出来るってことですね!」
「それはどうッ、かな!」
脚同士がぶつかったと思えない轟音が響いた。狙いも威力も同等、鏡合わせのような動き。同じ流派な以上、他の何かで差をつけなければ勝機は無い。
しばらく殴打が繰り返されていたが、突如ステラが大きく後退した。
「このまま楽しんでもいいけど、もっともーっと本気で殴り合いたいな!」
ステラは腰を深く落とし、陰陽の印を描くように両手を回す。
「少し、加速するよッ」
「――ッ」
蒼いオーラを四肢に纏わせたステラが、先程と比べものにならない速度で目前まで来た。
アイノは前羽の構えで迎え撃つ。両掌を前に出し、回し受けてカウンターを狙う型。だが、既にステラの拳は腕をすり抜けて顔面に突き刺さっていた。
アイノの体が吹き飛ぶ。壁に打ち付けられる前に体を翻し、手を地面に付けて減速させた。
「まだまだッ、ボクの速さに追いつけるかなぁッ!?」
ステラの体がブレ、一筋の蒼い光となって襲いくる。気付いた時には、彼女の射程距離。
動きは視えない。勘を頼りに、首を動かした。髪の先がぶちりと殴り切られ、ギリギリで避けられたと安堵した瞬間、腹部に強烈な蹴りをもらってしまった。
「うッ――カ、ハッ」
くの字に曲がった体は、今度は壁に打ち付けられ、肺の空気が一気に漏れ出る。
「ほら、どうしたのさ。言っとくけど、ボクはまだ本気じゃないよ」
追撃せず、反撃を待っている様子のステラ。
よろよろと立ち上がったアイノは、深く息を吸って吐いた。
「私だって、まだッ――本気じゃありません!」
アイノは、縮地でステラの背後に回り込んだ。しかし不意は突けなかったようだ。彼女の視線はバッチリとアイノの動きを追っていた。
繰り出されるアイノの突きは、ステラの裏拳で止められる。
「そんな攻撃は視えて――っとお!?」
余裕をかましている彼女の拳を掴み、アイノは自らの方へ引っ張った。当然ステラは反抗しようと身をよじる。
その時、ステラの体は得体の知れない力で引き寄せられるように地面へと叩きつけられた。
「……腕を上げたね」
「以前の借り、返しましたよ」
呆然と倒れ伏しているステラを追い詰めるため、アイノは寝技を掛けようとする。が、
「ふふっ、合気道……柔の技術だけで言えばボク以上だね。……でも、結局は剛でゴリ押しする方が強いんだ。それはキミの先生が証明してるでしょうッ!?」
ステラは倒れたまま足を振り抜き、地面を思い切り叩いた。地が陥没する程の衝撃で、アイノのバランスが崩れた。
その隙に、アイノの手から逃れたステラが距離を取る。
「ふぅ、危ない危ない。絞め技で意識刈り取られて負ける、なんてそんなダサい負けはゴメンだよ」
「なら、カッコイイ負け方をさせてあげます」
「遠慮するよ。だって、そもそもボクに負けは有り得ないんだから」
コキリ、と首を鳴らしたステラ。
「そっちが柔を得意とするなら、ボクはとことん剛でキミを押し潰しやるよ」
四肢に纏われているオーラが、ステラを侵食するようにジワジワと体全体を包み込んでいく。やがて彼女は薄ボンヤリとした蒼い人影となった。
「……そろそろボクの固有属性を教えてあげる。ボクはね、『星』の属性を持っているんだ」
「星、ですか?」
「そう、今もこの空の上で輝いている、お星様。前に降らせた隕石はその副産物に過ぎない。本当の力、魅せてあげるよ」
彼女の言葉が途切れた刹那、アイノは上空に打ち上げられてた。
「――なッ!?」
遅れてやってきた痛みに顔を顰めた時には、空を背にして落下を始めていた。追撃を警戒し、アリーナを見下ろすがステラはいない。一体どこにいるのかと、視線を彷徨わせる。
「どこを見てるの?」
声は背後からだった。
顔だけで振り向くと、ステラの踵落としが背中に命中する。空中では踏ん張りがきかず、重力のままに墜ちていく。
かと思えば、今度は横に吹っ飛ばされた。
延々と、アイノが空中で翻弄されている。まるで捕食者に遊ばれている獲物のよう。
空で蒼い流星が踊り狂い、そして気付けば、アイノは地面に横たわっていた。
「どうかな? これがボクの本気。《
以前、コボシで戦った時もこの力の一端を使ったのだろう。星というならば、人間が使う縮地よりも速いなんて当たり前か。
(今の私では、速さで勝つなんて無理ですね。このままじゃ一方的に……)
「考え事してると、これで終わらしちゃうよッ!」
ステラが腕を振り翳した。すると、彼女より遙か上空に点が現れた。その点は徐々に大きくなり、やがて――雲を裂いて降ってくる。
「さっき言った副産物だけど、威力は馬鹿にできないよ――《
パフォーマンスで見せた時と同等以上の隕石。アリーナを黒い影で覆い、夜が来たのかと錯覚させるほどの大きさ。
アイノは、歯をギチリと鳴らし立ち上がる。そして深く息を吸い込んだ。
「――破ッ!」
隕石がアリーナに衝突した。《魔防》の効果で建造物や観客に被害は無いが、アンフィテアトルム全体を揺らすほどの衝撃だった。
衝突で舞い上がった土煙が晴れる。アリーナには隕石があり――地面から少し浮いていた。
ピシリ、と隕石に
けたたましい音をたて、バラバラと隕石は崩壊し散らばる。
隕石崩壊の原因であるアイノが、片腕を突き上げ無傷で立っていた。
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