第16話

「ふむ、縮地に関してはもう言う事無いな。だが、最後の鳩尾パンチは足りん。もう少し抉りこみの角度がいたたっ」

「だからっ、あんたは教え子にっ、なにを仕込んでんの!」

「あいつは俺を継ぐ鳩尾クラッシャーに冗談ですごめんなさい耳引っ張らないでッ」


 赤くなった耳を抑え、ライズは涙目で空中スクリーンを見上げた。


「一回戦突破。……アイノはこのまま勝ち進むと思うか?」

「進むでしょうね。それもステラちゃんのとこまで……つまり、決勝戦。それはあんたも分かってることじゃないの?」

「あぁ……、だけど」


 次の対戦相手が表示され、試合準備が始まる。

 本日、二日目は決勝戦のカードが決まるまで終わらない。この後にまた出てくる弟子の顔を思い浮かべ、ライズは物憂いな顔で言う。



「俺は、もう負けてほしいと思ってる」


 その発言を聞いたユウは、咎めることなく「そう」と答えるだけだった。


「けど同時に勝って欲しいと思ってる。どっちも本心だ。あいつを強くして、勝たせて……。その先にあるのは、破滅って分かってるのに……。こんな矛盾した思考……気持ち悪くてしかたねぇ」


 膝に拳を打ち付けるライズ。震えるほど強く握った拳に爪先が刺さっていた。そこに、ユウの手が重ねられた。冷気が傷を塞ぎ、心地よい柔らかさに包まれた。


「それが、その想いが、先生になるってことよ。……今は、アイノちゃんを見守りましょ」

「……あぁ」


 その後、試合が続々と消化されていった。

 ライズの期待通り、心配通り、アイノは順調に勝ち進んでいく。


 飛んで来る光線を掻い潜りながら相手を殴り飛ばし、時には《透明》の固有属性を持ったウィザードを勘で蹴り上げる。


 怒濤の遠距離攻撃さえ、アイノに当たることはなく、全てが躱され受け止められる。そして最後には拳一つでノックアウト。


 観客の反応が徐々に、だが確実に変わっていく。


 今では純粋な応援の声が交じり、フォルティらしき人達も大声を上げていた。


『試合終了ーッ! 勝者は、アイノ=キャンディ選手です! ここまで苦戦することなく勝ち上がり、彼女はいまッ、優勝間近――最強の座に指を掛けたーッ!』


 声援に応えるよう、控えめに手を振るアイノ。


『そしてぇーッ、同じく苦戦を見せずに勝ち上がってきた選手がもう一人――ステラ=ミーティア選手だー!』


 悠然と歩いて、アリーナに現れたステラ。彼女は嬉しさが爆発しているのか、口が裂けんばかりの笑顔だった。


 ステラの試合はライズたちも観戦していたが、フォールズ流をベースにしているため、アイノと同じ試合展開になっていた。


 パフォーマンスで見せたような、隕石の魔闘術。それは、ついぞ使う事はなかったのでステラの真の固有属性、実力は未知数のままだ。


『彼女たちは似たようなファイトスタイルですが、一体どちらが強いのか!? それを確かめられるのは明日の決勝戦です! ともに、新しい歴史の一ページを見届けましょうッ』


 実況の声が続く中、ステラが猛々しい威圧感を纏って話し掛けてくる。


「約束守ってくれたんだ。ボク、嬉しいよ」

「負けたままじゃいられないんです。私のため……先生のために、勝ちます」


 静かな闘志を燃やした目で見返すアイノ。

 ぶつかり合う闘気。二人は同時に背を向けて言った。



「「勝つのは――私です(ボクだ)」」



 会場は盛り上がりをみせ、明日を楽しみにしていた。


 優勝候補が手堅く勝つのか、はたまたフォルティが前代未聞の勝利を掴むのか。

 そんな予想が飛び交う会場。ふと、ライズは胸にしまってある通信用の携帯が震えているのに気付いた。


「わりぃ、ちょっと電話。……あー、長くなりそうだから先にアイノと帰っててくれ」


 了承したユウに片手をあげて、外へ出る。

 着信相手は、かつてつきまとっていた記者の男、クープだった。


「おー、どしたんだ。おっさん」


 軽い調子で応答したライズ。だが、次の瞬間には、端末を握りつぶしたい衝動に駆られた。


『危惧した通り……アレス=クロウリーは、お前さんの弟子に目を付けたぞ。標的は――アイノ=キャンディだ』

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