第15話

 魔闘大会、二日目。


 しもやけが残っているライズは、ユウの機嫌を取りながら弟子の出番を待っていた。


「だからあれは、アイツに対する褒美で仕方なくだな」

「仕方なく、ねぇ。そのわりに鼻の下がずいぶん伸びてたわね」

「伸びてねーわ! つうかなんでそんな気損ねてんだよ」

「……そういうとこがムカつくから。はぁ、もういいわよ」


 嘆息するユウに尚も問い詰めるが、「鈍感」と意味の分からない事を言われて会話を打ちきられてしまった。


 しばらくすると、空中スクリーンにアイノと対戦相手のウィザードの顔が映し出された。


「お、この男が相手か。どんな奴だ?」

「あんた、アイノちゃんとステラちゃん以外のパフォーマンス真面目に見てなかったの」


「おう」と軽く返すライズに溜め息をついたユウ。


「ステラちゃんが派手に目立って、アイノちゃんが珍しさで目立ったとすれば、彼は堅実に目立っていたと言えるわね。固有属性は――」


 そこでお馴染みの実況、キョウの声が会場に響き渡った。


『さぁさぁ、興奮冷めやらぬ二日目ッ、次の試合が始まります! 最初に入場してくるのは……オーラリングを持つ全てのウィザードの希望となるか――アイノ=キャンディ選手!』


 昨日とうって変わって堂々とした立ち振る舞いのアイノ。歓声が上がるも、その多くは応援などの温かいモノではなく――嘲笑交じりのからかいだった。


 アイノに寄せられる期待は、フォルティがどこまで足掻くのか。その一点に集中していた。

 ライズの胸中が不快に染まる中、対戦相手が優雅な足取りで現れた。


『対するは――代々『つるぎ』の固有属性を受け継がせている貴族の家系から参戦ッ、ジョニー=ドース選手です!』


 長めのアッシュブロンドを一房に束ね、前髪を払いながらジョニーは白い歯を見せて笑った。


「やぁ、レディ。今日はよろしくね。その綺麗な顔に傷を付けないよう、お手柔らかにやらせてもらうよ」

「はぁ……」


 キザな対応に引くアイノ。だが、それ以上に、侮られている事に対しムカついているようだ。


「あなたの攻撃、当たるといいですね」

「ふふっ、強気な子は好きだよ。でも、躾が必要なようだ。どうだい? この試合が終わったら、僕の召使いとして働かせてあげるよ。顔とスタイルは申し分な――」

「結構です」


 これ以上は無駄だと会話を切り、アイノは位置に着いた。


「つれないな。まぁ、終わる頃には僕に対して従順なメイドになっているだろうよ」


 ジョニーの下品な声をシャットアウトするように、目を閉じるアイノ。


 そして、試合開始の鐘が鳴らされた。


 ***



『――刀剣撃グラディウスッ!』


 先手を取ったのは、ジョニー。

 開始と共に、剣を形取った魔力を放った。


 鋼色に輝きながら、前方、斜め上と刃が迫ってくる。


 アイノは腰を深く落とし、鋭く息を吐いた。


「すぅ、シ――ッ!」


 目を限界まで開き、一本たりとも逃さないとばかりに眼球を忙しなく動かす。


 パフォーマンスで見せたような、自身の周りに円を描くような動きをとった瞬間、無数の剣が降り注いだ。


 砂埃が巻き上がり、アイノの姿が視認出来なくなった。


「く、くくっ、呆気ないものだね。昨日は妙ちくりんな事をしていたが、やはりフォルティ。欠陥品がウィザードに勝てるわけないだろう!」


 高笑いをあげるジョニー。観客たちも同調し、『もっと甚振いたぶってからにしろよー』なんて質の悪い声が続く。


 ジャッジを待つ必要も無いと、ジョニーは背を向けた。

 だが、


『砂埃が消え――なんと、アイノ選手は健在! 無傷でその場から動いていませんッ』

「なんだと!?」


 キョウの言う通り、アイノは依然として構え、ジョニーを鋭く捉えていた。


「バカなッ、フォルティ如きが僕の攻撃を……ッ、何をした!」


 動揺で声が裏返るジョニーに対し、アイノはきょとんとした表情で答えた。


「何をって……避けただけですけど」

「避けるだと? あの数、避けられる筈が……チッ、だったら――」


 ジョニーは両手を大きく広げ、背後に剣を出現させた。アイノに向く刃の数は、先程の比ではない。


「確かに、お前はパフォーマンスで多くの魔闘術を捌いていたな。だが、それを越える数……はたして対処できるか!?」


 続々と現れる剣は、もはや一つの壁のようだ。


「逃げ場は無いぞ! 刺し潰せッ、《刀剣撃グラディウスバスター》!」


 面での制圧。重ねられる剣と剣の隙間は無く、ぎっちりと詰められているため、すり抜けるなんてことは出来ない。


 迫る壁は横にも広く、躱す事も出来ない。

 かといって、後退も有り得ない。


 ならば、


「受けきるッ」


「魔防があるからと慢心か!? 愚かな! なるたけ傷を付けたくなかったが、傷物になったとしてもきちんと責任をとってやろうではないか!」


 ジョニーの勝ちを確信した声を無視し、アイノは脇を締めて大地に根ざすようにドッシリ重心をおとす。


「防御力だけは――誰にも負けませんッ!」


 ライズと出会う前から得意としていた、防御の構え。

《――三戦サンチン》。


 ここ最近のアイノは、魔力と武術を混ぜ合わせた動きに慣れ、練度もかなり上昇していると手応えを感じていた。


(今の私なら、ライズ先生の一撃くらいは耐えられます!)


 息がかかる距離にまで迫った剣の壁。


 刃先が、アイノの体に刺さる――ことはなかった。


 金属同士がぶつかったような爆音が鳴り、彼女を串刺しにしようとした剣は跡形も無く消え去った。


「なんだよ……本当になんだよ、おまえッ! くそ、フォルティのくせに!」


 アイノは動揺している彼の隙をつくように、体を前に傾けた。

 不穏な動きを感じたのか、ジョニーは慌てて剣を一本生成し、手に取った。


「そうだッ、オーラリング! なにかやろうとしても、フォルティはノコノコと走ってくるしかないッ。交戦距離は僕の方が有利なんだ、ここからリングを破壊すれば――」


 フォルティにとってオーラリングの破損は、敗北になる。


 だが、それはアイノにしてみれば関係の無いこと。

 だって、当たらないのだから。


「それに、狙ってますよーってバレバレ。逆にやりやすいですよ」

「……あ、え」


 一秒も経っていないが、既にアイノはジョニーの懐に潜んでいた。


 鶏が締め付けられたような声を上げ、ジョニーは持った剣を振り下ろす。だが、それはあまりにも稚拙な動きだった。


「先生の言う通り。遠距離しかできない人は、こうして一瞬で近づいて――ぶん殴るッ!」


 子供がちゃんばらごっこをしているのかと勘違いしそうになるほどの太刀筋。体を少し傾けただけで刃を避けたアイノは、鳩尾目掛けて拳を突き刺した。


 空気を裂くような音。それが聞こえた時、ジョニーは後方にある防壁まで吹き飛んでいた。


「お、おぼぇろぉろろろろ」


 倒れ伏すジョニー。汚い滝が流れ出ると共に、彼の意識は途絶えた。


「そして、ゲロ吐かせる――ですよね!」


 満足そうに頷く己の師に向け、ピースサインを掲げた。

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