第5話

 アイノが入塾して五日が経ち、変わらず縮地の鍛錬をしている夕方。


「そらっ、感覚が掴めたなら次は魔力を脚に纏わせろ。ただし、纏わせるのは一瞬だけ。踏み込みの瞬間、踵から噴射させるイメージだ」


 抱きつこうと必死になっているアイノを避けながら助言すると、彼女の動きが途端に良くなる。


「こうっ、ですっか!」

「ッと。あぁ、飲み込み早いな……マジで武の才能が俺以上じゃねーか」


 指一本さえ触れられていなかったが、徐々に服を掠めてくるようになった。


(こりゃもう明日か明後日くらいには習得出来るな。俺の時は一ヶ月掛かったってーのに)


 傲慢で才能に胡座をかいていたかつての自分なら怒りに震えるだろうに、今はそんなことなく。逆に嬉しさがこみ上げてくるという不思議な感覚。


「もう少し強く魔力を噴射させろッ、じゃねーと一生捕まらんぞ!」

「あっ、先生も縮地で逃げるなんてずるいです!」

「じゃないと鍛錬にならんだろうが」

「そうですけど!」


 抗議の声を上げながらもしっかりと食らいついてくるアイノに、ふっと口角を上げて笑う。


「いいか? ウィザードなんて遠くからせこせこ攻撃してくる連中だ。そんなモヤシ共の懐に一瞬で潜り込み、腹パン決めてゲロ吐かせる。俺たちが勝つにはコレしかないんだ、覚えとけ」

「はい! ぶん殴ってゲロ吐かせる、ですねっ」

「いや、教え子になんて汚いことを言わせるのよアンタ」


 師弟が仲良く鍛錬していると、冷めた声のユウが割り込んで来た。


「そろそろ休憩にしたらどう? ほら、冷たくて甘い飲み物もってきたわよ」

「わぁ、ありがとうございます!」


 見た目通り甘い物に目がないようで、アイノはユウが持ってきたイチゴ牛乳に口をつけた。


「俺のは?」

「水よ」

 しゅんとなって水筒を受け取るライズ。


「うそ。濃いめのスポーツドリンクよ」

「……しょうもないことを」


 ふふっ、と笑ったユウは「それと……」と何か言いかけた時――、


「やぁ、元気そうでなにより」


 魔闘室に馴染みが無い声が聞こえた。


「あんたにお客さんよ」

 ユウが顎で示した場所には、一人の男性がいた。


「相変わらず小汚い格好してんな」

「今のお前さんに言われたくないねぇ」


 茶色のキャスケットを被り、シワの目立つベストを著た初老の男はニヒルな顔でシケモクを口に咥えていた。


「おじさん、ここ禁煙ですからね」

「火はつけねぇさ。これでも禁煙頑張ってるんだ」


 ユウの小言にネクタイを緩めながら答える男。


「じゃあそれ捨てろよ。つか何の用だ?」

「久しぶりだってのにつれねぇ」


 にべもないライズの対応だが、男は飄々としたまま。


「おっちゃんってば、お前さんの専属記者みたいなもんだからねぇ。番記者だよ、番記者。こうして取材に来るのもおかしくないだろう?」

「……おちょくってんのか? 今の俺がどんな状態なのか知ってるくせに」


 目を細めるライズ。空気が張り詰め、いつ爆発してもおかしくない。そんな中、「あ、あのっ」と控えめにアイノがライズの背中をつついた。


「その人はいったい?」

 教え子の疑問にライズは威圧感を消して答える。


「このおっさんは、週刊アルケミストの記者だよ。名前はクープってんだけど、俺もユウも適当に呼んでる……そういや名字は?」

「秘密。クープさんでもおじさまでも、好きに呼んでくれよ。お嬢さん」

「週刊アルケミストですか!?」


 アイノが驚愕したように大声を出した。

 週刊アルケミストといえば、注目されているウィザードや引退したものの人気がある女性ウィザードのグラビア特集など載せている人気の雑誌だ。若者の間で流行っているバイブルといえば、この雑誌の名があがるほど。


「やっぱりライズさんの特集ですか!?」

 興奮したアイノはそう聞くが、ライズ本人に「今更俺を取り上げたって仕方ないだろ」と否定される。


「えー。じゃあ、ユウさんのグラビア?」

「確かにその話は来た事あるけど、断ってるわよ」


 予想できるモノがすべて否定され、アイノの疑問が深まる。

 するとクープは、キランと目を光らせてアイノの前へ踊り立った。


「キミだよキミ。あの魔王ライズ=フォールズの弟子が魔闘大会に出るって聞いたからさぁ」


 その言葉にライズは眉をピクリと反応させた。


「おい。どこでんなこと聞いた」

「俺の情報収集能力を甘く見ないでほしいねぇ」


 アイノと出会って一週間も経っていないのに、もう嗅ぎつけたという恐るべき記者の鼻。


「チッ。この子の取材は断固拒否。すぐに出てけ」

「けちぃ」

「キショい声だすなおっさん」


 これ以上の厄ネタを増やさないよう、クープの襟首を掴んで出口まで運ぶライズ。


「アイノ。このねずみ男を出してくるから、今のうちに休憩しとけ」

「は、はい」


 そうして塾の出口まで来ると、クープはくつくつと笑った。


「んだよ」

「意外と先生やってるなーって。昔のお前さんを考えたら、有り得ない事だろう?」

「まぁ、な」

「ハリネズミもびっくりなくらいトゲトゲしかったものね。それに加えてオレ様気質」

「一名さまお帰りでぇす!」


 ひょいっと男を投げたライズはシッシと追い払う。

 クープはケラケラと笑っていたが、ふいにキャスケットを被り直すと先程とは違った重みのある声を出した。


「アイツの尻尾を掴んだ。策はすでに練ってあるから、いつでもこのネタを出せるぞ」

「――ッ。おいおっさん、まさか」


 クープは肯定するように、ゆっくり頷いた。


「バカかッ! なに危ない橋渡ってんだよッ。あんたがそこまでする必要は――」


 焦りと怒り。ごちゃ混ぜになった感情で叫ぶライズを、記者の男はシケモクに火を付けて吸った煙を吐いた。


「前にも言ったが、俺は納得いってないんだよ。お前さんの専属記者だと言ったろう? だから最後まで見届けたかった……なのに、アレが起きた。納得いくはずないだろうが」

「だからって、余計な詮索は爆死するぞ。おっさん」

「真相が知れたなら、それも本望さ」


 暫く睨み合っていた二人だが、疲れたように息を吐いたライズが先に視線を外した。


「これだから昔気質の記者は……。そんなんだから会社で干され気味なんじゃねーの」

「こう何年も干されてると、もうどうでもよくなってくるよ」

「それヤケって言うんだよ。あと禁煙ウソじゃねぇか、くせぇわ」

「いやぁ、どうもシリアスになると勝手に火が付いちゃうんだよねぇ。困った困った」


 軽い言葉が飛び交い、クープがポケット灰皿に吸い殻を押し付ける。


 大会に出ていた頃、試合終わりには必ずこの男が何処からか沸いて出てきて今と同じ中身の無い雑談をしたものだ、と奇妙な懐かしさに浸っていたが、ふとライズはアイノがいる方向へ一度視線をやった後、クープに戻した。


「……おっさん。頼みがある」


 ライズは紙を取りだして何かを記入し、手渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る