2章 課題と強敵

第4話

 翌日の夕方。早速やってきたアイノはユウに入塾届けを提出し、正式に魔闘塾・コボシへと入塾した。


「はい。これでアイノちゃんはうちの子になったわけだけど……しっかり面倒見なさいよ、ライズ」

「へいへい」

「分かってるなら寝癖くらい整えなさい!」


 アイノが教え子となるのに、相も変わらずだらしない格好のままをしている男に対しコボシのオーナーは怒鳴り散らしている。


 オカン並みの小言を適当に流し、アイノを手招いた。


「なんでしょうライズ先生っ」


 主人に尻尾を振る犬のように、シュタッと秒で来る。今日から先生と呼ばれることに少しの気恥ずかしさを感じながら、ごほんと咳払いした。


「始める前に、改めてお前の戦う理由……まぁ目的を聞いときたいんだ」


 そう聞くと、彼女は胸に手を当て答える。


「強さを証明して、フォルティと呼ばれている人たちの希望になりたいんです」

「まぁ、シンプルでご立派だな。フォルティでも戦えるという事を証明したいと」


 アイノはこくりと頷いてから、「でも……」と口籠もった。


「それは半分で、私の強さだけじゃなくて……その――」

 続きを待つも一向に「うぅ」だの「恥ずかしいぃ」だので進まないため、無理矢理進めることにした。


「よく分からんが。とにかく、魔闘大会に出て活躍したいってこったな」

「間違ってませんけど。はぁ……そうです」


 つーん、と唇を尖らせてジト目になるアイノ。


「次の魔闘大会まで、約一ヶ月。そして達成すべき課題は二つ。正直急ピッチでやらないと間に合わないから、鍛錬はキツいもんになるぞ」

「覚悟の上ですっ」


 むんっ、両の拳をぐっと構え気合いを示す彼女に対し、ライズは顎に手をあて考える。


(やはり魔闘大会に出るか……。アイノには悪いが、課題をクリアしてもせいぜいが二回戦突破が限度。いや、その前にパフォーマンスで落ちるかもな)


 魔闘大会は3日かけて行われる。

 大会の目玉である一対一の魔闘戦は2日目と3日目。では初日に何が行われるのか? それはパフォーマンスという、放つ魔闘術の派手さや組み合わせの綺麗さを競うモノである。魔闘戦に挑むには、まずこれを突破しなければならないが、近接格闘のみのアイノには酷だろう。


 一時的に彼女を弟子としたライズだが、大会に出ても活躍は厳しいだろうという事を考えていた。


(パフォーマンスについては俺よりユウの方が適任だから任せるとして……)


 共有スペースにて帳簿を付けているオーナーを横目に、ライズは桃色の教え子に声掛ける。


「アイノ。まずお前の長所は目の良さだ。映像のみで俺の動きを模倣した事がなによりの証拠。加えて、防御に関しては一級品で俺より硬いだろう」

「そ、そですか……にへへ」


 照れ笑いをするアイノ。だが、その笑顔はすぐに崩れ去った。


「だが今のままだと確実に負ける。何故だか分かるか?」

「ふぐぅ。あ、相手に近づけないからですぅ」


 人差し指を合わせ、小さな声で答えた彼女に頷く。


「そうだ。まず魔闘戦のルールだが……知ってるな?」

「はい……、相手を気絶ノックアウトさせるか降参リタイアさせるか」


 ライズは「その通り。そして」と右腕で彼女の左腕を掴んだ。


「フォルティにしか適用されていない敗北のルール、オーラリングの破壊だ」


 大会に出るフォルティなぞ滅多に居ないため、あまり認知されていない。だがきちんと三つ目の公式ルールとして存在している。


 フォルティにとってオーラリングは生命線だ。それが破壊されたとなれば、敗北も必至。


「いくら動けるからって、いくら強靱な防御があるからって……俺たちはコレを破壊されたらその時点で終わりなんだ」


 リングを故意に狙うのは禁止されていない。相手がフォルティと分かれば、リングを集中的に攻撃するだろう。これが、魔闘大会にフォルティが出ない理由の一つだ。


「更に言えば、俺たちの戦闘スタイルは殴る蹴るの近接格闘。嫌でもリスクを背負う事になる」


 暗に、ハンデだらけだがそれでもやるのか? と問いかける。

 それにアイノは、


「分かってます。私はすべて覚悟の上ですよ」

「……そうか」


 嬉しさと、少しの心苦しさを胸に秘めてアイノから一歩退いた。


「その弱点をカバーするのが、課題の一つ――縮地だ」

「しゅくち、ですか」


 アイノを魔闘室へ連れ立ち、部屋の隅に立たせる。


「何回か見たと思うが、これが手本だ」

 ライズは反対の角まで歩き、数十メートルの距離を一瞬で縮めた。


「凄い。何度見ても、動きを捉えられません」

「本当に一瞬。瞬きの間に移動しろ」

「はいっ。……でも、どうやって?」


 肝心のやり方を聞いてくるアイノ。

 ライズは両手を広げた。


「胸に飛び込んでこい」

「ほぇっ!? い、いいんですかッ」


 じゅるりと涎を拭いたアイノは血走った目を向けてきた。それに微笑んで頷く。


「では、遠慮なく!」


 バッ、と飛び込んできた。


「ぎゃんっ」

 それを躱し、アイノが倒れて床に額をぶつけた。


「いだいですひどいですぅ、なんでぇ」

 泣き喚くアイノを無視し、ライズはやれやれと肩を竦めた。


「抱き留めるとは言ってない。いいか? コツは重心を前にだ。転ぶ直前の感覚をまずは覚えろ。後で多少の魔力を絡めるが、まずは体捌きからやるぞ」


「うぅ、やったりますよ。出来るようになったら抱きついていいんですね?」

「……不純だが、まぁ成功報酬として認めよう」

「やる気、元気、アイノ=キャンディ!」

「うわぁッ、急に来るなよ!」

「急じゃないと縮地にならないでしょう!?」

「そうだけども!」


 イメージしていた修行風景と異なり、ライズはこの先に対し不安を抱くのだった。


 ***



「それで? 初日はどうだったのかしら、ライズ先生?」

「からかうなって」


 ぐったりとソファに倒れているライズを笑いながら、ユウは晩飯の準備を進めていた。


 あれから数時間。欲望の化身となったアイノに追いかけられていたライズだが、確かなモノを彼女から感じていた。


「アイノの奴、多分俺より武の才能があるぞ。まさか初日で計画していたプランの半分までクリアするとは思わなかった。……おかげでひどい目に合いそうになったがな」


 このままいけばたった一週間ほどで縮地を習得出来るだろう。同時にライズの体があの豊満な体に包まれるタイムリミットともいえる。


 台所でトントンとリズミカルに包丁を鳴らしているユウの後ろ姿を眺める。


(別に子供には興味無いが「ユウと違って色々立派だよなぁ、あいつ」


 そう考えた時、包丁の音が段々大きくなっていくのに気付いた。


「お、おい、まな板が傷付くだろ」

「誰の胸がまな板で立派じゃないですってぇッ!?」


 ぐわんと振り向いたユウの相貌にビクリと肩を揺らす。


「い、いぃ言ってないっ、そんなの言ってないっての」

「なら無意識に思ってたって事ねッ」


 思考が途中から口に出ていた事に気付いていないライズは狼狽える。


「そ、それより頼みがあるんだよ」

「この流れで?」


 あぁん? とオラつくユウに「アイノの事だ」と言うと、なんとか落ち着いてくれた。


「魔闘戦はともかく、初日のパフォーマンスは俺じゃ役立てない。だからそれはお前に頼みたいんだよ」


 ユウは顎に指を置き、逡巡する。


「うーん、教えられる事は少なそうだけど……まぁやってみるわ」

「あぁ助かる。現役の頃は予め吸収していた魔術で適当に流してたから、パフォーマンスを教えるなんて無理だ。その点、パフォーマンスを一位で突破した雪姫様なら余裕だろ?」


 かつての通り名で呼ぶと、ユウは恥ずかしそうに顔を背けた。


「恥ずかしいからやめなさい。この年で姫なんて鳥肌よ」

「魔王よりマシだろ」

「そうね。厨二感に溢れ過ぎてて笑えるわね、魔王(笑)サマ」


 ムッときたライズはアイノの通り名を考え、口に出した。


「あいつはどうなるんだろうな。お前と違って豊満でスタイルも良いし、あの珍しい髪色も相まって桃姫とか――」


 ライズの軽口はそこで止まった。何故ならば、目の前でユウがニッコリと笑いながら冷気を纏っていたからだ。


 かくして、この日の晩飯はライズだけ白米とシシャモ一匹だけになったのだった。

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