第3話
「「話が違(います)うんだけど」」
帰って早々、ライズは二人から詰められていた。
「入塾希望者を連れてきたって、さっき言ったわよね」
「あぁ」
ユウは固有属性である『氷』の冷気を漂わせている。下手な回答をすれば、愉快な氷像にされそうだ。
「でも彼女、入らないって言ってるわよ」
ちらりと桃色の少女に視線を送るユウ。アイノはそれに気付くと、悲しそうな声で呟いた。
「ライズさん。この塾に居るって言ったじゃないですか」
「こいつは余ってる部屋に住んでるだけの無職よ」
「ライズさんが居ないなら、私この塾に入りません」
それを聞いたユウは溜め息をついて、冷気を収めた。
「ライズ。もう外は真っ暗だから、送って行ってあげなさい」
「……教師になれとは言わないんだな。せっかくの希望者なのに」
少しの驚愕、そして安堵と共に聞いた。それにユウは弱々しく笑って首を振る。
「あなたが本当に嫌なら、無理に言わないわよ。……約束でしょ」
「……すまん」
「いいのよ」
気遣いが有り難いと思いながら、アイノに顔を向ける。
「連れてきてなんだが、すまんかった。家の近くまで送ってくぞ」
そしてアイノを帰らそうとするが、彼女は俯いて動かない。
「どうしたの?」
ユウが心配してアイノの背中を摩った時、バッと顔を上げた。
「ならせめてッ、私と戦ってくれませんか?」
「は? 戦う? なんで」
キョトンと聞き返すライズ。
「鍛えてもらうことが出来ないなら、せめて私の実力を見定めてもらい、アドバイスして欲しいんです。一回だけ、今日だけでも良いんです。お願いします!」
苦虫をかみ潰したような顔になったライズを心配してか、ユウがやんわりと彼女の肩を掴んだ。
「ごめんなさい。この人に魔闘術はもう――」
「分かった」
「ライズ!?」
驚愕の目で見つめてくるユウを手で制止し、続ける。
「一戦だけして、アドバイスもする。ただし今回だけだから、もうしつこく言ってくんなよ」
「はいッ!」
元気のいい返事に頭痛を感じながら、
「ユウ、魔闘室を借りるぞ」
***
向かいで準備運動をしているアイノを前に、佇むライズ。その隣にユウがやってきた。
「大丈夫なの?」
「少しブランクがあるとはいえ、平気だろ」
能天気な返事に不満なのか、ユウはムッとした顔で睨んでくる。
「ブランクねぇ。夜な夜な勝手に魔闘室に出入りしてるくせに?」
「気付いてたのかよ……」
「誰がこの部屋を管理してると思ってるの」
うぐ、と顔を引き攣らせるライズ。
「まぁそれは別にいいとして。あの子、戦いたいなんて相当な自信があるのね」
ユウの視線はアイノの左腕に付いているフォルティである証、オーラリングに移っていた。
「強力な固有属性持ちかしら? それともまさか、今のライズになら勝てるとでも思ってるとか?」
ほんの少し剣呑な感情が宿った瞳を見て、ライズは落ち着かせるようにユウの頭に手を置いた。
「あの子はそんなんじゃねーよ。多分、俺と似たスタイルなんだろ」
「え、アンタに? ――って、なに撫でてんのよッ」
「わりぃわりぃ」
「もう……」
ぱちんと軽く払われた手をブラブラさせるライズ。ユウは頬を染めて、乱れた髪を整えるように手櫛で梳かした。
ぽわぽわとした和やかな雰囲気の中、
「私、準備、出来てます、けど?」
「「うわぁッ」」
アイノがいつの間にか傍まで来ていた。
なにやら圧のある笑顔でニコニコしている彼女にビクビクしながら、ライズは「じゃ、じゃあ頼む」とユウを下がらせた。
了承したユウはフィールドから出て、
瞬間、体全体にナニかが纏わり付くような感覚に襲われた。全身タイツを著たかのようなピッチリ感。だが見た目は変わらずスウェットのまま。
アイノも自分の制服を見下ろし、グーパーと手を開いて頷いた。
両者、魔防が装着された事を確認すると、ユウが手を挙げる。
「では……はじめッ!」
開始の振り下ろしと同時にアイノとの距離を縮める。瞬きの間に接近したライズは、彼女の体を吹っ飛ばそうと蹴り上げる。
それにアイノは、先程の公園で見せた構えをとった。
瞬間、鈍い衝撃音が響く。
なんと彼女は微動だにせず、ライズの蹴りを受け止めたのだ。
(これは予想通り。魔防があるなら、この子は中級くらいの魔闘術は簡単に防げる……ま、俺のは魔力を纏わせただけの蹴りだから、魔防が無くても受けられちまうだろうけど)
へっ、と皮肉げに笑ったライズは宙返りをして元の位置に戻った。
「さっきは聞きそびれたけど。三戦の構えなんて古代の武術、どこで習ったんだ?」
ライズが現役の時は相手の攻撃を受け止め、もう今では使えない『吸収』の固有属性を合わせたカウンターの近接格闘スタイルだった。
なので古代にあったという武術の指南書を読み漁り、相性が良さそうな技を身に付けた経歴がある。
だがそんなウィザードの常識から外れた行動、自分以外にする奴がいるのだろうか? そう疑問に思い、問うてみる。
「……すぅ、ふぅー。ライズさんです」
「あん? いや、今日が初対面のはずだろ」
構えをゆっくり解いたアイノは微笑みながら答える。
「言ったじゃないですか。あなたを見てたって……ずっと、ずっとずっと。ちなみにライズさんの三戦を初めて見たのは、風の魔闘術を相手にしていた時ですね。まさか『烈風』を吸収してからの空中で反撃とは思いもせず――」
「お、おう……まぁいいや。それじゃ次は攻撃してみろ」
早口で語り、濁りはじめた彼女の瞳に怯えるライズ。そんな空気を変えるために攻撃を促した。
すると、アイノは視線を泳がせながらも頷いた。
そして走ってくる。
「やぁーッ」
「……?」
ライズの攻撃を微動だにせず受け止める程の脚力はある。なので彼女の速力はかなりのモノだ。肉体だけを使う徒競走があるなら、間違い無く一着を取れるほどの剛脚。
だが、ウィザード相手ではあまりにも遅い。
首を傾げながらも、ライズは彼女の拳を避けた。だが攻撃は止まらず、殴打してくる。
避けてばかりでは攻撃力が測れないと考えたライズは、アイノに合わせるよう殴り返した。
ぶつかった拳同士からは衝撃波が生まれ、魔闘室のバトルフィールドを覆っている《魔防》の壁に波紋が広がった。
威力を確かめたライズは反撃しようと仕掛ける。今度は防御をさせる間を与えず、本当にアイノを倒そうとしての攻撃だった。
だが――、
「……うそ、ライズとまったく同じ動き?」
観戦しているユウが、愕然と目を見開いた。
何故ならば、アイノはライズと同じ突きの動作で攻撃を止めていた。
すかさず右足を斜めに蹴り上げ、アイノの頭を狙う。彼女は追うように逆の脚を上げて、またもや止めた。
そうして暫くの間、防御の形を捨てた攻撃の応酬が始まった。
拳で殴れば拳で返され、蹴りで体勢を崩そうとすれば蹴り返される。ならばとフェイントに拳を突き出し、肘で顎を狙うも同じく肘で突き返された。
(まるで鏡合わせの戦いだな)
アイノはライズの動きをずっと見ていたと言っていたが、それは真実だった。
長年の観察を続けていないと、ここまでのミリ単位な動きは身につかないだろう。
現役の、過去のライズと寸分違わぬ近接格闘。これはまさに、今では誰も使っておらず忘れ去られたフォールズ流・魔闘術であった。
故に――今のライズにとっては敵では無い。
「……ほぇ?」
進展は急だった。過去の自分をなぞるように動いていたアイノを、ライズは突きと見せかけた掴みでひょいっと投げて転かしたのだ。尻餅をついた彼女はキョトンと見上げてくる。
「な、なんで?」
どんな攻撃でも耐えられるようしっかり重心を瞬時に安定させ、大地に根を張るような防御態勢をとったはず。だが簡単に投げ飛ばされた、そんな彼女の疑問に答えるライズ。
「お前は俺の模倣をしていた。それも完璧にな」
「は、はい」
「だから、そうなったんだ」
「えぇと?」
要領を得ない回答にアイノは首を傾げる。
「お前が攻撃を受け止めようとした一瞬、そこに意識が集まり重心を寄せるだろう? そこを絡め取って転ばしたんだ。ちなみにこれは合気道という武の技術な」
「アイキドー……昔は使ってなかったですよね?」
頭を掻き、唸るライズ。
「まぁ、ぶっちゃけ才能に任せた剛のゴリ押しだったからな。そんな時の戦闘スタイルを模倣しているお前は、柔を取り入れ技術磨き上げた今の俺にとっちゃやりやすいんだ」
相手の魔闘術を吸収するという固有属性を失い、魔力器官さえも失った。残っているのは、身に付けているオーラリングに溜め込んだ魔力を身に纏っての単純な身体強化。
剛より柔の技術を鍛えてきたのだと、ライズは夜な夜なこの魔闘室に忍び込んでの鍛錬を思い返し言った。
すると、アイノは内股に座り直して顔を俯かせた。
「……」
「お、おい?」
接戦を演じながらもあっさりと負かした事に負い目を感じて、彼女に手を伸ばした。その時、バッと勢いよく手を掴まれた。
「凄いです凄いですっ! やっぱりライズさんは凄いですっ、私が憧れている魔王ライズ=フォールズここに健在じゃないですかっ!」
「魔王はやめて……。それと、広範囲の魔闘術を使ってくる相手には手も足も出ないから健在でもねーよ」
「いいえ、ライズさんは最強です!」
「話聞かないなこの子……」
キラキラとした眼差しに辟易したライズはユウに視線をむける。彼女は溜め息をついてこちらにやってきた。
「まさか、今になってかの有名なフォールズ流・魔闘術をライズ以外が使ってる所を見られるとは思わなかったわ」
「やめろよっ、俺を辱めるのはやめろよ!」
くすくすと笑ったユウは、アイノに視線を合わせるよう彼女の正面に座った。
「ライズに憧れてるって言ったわね。どうして? 今のコイツは殴るしか能のない元ウィザードよ」
「おいこら」
アイノは恥ずかしそうに目を逸らし、にへへと微笑みながら己の左腕にあるオーラリングを撫でた。
「私、見ての通りフォルティです。それも、生まれつき
魔力器官の破損という後天性のライズと違って、彼女は生まれた時からフォルティなのだと話す。
「そんなオーラリングで補っても、私はまともに魔闘術なんて使えない。戦えないなら、魔闘大会なんて出られない。体を動かす事が大好きな私にとって、それは絶望でした」
魔闘大会という言葉で眉をぴくりと動かすライズだが、腕を組み直して彼女の話を聞き続ける。
「だから、六年前にライズさんを見たときは衝撃だったんです。相手の魔闘術を吸収して、身に纏っての近接格闘……私にとっては希望でした」
ライズを真似たくとも吸収は他人に出来ない。ならばと代わりに自分の属性や魔力を纏い戦うという近接スタイルが流行りだしたフォールズ流。
それはオーラリングに溜めた魔力しか身に纏えないフォルティ――アイノにとって、唯一の手段らしかった。
「これで私は戦える。みんなと同じ舞台に立てる。そんなきっかけをくれたライズさんは、私の憧れなんです」
「ふぅん……だってよ」
膝に頬杖をつき笑いかけてくるユウ。
「そ、そうか」
「なぁに照れてんの」
「うるせ」
ライズはゴホンと咳払いして、表情を切り替えた。
「あー……、一戦やったし、あとはアドバイスだな」
「は、はいッ! よろしくお願いします!」
立ち上がり、ピシッと斜め四十五度に腰を折るアイノ。
「まず一つ気になることだ。接敵の際、なんで普通に走ってきた? あれじゃ近づく前に魔闘術をぶっ放されて終わりだろ」
相手の元に一瞬で移動する武の技術――
そう言うと、アイノは「ふぐぅ」と胸を押さえた。
「仰るとおり……、魔闘術の授業ではいつも近づく前に攻撃をもらっちゃうんです。その、ライズさんと同じようにやりたいんですが……どうしても見えないので出来ないんです。おかげで防御ばかりが上手くなって……にへへ」
「あぁ、なるほど」
確かに、相手に見えるようでは縮地とはいえない。ならば出来なくとも当然だと考えて「はぁ」と憂鬱な溜め息をつく彼女に対し続ける。
「もう一つは、決定打がない事だ」
「決定打ですか」
「あぁ、言い換えれば自分だけの必殺技だな」
必殺技……とオウム返しをするアイノ。
「まぁ俺の模倣なら、それも無理と言えるか」
過去のライズは相手の攻撃を吸収し倍返しで殴るというシンプルな、ライズだけの必殺技があった。しかしアイノには不可能だ。
「だからお前の課題は二つ。一つは、相手に接近するスピード。二つ目は、これで決めるという必殺技だな」
「スピードと、必殺技……」
「これで約束は果たしたぞ」
「ありがとうございます! 今日教えてもらったことを、頑張って身に付けます!」
またもや綺麗に礼をするアイノ。
そしてユウがライズの肩に手をのせ、ニヤつきながら言った。
「楽しそうじゃない。教えるの」
「バカいえ。こんなの面倒くさいだけだ」
「ふぅん」という信じてなさそうな彼女の手を鬱陶しいと払う。
「その課題って、一人で出来るもんなの?」
「……何がいいたい」
薄々感づきながらも、抵抗を示すライズ。
「この子はアンタを長年観察してきたのに、習得出来なかった技術があるのよね? なのに一人で頑張れって?」
「……」
渋い顔をするライズを気遣ってか、アイノが慌てて割り込んで来た。
「い、いいんですっ。こうしてライズさんの場所が特定できましたので、影ながら観察を続けて身に付けます」
「いや怖いんだけど」
それは俗にストーカーと言う。
ライズは顔を青くしてユウの背中に隠れた。
「……すごい執着心ね。それはともかく、ライズ」
ユウは振り返り、真剣な眼差しを向けてきた。
「ごめんなさい。さっきは無理に言わない、なんて言ったけれど……この子の指導、考えてみない?」
「……それ、は」
逸らした顔を両手で掴まれ、息が掛かるほどの至近距離で続けられた。
「アンタのためって思いながら、この数年は何も言わなかった。でも、やっぱりこのままじゃダメだと思うの。この子を指導していく中で、昔みたいにもっと……自信を持ってほしい」
手を離し、下唇を噛むユウ。
「アタシ、心配なの。無気力に生きているアンタを見てたら、いつかふとした時に消えちゃうんじゃないかって……だから」
「ユウ……」
彼女の想いを聞き、ライズはアイノに視線を移した。彼女は控えめに肩を揺らすユウを心配しているようだ。
(……優しい子だな)
フォルティで優しい心を持った人というのは珍しい。大抵は、劣っている事実に耐えられずグレたり捻くれていたり、自分のように毎日を適当に生きている。
だがアイノはフォルティだというのに優しく、なお――戦うことを諦めていない。
(俺はどうだ。鈍らないように鍛錬を続けているとはいえ、それは……これ以上劣った存在になりたくないという怯えで、逃げだ。なのに、この子はもっと強くなりたいと……なろうとしている)
今の自分とかけ離れた、眩しい存在。
そんな彼女と関われば、何か変われるだろうか。
「名前、なんだっけ」
「へ? アイノです。テレスター学院二年生の、アイノ=キャンディです」
ハンカチをユウに渡していた彼女は答える。
「そうか。ならアイノ、あとでユウから入塾届けを貰って提出しておけよ」
「……えっと?」
ライズは腰に手を添え、そっぽを向いて言う。
「その課題だけだ。教え終わったら、あとは自分で勝手にやっとけ」
「――――ッ、はい!」
嬉しさのあまりか、アイノは抱きついてきた。
抜群のプロポーションがゼロ距離で密着。彼女の髪から漂う甘い匂いに意識を奪われ、ユウとは違って色々と凄いなんてピンクな思考に陥った。
「ありがどうぅ、良かったぁ、良かったわねぇ、ライズぅ……あとで覚えておきなさいよぉ」
「お前はどういう感情で何を言ってんだ!?」
泣きながら怒るという器用な真似をしたユウは、ライズの脇腹を強くつねるのだった。
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