第6話

「むぅ、あともう少しなんですが……」

「焦るな、これでもメチャクチャに早い方なんだから。正直驚いてるんだぞ? ここまで武のセンスがあるなんてな」


 なんだかんだ伝えていなかったアイノの才能を伝えるも、返ってきたのはイマイチな反応だった。


「褒めてくれるのは嬉しいんですが……なんか実感なくて。私って学院で落ちこぼれなものですから、才能がどうとか言われてもいまいちピンとこないというか」

「今までは、どれだけ才能を秘めていても、それを表に出す技術が足りなかった。だけどもう違うぞ。お前は確実に強くなるし、なっている。なんせこの俺が直々に指導してるんだからな」


 言っている途中なんだか恥ずかしくなったので、ふんと鼻息を最後にそっぽを向くライズ。


「……おぉっ、今のなんだか昔のライズ先生って感じですね! こう、オレ様魔王様って感じの――」

「ばっ、やめろっ」


 きゃいきゃい騒いでいると、魔闘室の出入り口からユウがひょっこりと顔を出した。


「すっかり遅くなっちゃったわね。アイノちゃん、どうせなら晩ご飯たべてく?」

「いいんですか?」

「えぇ。今晩は鍋にしようと思ってたしね」


 そうしてアイノを連れて居住スペースへと移動していく。魔闘室に敷き詰められているゴムタイルから変わり、歩きやすいフローリングの上を靴下で滑りながら、アイノは物珍しそうに辺りを見回していた。


「お二人はいつもここでお過ごしに?」

「あん? まぁ、メシ食う時はここだな。あと適当にテレビ観る時とか」

「あんたってホントにここか部屋のどちらかでダラダラしてるものね。ま、最近は違うみたいだけど」

「うっせ」


 アイノは再び周囲へと視線を流す。


 テレビの前には二人用のソファ。少し大きいダイニングテーブルには並んで配置されている二つの木製チェア。


 床を見れば、脱ぎ散らかしたライズのスウェット。それに気付いたユウは「仕方ないわね」と溜め息を吐いてから拾って折り畳んだ。



「……すか」


「ん? なんか言ったかアイノ」


「今日もつかれたー」とソファでぐったりしていたライズは首だけ向けて聞いた。


 すると、下を向いてぼそりと何かを言っていたアイノはグワッと顔を上げて、ライズとユウを指さしながら叫んだ。



「カップルの同棲部屋じゃないですかッ!」


「「ぶふぅッ」」


 吹き込んだ二人。そして顔を見合わせる。


「「ないない」」


「ほんとにぃ?」


 じとっとした目付きのアイノにブンブンと両者揃って首を縦に振る。


「ありえねーっつの。小言が一々うっせーし、事ある毎に凍らせようとしてくるし」

「ありえないわね。いつもだらしないし、いつも貧相だとか言ってくるし」


 互いに言いたい事を言い、それを聞いてメンチを切る。


「「あ?」」


「息ピッタリ!」


 濁音交じりに叫ぶアイノ。これでは埒が明かないと、ユウはキッチンへ飛び込んだ。


「そ、それより鍋の準備してくるから。アイノちゃんはお家の人に遅くなるって連絡してきなさい。アンタはテーブルの上片付けて、それと椅子も」

「へいへい」


 愚痴りながらもちゃんと言う事を聞くライズ。

 アイノはというと、一度連絡用の携帯端末を取りだしたが、すぐにしまった。


「どした。電話しねぇの?」

「私、一人部屋の寮暮らしなので別にいいかなって」

「あー、テレスター学院は寮住まいが多いんだっけか。門限は何時だ?」

「零時ですから、時間は平気ですよ。それに少し遅れそうになったら、縮地でバッと帰りますから!」

「んな便利なもんじゃねぇし、お前はまだ使えないだろ」


 連続で使えば時短になるだろうが、今のアイノには無理だろう。


「とにかく遅くなっても平気ですよ。前、クラスメイトに倉庫へ閉じ込められて朝を迎えましたけど、自室に居なくても怒られませんでしたし! 私ってばどうも学院では影が薄いようで」


 にへへ、と笑うアイノ。


 サラッと重い事を言われ、ライズは言葉に詰まった。それは故意に無視されているだけ、とは言えず「そうか」で会話を終わらせた。


「おまたせー。ちょっとライズ、ボーッとしてないで皿とか持ってきなさいよ」

「お、おぉ」


 いいタイミングで現れたユウに感謝し、これ幸いと場から逃げる。胸の内に湧き上がるふつふつとした怒りを抱えて。


(……少し前なら、フォルティにありがちだ、仕方ない。なんて目を逸らしていたが……ここ数日でアイノに対して情が移っちまったかね)


 己の中に芽生えたらしい師匠の気持ちは、存外悪くないと考える。


「あんがと。ん? あんた何ニヤついてんのよ」

「べつに」


 ライズは食器を並べながらぶっきらぼうに言うと、手持ち無沙汰に座っているアイノへ顔を向けた。


「……来月には嫌でも目立つ事になる。覚悟しとけ」


 そんな不器用な慰め。ユウは怪訝な表情を浮かべていたが、アイノには伝わったようで、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「師弟の絆を深めるのもいいけれど、はやくたべましょ」

「うげぇ、薬膳火鍋やくぜんひなべじゃねぇか。俺が辛いの苦手なの知ってんだろ」

「知ってるけど」

「このっ……、はぁ。アイノは辛いの平気か?」

「好物です!」

「甘党のバカとは正反対ね。疲労回復にいいから、いっぱい食べてちょうだい」

「はい!」


 普段とは違った騒がしい夕食に辟易となりながらも、ライズは鍋をつつくのだった。

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