第7話

「いやー、すっかり遅くまでお邪魔しちゃいました」

「それは別にいいが、お前めちゃくちゃ食うんだな」

「あんなに体を動かしたらお腹すくじゃないですか」

「だからそんなにデカ――いやなんでもない」


 あちこちから聞こえる虫の演奏会を聞きながら、ライズとアイノは森の中を歩いていた。


 魔力を送れば明かりが灯る道具で足下を照らし、アイノが転ばないよう先導する。


「それよりもう一度聞きますが、ほんとにユウさんとはなにも無いんですよね?」

「しつけぇ……」


 ユウから「夜の森は危ないから送っていきなさい」と言われて出てから、何度目の質問だろうか。既に答えているのに、彼女は納得いってないと頬を膨らます。


「だからただの腐れ縁だっての。んだよ、アイノは俺とアイツがそういう関係の方が望ましいっつーのか?」


 そう言うと、何故か膨らみが大きくなった。


「違いますけど。望ましくありませんけど。……だってあの空気感は完全に……仮に先生がそうでもユウさんはそれっぽい感情が少し……」


「おい、ボソボソしてんな。聞こえねー」

「まぶしぃっ」


 途中から小さくなっていく声に振り返り、明かりをアイノの顔に近づけると面白い表情を返してきた。


 それにケラケラ笑いながら歩き、彼女の文句を背中で受けとめる。そうしていると、二人が出会った公園に到着した。


「あ、もうここまでで大丈夫ですよ」


 普段通る場所であり、学院の寮も近いということでアイノはここで立ち止まった。


「そうか。じゃ、また明日な」

「はいっ、送っていただきありがとうございました! また明日も――」


 ライズが手を挙げて見送っている時だった。



「なぁ、いいんじゃんよぉ」

「キミ達しつこいなぁ。興味無いって言ってるじゃん、トレーニングの邪魔しないでよ」


 近くで男女の声が聞こえた。どうやら揉めているようで、穏やかな状況ではないようだ。


 男は三人。対して、被っているサンバイザーで顔はよく見えないが、長い金髪のツインテールと高い声からして女の子と分かるのが一人。


(最近こんなことが多いなぁ)


 既視感がありまくる光景に顔を顰めていると、先程見送っていたアイノの姿がブレて消えたのを視界の端で確認した。


 瞬間、愛すべきバカ弟子は騒動のど真ん中にいた。


「はぁ……」


 溜め息しか出なかった。わざわざあんな面倒くさい状況に首を突っ込むお人好し加減には勿論だが、今まさに――完璧な縮地を習得していたのだから。


(どうせなら鍛錬中にしてほしかったが……まぁいいか)


 虐げられている誰かのため、技が身についた。それは、優しさを持つアイノらしいと考え、ライズも足取りを軽くしながら歩み寄っていく。


「――ッ、なんだこの女! 急に湧いてきやがった」

「キミは? それより今……ふぅん」


 女の子を背に庇うアイノ。なんだか後ろからの視線を感じながらも、彼女は男たちを睨み付ける。


「こんな夜遅くに女の子を囲んで何をしてるんですか」

「あん? あー、その子とは知り合いなんだよ。ただ遊んでただけさ」

「へ?」


 割り込んだのは間違いだったのか、とアイノは振り返って女の子を見る。


「……? いや、知らないけど。というか、さっきからボクの足とかジロジロ見すぎ。視線がキモいよ」


 テニスウェアのような服を着ている女の子は、嫌悪の表情を浮かべながらスコートを伸ばして太股を少しでも隠そうとしていた。


「んのガキ……。はっ、庇われて安心でもしたか? 女が一人増えただけ……、俺たちにとっちゃ楽しみが増えただけだ。もう二度とそんなナマ言えないようたっぷり可愛がってやる」


 下品な笑いをあげる男たち。


「むむっ、やっぱり悪い人たちでしたか。それなら安心して成敗できますね」


 アイノは拳を構え、女の子に触れさせないと威圧する。


 男たちは一瞬アイノの闘気に怯むが、すぐに嘲笑へと変わった。


「んだよ。フォルティじゃん」

「脅かしやがって。……へへ、なんも出来ない女を無理矢理ってシチュ憧れてたんだよね」

「なら俺は金髪ちゃん貰うわ」


 じりじりと近づいてくる男たち。


「さて、まずは動けなくしてやろうぜ」

「あいよん」


 二人の男がアイノを横から挟むような位置に移動し、同時に掌を向けてきた。


(あれは多分拘束《バインド》だな)

 離れて見ているライズは内心そう考え、腕を組んだまま動かない。


 魔力の紐を相手の体に巻き付け動けなくするというシンプルな魔闘術。

 だが、発動から拘束までが速いので使いやすく、拘束魔闘術といえばコレといったようによく使用されている。


(今までのアイノなら捕まっただろうが……よし)


 この数日、ライズの動きを視ていた事もあり、アイノは飛んでくる紐を楽々と見切って避けた。


 驚愕する男たちを無視し、アイノは《拘束》を放ってきた一人へ狙いを定めた。


「一瞬で潜り込んで――」

「うぇ?」


 数メートルは離れていたはずのアイノが、既に男の腹へと拳を当てていた。


「吐かせるッ」

「――――」


 倒れ込む男から離れ、もう一人へと駆け出すアイノ。


「なッ、バイン――」

「吐かせるッ!」

「ドォろろろろろ……」


 液体が芝生に打ちつけられる音が響き、あっという間に男二人が制圧された。


「あと一人ッ」


 最後の男へと目を向けるアイノ。同じく秒で沈めてやろうと拳を構えていたが、

「う、うごくな!」


 男は手刀を金髪の女の子の首に当てて叫んだ。


「くそっ、なんでフォルティのくせにこんな……ッ。ちッ、いいか? 動いたらコイツの首をかっ切るからな」

 予想外の結果に怯えているのか、男はカチカチと歯を鳴らしていた。


「ひ、卑怯です!」


 下手に動けば人質にされている女の子が危ないと考えたのか、アイノは構えを解いて狼狽える。そんな情けない姿に、ライズはやれやれと首を振った。


(縮地は大抵の相手に視認されねーんだから、同じく腹パンしてやればいいのに。人質で動揺したか)


 明日は厳しめに指導しようと決め、ライズは助太刀のために足を動かした。


 瞬間――


「いい加減、不愉快だよ」


 金髪の女の子が舌打ち交じりにそう言った。


「黙れッ、今すぐぶっ殺してやってもいいんだぞ!」

「キミが? ボクを? ……無理だと思うよ」


 女の子は小馬鹿にしたように笑い、当てられていた手刀を掴んだ。そして、そのまま引っ張り、頭一つは高い男を軽く背負い投げた。


 ふわりと空中へ飛ばされた男は何が起きたのか分からないといったようにキョトンとしており、逆さまのまま女の子と視線がぶつかる。


「雑魚が見つめてくるなよ、きっしょいなぁ」


 唾を吐き捨てる勢いで言った女の子は、視線を遮るように男の顔面に掌を当てる。そして、腕を回転させるように突き出した。


「ぶほぁッ!」


 首が外れてもおかしくない速度で吹っ飛んでいく男。地に落ちても、反応は無く白目を剥いたまま泡を吹いていた。


「殺したら出場停止になっちゃうし、これで勘弁してあげるよ。……聞こえてないか」

「い、いまのは……?」


 アイノは「あー、清々したぁ」と体を伸ばしている女の子の背を眺めて呟く。それに答えたのは、いつの間にか隣に来たライズ。


「あれは『とおし』っつー、突きの極意だ。表面のダメージじゃなく、中身に直接ダメージを与える武の技。だからどんなに強固な防具を着けていても意味が無い。あのチンピラは脳を揺らされて意識飛ばされたんだよ」


 そんな師匠の解説にアイノが「ほへー」と聞いていると、当の本人がやってくる。


「へー、おじさんよく知ってるね。なに? ボクのファン? それとも武術マニアとか?」

「俺はおじさんでもないし、マニアでもねーよ」


 弟子の前だからと、怒りを抑えながらライズは答える。


「じゃあなんで知ってるのさ」


 首を傾げて聞いてくる女の子に答えたのは、ライズではなくアイノだった。


「それはですね! この方が武術を極めているからですよ!」

「極めてるぅ?」


 胡散臭いものを見るような目で下から上までじっとりと睨まれた。


「はいっ。何を隠そうこの方こそ、かつて魔王と呼ばれ最強とされていたあの伝説のウィザード……ライズ=フォールズさんなのです!」


 そんな大仰な紹介をされ、ライズは羞恥で顔が熱くなり両手で覆い隠した。

 肝心の弟子はいまだ誇らしげに胸を張っている。


 そして金髪の女の子は……、


「あぁ、自爆した元ウィザードか。なるほどね、そりゃ腐っても武術の事を知ってるはずだ」


 空気が死んだ。


 ライズは「まぁ、そうなるよな」と納得し、金髪の女の子は「こんな所で何してるのー?」と珍獣を見つけたかのように喋り掛けてくる。


 そしてアイノは――、



「……してください」


「ん? キミいまなんか言った?」


 俯いてるアイノを下から覗き込む女の子。すると、彼女はぎょっとしたように身を退いた。

 だが逃げる事は叶わず、アイノに肩を掴まれて限界まで開かれた瞳孔を間近で見せられていた。


「撤回ッ、してください!」

「うえぇ!? 何をっ!?」


 アイノはバッとライズを指さす。


「先生を馬鹿にした事をです! そもそもこんなカッコよくて強い人になんてことを言ってくれるんですか!」


 ゼロ距離で面倒くさいファンのような戯言を聞かされている女の子は辟易としていたが、やがて溜め息をつくとライズの方へ視線を向けた。


「別に馬鹿にはしてないんだけどな……。ふぅん。あれだけ持て囃されていた魔王様が今何をしてるかと思えば、ファンを身近に置いてのイチャイチャ隠居生活って感じ?」


「断じてイチャイチャなんてしてないが?」

「というかさせてくれませんね」


 金髪の女の子はアイノの手を軽く振り払い、興味深そうに二人を交互に見た。


「さっき割り込んで来た時、縮地を使ってたよね。ライズ=フォールズがよく使ってた歩法。もしかしてキミ、教わってるの?」

「はいっ。私、一番弟子なんですよ」


 アイノが鷹揚に頷くと、女の子は可笑しそうに声を上げて笑った。


「自爆するような人の弟子になるなんて、キミってば変わってるねー。ましてや、この人フォルティになったんでしょ?」


 へらへらとした表情で言われ、我慢ならなくなった様子のアイノが大きく腕を横に振り払った。


「いい加減にしてください! 私ならまだしも、先生をバカにするのは許しませんッ。先程の言葉といい、失礼すぎますよ!」

「だから別にバカには……ん?」


 首を傾げる彼女は、アイノの腕に着いているリングに気付いた。


「あー、なるほど。適任ってわけね」


 納得いったように頷く女の子。なおもアイノが謝罪を要求すると、金髪の女の子は悪戯な猫のようにニヤついた。


「ならさ、勝負しようよ」

「勝負?」


 女の子はツインテールを揺らし、師弟の二人を交互に見る。


「そ。ボクにとってライズ=フォールズは落ちぶれた元ウィザードのフォルティだ。そんな彼が育てている弟子――キミの力がどれほどなのか見てみたい」

「……私自身が証明すればいいということですね」

「あぁ。想像以上に楽しめたら、ボクは謝罪すると誓うよ」

「望むところです! いいですよね、先生ッ」


 などと勝負の流れが決まり、ライズは疎外感を覚えながらも控えめに手を挙げた。


「話がついたようだからここで聞くが……お前は一体誰なんだ?」


 今更ながらの質問に、女の子はうっかりしていたという顔でサンバイザーを取っ払った。


「ごめんごめん。ボクはテレスター学院一年、ステラ=ミーティアっていうんだ」

「…………え」


 彼女の自己紹介を聞いたアイノの口から、間抜けた声が突いて出た。

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