第8話
翌日の朝。
学院は休みということで、アイノは午前中からコボシに来ていた。
四つん這いで絶望の表情を浮かべて。
その理由は昨晩にあった。
「んで、本当なのか? 昨日の子、ステラが今大会で優勝候補って言われてるほど強いのは」
ライズが確かかどうか聞くと、アイノは呻くような声で肯定した。
「はいぃ。実技演習の時、私ってペア相手が居ないので邪魔にならないように離れて筋トレとか型の練習してるんですけど、こぞって言うのが聞こえてくるんです。ヤバい一年生に負けていられない、と」
口を挟みづらい実態を交えながら語るアイノ。
「優勝候補だった三年生の先輩が居たんですが、なにやらステラちゃんは固有属性持ちなのに、魔闘術をも使わずその先輩を倒したようで。今では学院内で彼女の名前を聞かない日はないくらいなんですよ……まさかあの子が噂のステラ=ミーティアちゃんだったなんて」
「魔闘術を使わない……。フォルティ、ってわけじゃないんだよな」
頷くアイノ。
昨晩の事を思い出すが、オーラリングらしきモノは身に付けていなかった。ならば、純粋な技術ということになる。
答えは一つだろう。
「先生、ステラちゃんは縮地を知っていました」
「あぁ。そんで、普通のウィザードは使わないであろう武術の技『徹し』を使った。チンピラから抜け出した投げ技からも鑑みて、お前と同じ――いや、かつての俺と似たようなタイプかもしれん」
かつてのライズ=フォールズ。それは魔闘術を使いながらも、近接格闘を得意とする埒外のウィザードタイプ。
どうやらステラ=ミーティアは今代に現れた異色のウィザードらしい。だがそれは、
(こいつも同じか)
「……?」
ステラ以上に、否、ライズ以上に異彩を放つ弟子がキョトンと首を傾げている。
ふっ、と笑ったライズは魔闘室に近づいてくる気配へ視線を送った。
現れたのは、疲れた顔をしたユウと、
「や、昨日ぶりだねっ」
オレンジ色のスポーツウェアに身を包んだ金髪のツインテール少女、ステラ=ミーティアだった。
昨晩、勝負の約束を持ち掛けた彼女は珍しそうに魔闘室を見回す。
「へー、学院以外で《
ユウから冷気の魔力が漏れ出る気配がした。
これ以上彼女の機嫌を損ねないよう、ライズは冷や汗を流しながらステラの前に躍り出る。
「まーまー、文句ないだろ? 約束通り、場所はこちらが提供した。だから……」
今回の勝負はアイノの感情から来るものだが、本来はこのような勝負を受けるメリットは無い。バカにされたり舐められるのは慣れているのだから、いつも通り無視したり憤慨するアイノを無理矢理引っ張ってサヨナラすればよかった。
しかし、そうする前にステラ=ミーティアが放った言葉で気が変わった。
『魔闘大会に出るつもりなんだけど、キミはどうなの?』
聞いた途端、ライズは師匠としての思考に切り替わる。勝負を受け、更にこちらが場所を提供する。
だが条件として、
「ボクは固有属性を絡めた技を使うこと、だよね」
「あぁ。……こちらが提示した事とはいえ、よく条件を呑んだな」
どうやらステラは固有属性を持っているらしい。とはいえ、全貌が明らかになっていない。なので、あえて勝負を受けて、それを確認し、少しの対策にでもなればいいという考えがあった。
そんな浅はかな考えなどステラも分かっているはずなのに、彼女はあっさりと承諾した。
大会初出場のウィザードにとって、アドバンテージである固有属性を他人にバラすなど愚かな行為だというのに。
「約束は守るさ。でも、見られても問題ないんだよねー。いや、視る事が出来るかな?」
強気の発言に目を細めるライズ。それはどういう意味なのか問いただそうとするが、それより先にユウの注目を集める手拍子に遮られた。
「はいはい。お喋りはそこまでにして、準備したらどうなのかしら? あと、ステラ=ミーティアさんは魔闘室利用の書類にサインしてちょうだい」
「はーい」
不機嫌のユウがステラに書類を渡し、ライズの方へやってくる。
「……こういうの、前もって言って欲しいんだけど」
「すまん」
どうやら所属している塾生と他校の生徒が練習試合などする場合、面倒な手続きがあるようだ。その対応に追われたせいで、ユウは疲れを顔に滲ませていた。
「ま、アイノちゃんのためなんでしょ。それでどうなの? ステラ=ミーティアって子は」
「大会の優勝候補らしい」
ユウは眉をぴくりと跳ねさせた。
「……大丈夫なの?」
その心配は、アイノと――ステラに向けられていた。
「……まだ決まったわけじゃない。今は、こいつらの勝負を見届けよう」
言って、ライズは辛気くさい表情で準備運動をしているアイノを手招いた。
トテトテとしょぼくれた顔で歩いて来るアイノの額に、デコピンをくれてやる。
「ったぁいっ。なにするんですかぁ」
涙目でぶー垂れる彼女の頬を引っ張る。
「お前は誰の弟子だ?」
「りゃいふへんへーれふ」
「そうだ、この俺の弟子なんだ。噂の強敵だろうが優勝候補だろうが知った事か。威勢で負けてんなよ」
ハッとしたアイノ。頬を離すと、彼女は目に闘志を宿した。
「ちょっと怯んでました、すいません。……こんなんだから、私はいつまでたっても弱いまま。でも、今日から変えてみせます!」
むん、と気合いを入れてステラと立ち会うアイノ。その後ろ姿は、不安や恐れなどが消えていて、代わりに闘気を揺らしていた。
「ボクはもう準備おーけーだよ」
「私もです」
ライズとユウはフィールドから離れ、《魔防》を起動した。
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